第弐拾壱撃 実験

あたしの部屋に来てから作業が捗って仕方ない。


手に馴染んだ道具に、常時試作品で遊ぶモルモットもといぷに子氏がいる。


「解せないわ…機材を自分で作ったにしても、これだけの材料を買い集める資金…一般人には到底捻出できない」


シャルロッテはあたしの自信作の全自動マッサージ機でぐにゃぐにゃにほぐされながら、かれこれ8時間同じことを呟いている。


もっと生産的な事に思考を巡らせて欲しいものだ。


確かにパッと見てもあたしのラボは、一般人が生涯賃金の全てを投げ打っても揃えることはできないほど、錚々たる重機材が鎮座している。


ボット売りの少女だった時は、懐が潤い過ぎてお気に入りのみかん畑に匿名で寄付を送るほどだった。


「ウユニさんちょっと休憩しませんか?私もう手が腱鞘炎になりそうです。そしてイチゴラテが飲みたいです」


「ぷに子氏にはあとであたし特製のみかんスムージーをあげるよ。そこにあるソフト片付けたらね」


あたしが組んだプログラムの試作品の山を指さすと、ぷに子氏はコーヒー豆をそのまま齧ったような苦い顔をしたが、手は動いていた。


「ちょっと、私には何も無いの?」


「シャルロッテ、あなたはマッサージ機でまったりしてるだけじゃない」


「失礼ね、ちゃんと作戦を考えているわよ。あなたこそ、そのオモチャで本当に戦えるんでしょうね?」


「えぇ、この先ジェットドレスだけでは対応できない状況が必ず来るでしょうからね。できる準備はしてるよ」


「そうね、私はもう2度と着たくないわ」


シャルロッテの語気の背後に絶望が垣間見えた。


「あなたがバトルスーツを着なくても戦える装備も作ってあげてるわよ、ゲロッテ」


「2度と私をそう呼ばないで。レズユニ」


あたしはマッサージ機のリモコンを取り上げて、隠しコマンドを入力した。


「ちょっと何よこれ動けないじゃない!」


マッサージ機はシャルロッテの手足を拘束し、収納されていたウインドウが全体を覆うように閉じ始めた。


「もう夕方ね。疲れているみたいだから早めに寝た方がいい。明日起こしてあげるから、今から12時間たっぷり夜のマッサージを愉しんで。おっと手が滑ってベリーハードモードになっちゃったわ。おやすみゲロッテ」


「んんんー!」


シャルロッテは何か訴えているようだが、マッサージ機の猿轡型フェイスマッサージの勢いが強過ぎて何を言っているのか分からなかった。


あたしはマッサージ機の消音ボタンを押してイスに座った。


「何か聞こえたかしら?」


「いえ…な…何も…」


「ここであたしに逆らう愚かさがわかったら、黙って働きなさい」


「はい…」


ぷに子氏は案外従順で、助手としては結構使える。


おかげでソフト開発はとても順調だ。


「さて可愛子ちゃん、次はあなたをおめかししましょうね〜」


あたしは03の改良に取り掛かった。


新しいレールガンに、シラタキちゃんの機体から拝借した光学迷彩と、ハッキング防止用の電磁パルス、それと逆に機体ハッキング用の送信機も取り付けて…


「ウ…ウユニ…さん」


横からぷに子氏が虫の息でもたれかかってきた。


「ちょっと、確かにあたしは女の子しか興味無いけど、私達まだ…」


「もう…限界…です…」


ぷに子氏はその場に崩れ落ち、ライオンが吼えるようなイビキをかいて眠ってしまった。


驚いた、デジタル時計は既に√4で点滅していた。


「もう深夜2時か…一瞬だったわね」


あたしはぷに子氏をソファーまで引き摺り、ブランケットをかけてあげた。


マッサージ機の小窓を除くと、シャルロッテが白目を剥いて鼻水やら唾液を垂れ流している様子が窺えた。


「ぷっ…よく眠れているようね」


あたしは03の機体に莫大な量の新たなソフトをインストールにかけて眠りについた。


翌朝はマッサージ機のリモコンのエラー音で目が覚めた。


どうやらぷに子氏がマッサージ機を開けて、シャルロッテを出そうと試みていたようだ。


「おはよう、ぷにちゃん」


「あっ…う…ウユニさん、これはその…」


小窓を除くと、シャルロッテは昨晩よりも面白い顔になっていた。


「あら、いい感じに仕上がってきたわね。あなたもここに入りたいの?ぷに子ちゃん?」


「す…すみませんでしたぁ〜!」


ぷに子氏は脱兎の如く退散して、ディスプレイの前で作業に取り掛かった。


全てのソフトのインストールが終わり、いざテストに入ろうと思った時、マッサージ機の終了ブザーが鳴った。


中には変わり果てた姿のシャルロッテが、ぐったり溶けていた。


「おはようシャルロッテ、良い夢見れたかしら?」


シャルロッテは暫く口をパクパクさせていたが、声が出ていなかった。


あたしがマッサージ機から引き摺り出すのに肩を貸すと、掠れた声で呟いた。


「この…マッサージ…機…買う…わ…」


驚いて思わずシャルロッテの顔を覗き込んだ。


あたしはてっきり謝罪か悪態の言葉が出ると期待していた分、完全に意表をつかれた。


そこまで筋金入りだったとは…恐ろしい。


「どうやらこの調教洗脳マシンの性能はイマイチだったみたいね。あなたごときを屈服させることもできない様なら使い物にならないわ。こんなガラクタ、タダであげるわよ」


シャルロッテは薄気味悪い声で笑いながら、シャワー室へと向かっていった。


ぷに子氏は幽霊でも見たかの様に震えて固まっていた。


その後はぷに子氏とVRシミュレーションで実際に戦闘時の性能テストを繰り返した。


「実際、衛星からの攻撃手段まで持っているんですから、なんだか装備を強化しても心許ないですね」


「所詮は機械よ。宇宙まで行くことは想定したく無いけど、ハッキングしちゃえばこっちのもんじゃない」


「そんなに簡単にできるんですか?なんだか不安です。やっぱりニートで家に引きこもっていた方が良かったかも」


「おや、ちょうどマッサージ機の処分に困っていたところだから、ぷにちゃんのゴミ屋敷に投棄するとしよう」


「うそですうそですごめんなさいぃいいいい!」


03改めジェットドレスΔの性能は上上だ。


戦略係のシャルロッテが機能していれば問題はないのだが…


それからしばらくは再びマッサージ機で寝ようとするシャルロッテをぷに子氏が必死で止める夜が続いた。


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