第拾玖撃 漂流
身体がひどく重い...疲れ果てたあたしは、抱えていた二人を降ろして、かすれた声を絞り出した。
「一体...何だったの...あれは...?」
「神の杖...企画の段階で費用対効果が見合わないと没になった衛生兵器...実在していたなんて...」
ぐったりしたシャルロッテが小さな声で応えた。
あたしたちは満を持して島を脱出したのだ。しかし抵抗するシャルロッテを無理やり漆黒の機体にねじ込んで、離陸した直後にみかんちゃんが照準を検知した。
辺りには敵機体は視認できなかったし、サーチモードにも引っかからなかった。
あたしはすぐに嫌な予感を察知して、急転直下で海に突っ込んだ。
2人に呼吸を止めるように指示する余裕はなかった。
あたし達が海に飛び込んだ次の瞬間に、天空から光の柱が海を貫いた。
とんでもない爆発と激流に巻き込まれて、あたしたちは遥か彼方に吹き飛ばされた。
腰のワイヤーが断裂して3人とも、離れた位置に着水した。
あたしはすぐにソナーモードを展開して、沈んでゆく鉄の塊を2機回収した後、しばらく漂流、通りかかった大型商船にこっそり忍び込んで、今に至るというわけだ。
「派手なフライトで大まかな位置は割れているだろうし、追っ手が来ないのはおかしいと思っていたけれど、こんな隠し玉があったなんて」
ここだけの話、あたしは大量の追っ手を新作の機体で蹴散らすのを心待ちにしていた。故に今回のサプライズには正直萎えている。
「でもどうして私たちが島で休んでいるところを狙わなかったんでしょう?」
ぷに子氏は案外肝が据わっているみたいだ。それか大虐殺イベントの後でもうこの程度の危機には慣れてしまったのだろうか。
「無人島とはいえ島が一つ消えたとなると、各国の政府からいらぬ調査をされかねないからでしょう。狙うなら証拠が残らない海上で撃ち落とすのが妥当ね」
シャルロッテの発言に覇気が無い。ここ数日のエクストリーム生活が祟って、すっかり生気を削られてしまったようだ。
「あたしの読み通り、流石に海中までは狙えないみたいね。この船、船体にシンガポールって書いてあったから、一先ず上陸まで休みましょう。あたしは食料を拝借してくるわ」
「何言ってるんですか!ドロボーですよ!」
「どちらにしろこのまま見つかれば密入国でしょう。いざとなったら逃げられる様に、腹拵えくらいしないと」
「不本意だけど、ウユニちゃんに賛成ね。このまま全員捕まって政府で審問にかけられたら終わり。各国政府に巣食った組織に見つかって殺されるわ」
「うえぇ〜ん…どうして何処もそんなに物騒なんですかぁ〜…」
あたし達は数時間船で過ごした後、上陸前の検閲のタイミングで船から脱出した。
あたしは潜水モードで、小舟に2人を乗せて岸まで引っ張って行った。
回路が水没でショートして、もはや鉄屑と化した02と漆黒の機体は、商船から拝借した木箱に詰めて台車に乗せた。
ぷに子氏は文句も言わずに台車を押しながら、タピオカミルクティーが飲みたいと、遠くの空を見つめながら歩いていた。
「どうやらここはマニラの北部辺りみたいね。まさかこんなとこまで来ていたなんて」
シャルロッテは辺りを見回しながら、看板を指差した。
その後、あたし達は宿に向かい、重たい鉄屑をベランダに干した後、数日ぶりのまともなシャワーを浴びた。
「あぁぁあぁあああんっ///ん天国っ!!!!」
部屋は4人部屋でシャワーが一つしかないのに、誰も一番風呂を譲る気がなかったので、3人で一緒に入る羽目になった。
不思議と誰からも文句は出ず、あたしは跪く2人の哀れな子羊に、恵の雨を降らせた。
「ん///…はぁ…」
「気持ちぃぃですぅ〜」
あたしとぷに子氏はしっかり湯船に浸かり、シャルロッテは非常に念入りに全身を洗っていた。
よほど先日のシェイクが気になっていたのだろう。
「で?これからどうするの?こんなんじゃ闘えないわよ?」
