第拾捌撃 水面下
夜が明ける少し前に、鳥達のチュンチュンと喧しい鳴き声で目が覚めた。
昨日アドレナリンドバドバの1日を過ごしたためか、やはり体が重く疲労と筋肉痛が残っている。
「ぷに子氏…凄いことになってるわよ…?」
寝起きのぷに子氏は、以前見たライセンスカードの写真と同じ様に、ボサボサの喪女になっていた。
「あだじはごんな生活無理なんでずぅ」
まるで地を這う老婆の様な声を絞り出して、頭を手櫛で耕している。
それはシャルロッテも同じようで、昨晩何も食べられなかったこともあり、顔がげっそりしている。
「全くだらしないわねあなた達。ちょっと持ってて、食べ物とってくるから」
あたしは水平線から上がる神々しい朝日をバックに、山へと向かった。
「みかんちゃん、充電は?」
(ジュウデンリツ86パーセント…マダネムイ)
バッテリーはなるべく節約したい。いつどこか追手が襲ってくるかわからないからだ。
あたしが携帯していた小型のハンドガンで川を打つと、しばらくしてショックで麻痺した魚が大量に浮かんできた。
大きな葉っぱで包んで見晴らしのいい高い木に登る。
辺りを見回して息を殺し、飛び立つ鳥を撃ち落とす。
あたしが拠点(仮)に戻ると、ずぶ濡れの2人が待っていた。
「何…誘ってるの…?」
「水浴びをしていたのよ」
あたしの狩場がかなり上流の方で良かった。ビリ漁で痺れた2人を堪能するのも悪くないけれど、今後はやめておくとしよう。
「ん…」
あたしが獲ってきた鳥をシャルロッテに手渡すと、徐に穴を掘り始めた。
「な…何やってるの?」
「埋葬よ…うぅ…かわいそうに…」
「違〜う!捌くのくらい手伝いなさいよ!働かざる者食うべからず!」
全くこの娘達は魚や鳥の下拵えもできないのか。嫁の貰い手がないぞ。
あたしは2人に薪を集めさせ水を汲んでくる様に指示した。
「んん〜切りづらいわね」
獲物を捌く手段がレーザー光線しかない。長時間照射すると変に焦げてしまうし、かと言って出力を上げすぎても消し炭になってしまう。
疲れ果て重苦しい静寂の中、ようやく粗末な食料にありついていると、シャルロッテが口を開いた。
「それであなた達はこれからどうするつもりなの?」
「どうするも何も、まずはここからどうにか脱出しない事には始まらないですよね」
「あたしは離島でのバカンスを楽しんだ後、冒険の旅に出る。ぷに子氏もいることだし、日本でも経由して行こうかしら」
シャルロッテの面持ちを伺うに、どうやらあたしの次の目的に感づいているようだ。
「だったら私と旅をしましょう?きっと楽しいわよ」
「私怨に巻き込まれるなんて御免だよ。あたしもぷに子氏も、勝ち目のない戦いに身を投じて命を擲つほど安くはないの」
「あら、新しいおもちゃ箱を提供しようと思ったのだけれど」
「とか言って猛獣だらけの檻に撒き餌するつもりなんでしょう」
「奴らの拠点は他にもあるのよ、このまま放っておけるというの?」
「ちょっと二人とも何の話をしているんですか?今は文明のある所に向かうのが先決じゃ...」
シャルロッテは少し考えた後、深刻そうな面持ちで話を続けた。
「あなた刺激を求めてワーフェスまで来たんでしょう?今回の一件でフューチャーテクノ社は大きなリスクを負った。私たちが脱出したことはほぼ確実に衛星カメラで監視されていたはずだから、いつ追手が来るかもわからない。利益の為なら虐殺をもいとわない連中よ、どんな手段を使ってでもあなた達を消しに来るでしょう」
「全員返り討ちにしてあげるわ。それにあたしのジェットドレスには飛行だけでなく潜水機能も付いているから、追っ手を撒くなんて朝飯前。その黒いのと02は潜れないから、追手が来たら戦うしかないわね」
「ちょっと、見捨てないでくださいよウユニさん!私バトルスーツでの戦闘経験なんてないですから、戦えないですって!」
「02はいざとなったら遠隔操作できるから、コントローラーで戦いなさいよ」
「無理です!それにウユニさんが作った機体なら、オートバトルモードが付いてますよね?だったらそれで...」
