第拾陸撃 脱兎

あたしが華麗に登場したというのに、研究者達は我先にと緊急脱出ポッドの方へと駆け出していった。


「んん〜渋い…」


あたしはどうしても新作のお披露目をしたくて、かなり派手な立ち回りをして、セントラルラボを巡回し散らかした。


「ほいっ!はいよっ!ほいほいほぉ〜い!」


今回携帯していたのは、かなりコンパクトなハンドガン一丁のみ。


SMGを作ることもできた、しかしこの雑魚武器で窮地を切り抜けるロマンを求めてしまったのだ!


「いやはやもっと骨が折れると思ったけれど、案外いけちゃうのね」


それもそのはず、今回の新作ジェットドレスとみかんちゃん03は、廃墟で作り上げた旧作と比較にならない進化を遂げている。


オリバーが用意した漆黒のHuaina搭載機体ですら、瞬殺だろう。


そしてこのジェットを起動するたびに、全身を駆け巡る衝撃…たまらんっ!


「おっっふぅw効くわねwまだまだ上げるよぉおおお!」


あたしが訓練場の近くに到達した時、下の階の廊下から悲痛な叫び声が聞こえた。


「コーデリアちゃん!コーデリアちゃんっ!いやぁああああ!」


この声はぷに子氏か。恐らく、プレイヤー達はこの事態に対処するために、応戦しようと武器のある訓練場に来たところを襲われたのだろう。


「ふふふ、あたしの出番ね」


あたしは実験機体からバッテリーをもぎ取り、ハンドガンをチャージしながら下の階に急行した。


下の階に着いた時、目に飛び込んできたのは、思った以上に悲惨な情景だった。


「うっ…」


辺り一面血の海、数え切れない亡骸が無造作に積み重なり、重苦しい血の匂いがヘルメットの中にまで充満する。


廊下の端に、ぐったり脱力して動かないロリ娘と、そのすぐ近くにこの世の終わりのような血相のぷに子氏が座っていた。


廊下の奥には見たことのない、大型の戦車に足を生やしたような機体が、あたし達のいる逆側に走って逃げようとしている人々を、背後から撃ち抜いている。


「あいつか…」


あたしはお遊び遠足気分から自分を律し、気合を入れた。


「ぷに子氏っ!」


「ウユ…二…さん…?」


あたしがぷに子氏を呼ぶとすぐに、戦車は反応してこちらに照準を向けた。


「伏せてっ!」


あたしが叫んだ瞬間、戦車は廊下を埋め尽くすほどの弾丸を乱射してきた。


咄嗟にジェットを焚いてぷに子氏を庇ったら、高い金属音が鳴り響いた。


この戦車…実弾を搭載している?!


あたしのジェットドレスは長時間のジェット噴射にも耐えられるように、特殊超合金を使用しているので、大抵の銃火器は全く効かない。


とはいえ当たった時の衝撃はすごいし、ビックリする。


状況をみるに、誰もニューロトランスミッターを起動して応戦できていない。


この島のサーバーごとやられて、今襲っている機体は遠隔で動いている可能性が高い。


となるとPINGが高過ぎて一体一体は雑魚…とはいえ生身の人間が撃退するのはかなり厳しい。


ぷに子氏は何が何やら分からぬ様子でアワアワしている。


今になってSMGを持って来なかった事を後悔している。


「ぷに子、走って。今のうちにあたしの部屋に行って!シャルロッテがいるはずだから、準備して待ってて!」


「え…え…」


「早くっ!」


戦車っぽい機体が再びこちらを狙ってきた。


あたしはわざと注意を引くように、戦車に突進した。


「ファイターモード起動っ!」


(ファイターモード…キドウカンリョウ)