あたしはルームサービスで振舞われたフルーツを頬張りながら、ベランダに干された鉄屑を指差した。
「ここからならウユニちゃんが言ってた様に、日本の研究所が1番近いわね。台湾にはコネクションがないの。日本なら大学の…」
「あたしの家に行きましょう」
「え?」
「あたしの家ならそこのオモチャを武器に変えられる。」
「ウユニさんの家ですかっ?!楽しみですっ!あ、あとよかったらうちにも遊びに来てください」
「そう…それじゃあ一旦ウユニちゃんに任せようかしら」
あたし達は話し合いの後、久々の豪華なディナーを堪能して、フカフカのシーツに包まれて、泥の様な深い眠りについた。
翌日、ガラクタ市で部品を購入して2つの機体の調整と、腰のワイヤーを修理したあたし達は、再び日本へ向けてフライトを開始した。
レーダーに映らない様に、超低空で数時間、ようやく東京湾まで到着して、海ほたるに着陸した。
「私、実は日本に来るのが昔からの夢だったの。ニンジャ…一度お会いしてみたいものだわ…」
「目の前にいるじゃない(笑)」
「え?それどういう…」
「原宿行きましょう原宿っ!私のマイホームにご招待しますっ!」
ぷに子氏がシャルロッテの会話を遮って、02を装備したままガチャガチャと飛び跳ねている。
あたし達は装備を外して、大型トラックをヒッチハイクし、やっとのことで原宿まで到達した。
「こんな所にゴミ集積所があったなんて、知らなかったわ」
「んも〜失礼ですね、私の家ですよここ!おかえり私っ!ただいま私っ!」
原宿駅徒歩1分のアパートに、大量の服やら物やらが、無造作に散らかるジャングルが展開されていた。
無人島の森のが、いくらか歩きやすい。
「あたしパフェ買ってきますね!お2人は何かいりますか?」
「あたしはみかんクレープ…」
「トゥーゴーパーソナルリストレットベンティツーパーセントアドエクストラソイエクストラチョコレートエクストラホワイトモカエクストラバニラエクストラキャラメルエクストラヘーゼルナッツエクストラクラシックエクストラチャイエクストラチョコレートソースエクストラキャラメルソースエクストラパウダーエクストラチョコレートチップエクストラローストエクストラアイスエクストラホイップエクストラトッピングダークモカチップクリームフラペチーノで!」
いきなり呪文を唱えたシャルロッテは、ガサゴソとぷに子氏の部屋のゴミダメの中から大きなサイズのタンブラーを取り出して、ぷに子氏に差し出した。
ぷに子氏は一瞬固まった後、天使の微笑みで
「ご注文を繰り返します。ミカンクレープとカフェラテですね?」
とだけ言って部屋を出て行った。
「一刻も早くこの魔境から抜け出したいわ。ウユニちゃん、家まで案内してちょうだい」
流石に白衣は恥ずかしいので、ぷに子氏の服を借りて行った。
シャルロッテは頑なにミニスカの制服を着たいと言って聞かなかった。
「か…カモフラージュよっ!」
と訳のわからない言い訳をしていたが、もしも隠密のためと考えているなら、完全に逆効果だろう。
クレープを堪能して荷物を整えたあたし達は、電車とバス、タクシーを乗り継いで、ようやくあたしの家にたどり着いた。
海なし県の山深く森の中、木漏れ日が差し込む鳥居をくぐり、都会では吸えない濃い空気を肺の底に誘う。
「へぇ…意外とこじんまりしてるのね。裏の神社は立派だけど」
「ふっふっふ…裏の神社もうちの敷地さ。さぁ、あたしの部屋に案内しよう」
久しぶりの帰宅にテンションが上がる。
掘立て小屋のログハウスの扉を開けて、部屋の本棚の一角を引っ張ると、地下へと繋がる隠し通路のお出ましだ。
「あなたホントこういうの好きそうよね」
「ようこそ、あたしの要塞へ」
地下にはあたしが幼少期を過ごした、広大な研究室が広がっていた。
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