「絶対だめよ!あたり一帯が吹き飛ぶわ!」
シャルロッテがぷに子氏の話を遮った。
仰る通り、02はあたしがセントラルラボから脱出するときに囮用に作った機体だ。
周辺一帯を一掃できるだけの破壊力を持ち合わせている。
中に人がいる前提で設計していないため、かなり無茶な動きができるというわけだ。
当然そんなものに入ってオートバトルモードを起動しようものなら、シャルロッテがシェイクされたのが比較にならない勢いで、マッシュされるだろう。
「とにかくあたしは復讐には加担しないわよ」
確かにワーフェスは刺激的だった。おそらく世界中どこを探しても、これほどエキサイティングなイベントはもう存在しないだろう。
しかし命を賭す程の選択ならば、動機が何より重要になる。
あたしは最期の瞬間を、誰かの為に迎えるなんてまっぴらごめんなのだ。
あたしは最期の瞬間まで、好きな時に好きなことをして人生の幕を閉じたいのである。
「ふぅ...ぷに子氏はこの後どうするつもりなの?」
あたしは気晴らしにぷに子氏に日本語で話しかけてみた。
「う~ん、私無職になっちゃいましたし、しばらく引きこもりたいです。あとクレープが食べたいです」
「ちょっと、あなた達何を話しているの?」
流石のシャルロッテも日本語までは習得していないようだ。
「無職になったから引きこもるってさ」
シャルロッテが何か企むような顔はすぐにわかる。いつもにやけるのを隠せていない。
「それじゃあマリンちゃん、あたしに雇われない?」
「えぇっ!?いいんですか?私就活がこの世で最も憎むべき存在だと思っているんです!是非やります!あとクレープ下さい!」
「おいやめておけ、セントラルで何があったのかもう忘れたの?」
「マリンちゃんはお部屋でゆっくりゲームしているだけでいいのよ~?クレープだけじゃなく、パフェも毎日支給するわよ~?」
「乗りました!これで将来安泰ですね!」
ぷに子氏は満足げに残りの鶏肉を平らげた。
前々から薄々思っていたのだけれど、この娘はアホの子なのでは...
一呼吸おいてから、シャルロッテは再び話し始めた。
「フューチャーテクノ社が自ら失態をさらすなんてことは考えにくいけど、もしもあなたの生存が露見した場合、運営組織だけでなく各企業もあなたを世界の果てまで追い回して、消しにかかるでしょう。生存確率を上げるには仲間が必要なはずよ。それに拠点は世界中にいくつもある。あなた、またワーフェスに殴り込みに行くつもりなんでしょう?だったら...」
「残念、あたしは既にセントラルのデータを全てハッキングして知っている。その情報はアドバンテージにはならないわ」
「だったら、純粋にお願いよ。私に力を貸してちょうだい。命を賭けてなんて言うつもりはない。あなたは私が言っても、そのバトルスーツで戦うだろうから無理強いもしない。でもあなたの力がどうしても必要なのよ」
「却下。あたしはあたしの好きな時に、好きなところに行って、好きなことをするの」
「みかん...好きよね?」
「はうっ!?ふ...ふんっ!陶酔泉を渡されても協力しないんだからね!」
「陶酔泉はクローン技術によって開発されたいわば量産品、元になったオリジナルはその比較にならない程の糖度と旨味を持つ。研究所が新しくなる前で、資料も紙ベースだったから失われてしまった。研究に関わった者も、栽培されている地域を知っている者も、みんなセントラルで死んでしまったから、知っているのは私だけ」
「し...知っている...陶酔泉が好きすぎて、自室で発芽させようとした時、資料にふと目に留まった単語がある...」
「その名も''楽園''。文字通り、その果実を食した瞬間に楽園へといざなわれる」
「くっ...」
「報酬は弾むわよ?協力する条件はその農地ごと引き渡しでどうかしら?」
「か...勘違いしないでよねっ!別にあなたの為に行くんじゃないからねっ!」
かくしてあたしの旅の目的地は、楽園に決定したのだった。
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