第弐拾弐撃 白夜

シャルロッテの助けもあり、セントラルラボから拝借していた最重要機密データをようやく解読にかけるところまで辿り着いた。


世界からかき集めた優秀な研究者たちが束になって作り上げたセキュリティなだけあって、流石に暗号解読にはかなりの時間がかかる。


機体の性能は上々、新しい武器も搭載してウユニちゃんはご機嫌…と両手放しには喜んでいられなかった。


「う〜ん、今の設計だとどうしても出力設定に上限ができちゃう…外付けは免れないわね」


「そのままくっつけちゃえば良いんじゃないですか?」


精密機械の目次すら解読できないぷに子氏が、上の畑から収穫してきた野生化人参を齧りながら能天気に呟いた。


「ぷにちゃん、ハンドガンにスナイパースコープ付けるかしら?」


「何を言ってるんですか?無理に決まってるじゃないですか」


「それと同じことを言ってるのよ。どうしても演算の容量が足りないから、無理矢理つけたら最悪フリーズする」


「DDoSって事ですか?あれ最悪ですよね」


「うん、全然違うけど素晴らしい発想よぷにちゃん。ありがと」


ぷに子氏は首を傾げていたが、あたしは内心舞い上がっていた。


あたしも現役時代はDDoSに悩まされた経験があるからよく分かる。


あれほどのゲームクラッシャーは存在し得ないだろう。


しかし今回はゲームではなく命懸けの戦争に赴くのだ、チート云々といちいち罪悪感を背負って戦うことはない。


「さあ、出発の準備は整ったかしら?」


シャルロッテがあたしの畑仕事用のツナギに袖を通しながらぷに子氏に麦わら帽子を手渡した。


「え…いいです…いらないです…」


ぷに子氏はあたしの夏の相棒を机に放り投げて、大きなバッグに武器を詰め始めた。


「予定変更。もう1個だけ作っていく」


「ちょっと、あまり時間がないのよ」


そう、我々は次なる目的地へ向けて出発するところだ。


「任せて、それだけの価値はある」


シャルロッテは少し俯いて考えている様子だったが、すぐに何かを思いついた様にこちらに目をやった。


「あなたがそこまで言うなら、私も野暮用を思い出したから出発を翌日に見送りましょう」


「ありがとう、マッサージ機を堪能できるのは今日が最後かも知れないからね。昨日は何やら使ってなかった様だし」


「違うわよ!作戦内容を追加するから打ち合わせの時間は想定しておいてよね」


その夜あたしは今までにない出力のDDoS送信機を超短時間で作れたことの高揚感に苛まれ、睡眠時間の確保にかなり苦労した。


「見てぷにちゃん、小型の短距離送信機と遠隔広範囲型送信機!我ながら傑作よ」


「う〜ん」


寝ているぷに子氏の肩を揺すって小型DDoS送信機を目の前にチラつかせたのに、ぷに子氏は一向に起きる気配がない。


あたしは早く試した過ぎて地団駄を踏んだ。


バフに限界があるならデバフに振ればいいと、なぜ今まで気がつかなかったのだろう。


興奮状態の神経を抑えるために、あたしは久しぶりに外に出た。


夜風が頬を撫で、森の木の隙間から月光が流れている。


神の杖の発動が今じゃなくて本当によかった。


対策はあるものの、流石にあの威力ではこの一帯を守りきれない。


幼少の頃の思い出に耽ってぼんやりしていると、シャルロッテが地下研究室から這いずり出てきた。


「朝になる前に打ち合わせをしておきましょう」


「そうね」


「あなた本当に幼少期はここで過ごしたの?フューチャーテクノ社がリサーチした結果は、10代後半までは施設で過ごしたことになっていたけど」


「どちらも本当よ。話すと夜が明けるからさっさと打ち合わせしてしまいましょう」


正直、過去についてはあまり他人に話したくない。話したところで辛い過去が変わるわけでもないし、これから先の未来が好転するわけでもない。


あたしは過去に囚われず、未来を思い煩うこともなく、ただ今この瞬間を全力で楽しむと決めてここまできたのだ。


「シャルロッテ、この計画が終わったらあなたはどうするつもりなの?」


「あら意外ね、あなたが他人に興味を抱くなんて。そうね、どこか誰も知らない土地でゆっくり休もうかしら」


「そしたら誰にも邪魔されずに一日中気持ちのいい…」


「それ以上言ったら怒るわよ」


その後、起こしても頑なに寝続けるぷに子氏を優しく全自動マッサージ機まで運んで差し上げ、ハードモードで翌朝6時にタイマーをセットした。


あたしはシャルロッテが作り上げた綿密な計画書に目を通し、そのままソファーで脳内シミュレーションを始めた。


座った瞬間にあたしの身体を巡っていたアドレナリンが底を尽きたのを感じた。


次の瞬間にはマッサージ機のタイマーが鳴って、ぐちょぐちょになったぷに子氏がぬるりと這い出てくる姿を目の端にとらえた。


考え事をしていてあまり深く眠れなかったあたしは、弱ったぷに子氏を見るために重い腰を上げた。


ぐったりしたぷに子氏の着替えを手伝い、Δと武器の最終調整を終わらせたあたしは、肺の底までお家の空気を吸い込んだ。


「さあ、行くわよ」



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