ファイターモードはエネルギーを手足に集めて、スタンガンの様に使う、超近接戦闘スタイルだ。


戦車の照準がぷに子氏を捉えない様に、あたしが遮蔽になりながら、懐まで突っ込んだ。


「うぉらああああああ」


あたしは戦車の胴体部部にジェットパンチを喰らわせた。


バチンと電光が走り、戦車の機体が2m程後退した。


「そぉおおおいっ!」


戦車から生えている足に目掛けて、ジェット回し蹴りを撃ち込む。


戦車のアーマーはまだ残っていたけれど、あたしのキックの威力が強過ぎて、足がもげた。


ガガガガガガ…


距離をとってまた乱射しようとしたのだろうが、足がもげて屍体だらけの足場で動けず、戦車はその場で銃口を右往左往し始めた。


あたしは掌サイズのハンドガンで、本体にトドメを刺した。


「う〜む、流石に数が多いわね…1人で立ち回るならまだしも、誰かを守りながらだと今の武器では厳しいわ」


あたしは訓練場の中から、何丁か銃を拝借していくことにした。


振り返るとぷに子氏の姿はすでになかった。


あたしは訓練場まで降りて、武器庫で物色を始めた。


サーバーがダウンしていて、ショーウィンドウが開かなかったので、無理やり開いて武器を取り出した。


バッテリーのチャージができていない。


ふと作業台に目をやると、ピット通称ハイドのLMGが放置されていた。


「充電は…半分てとこか」


この時ばかりは、片付けの苦手なピットに感謝した。


前に放置された銃に足を引っ掛けて転んだ時の恨みは、許してやるとしよう。


あたしはLMGと、充電できていないショットガンを持って、武器庫を出た。


あたしの研究室に戻る途中、倒してきた実験機体からバッテリーをもぎ取って、ショットガンとLMGをチャージしようとした。


「あ…端子の互換性がないんだっけ…不便ね」


中庭を抜けてセントラルホールまで着いたタイミングで、目の当たりにした光景に悪寒がした。


まるでクモヒトデの様な形をした、7メートル程の大型の機体が、人々を長い触手で捕まえては千切っていた。


上の階には実験機体も何体かいるようだ。


リスクを負うよりも、できる限り早くシャルロッテ達と合流するべき…でも…


深く考える前に身体が動いていた。


中庭の割れた窓ガラスから、セントラルホールに飛び込んでクモヒトデ目掛けてLMGを乱射した。


何発か足をかすめた。驚いた事に、銃口を向けた瞬間に避ける動作をした。


「なるほど照準検知か、やっかいね」


ジェットを焚きつつ引き続きLMGを撃ち込むも、なかなか致命打につながらない。


ホールには薄い机と椅子くらいしかないので、遮蔽物になるものが少ない。


最初の発砲から、少し時間を食ってしまったので、吹き抜けエリアにいる事を避け、階層の下まで移動した。


あまり戦闘が長引くと、上の階にいる実験機体が打ち下ろしてくる可能性があるからだ。


「距離を詰めて一気に叩くか。ファイターモード起…?!」


クモヒトデの触手が瓦礫の下から飛び出して、あたしの左足を掴んだ。


「いかんっ!」


足を掬われバランスを崩したところに、無数の触手が襲いかかってきた。


あたしは四肢を捕まえられ、吹き抜けエリアまで引き摺り出された。


「く…あたしとしたことが…っ?!」


クモヒトデがあたしをスキャンして、触手を股の方に持っていった。


「ちょっとそこは装甲が薄いとこ…むぅ…仕方ない。デストロイモード起動っ!」


(デストロイモード…キドウカンリョウマデ…3…2…)


「はよはよっ!ヤヴァイって!」


今にも触手があたしの股間を貫きそうだ!


(1…デストロイモードキドウ)


半径10mに衝撃波が放たれる。全身を電磁バリアが覆い、全ての武器が哀れな獲物達を照準にとらえる。


(ゼンブソウテンカイ…ブルバースト)


衝撃波で吹き飛んだクモヒトデをレーザーが貫いた。


上層階からこちらに銃口を向けていた実験機体達も、一斉にデストロイ光線の餌食となり、ホールの1階広場に落下してきた。


「ふぅ…何とか片付いたわね。オールレンジモードに移行」


(オールレンジモードニイコウ…クールダウンマデ…23ビョウ)


旧作から比べると、ヒートシンクのクオリティが段違いだ。バッテリーの容量も桁外れに上がっている。


「ふむ、やはりガラクタの寄せ集めよりも、かなり動きやすい…本気で作ればもっと強化できそうね」


あたしは急いで自分の研究室に向かった。


「よっ!大将、やってる?!」


あたしが開けっぱなしのドアから部屋に顔を出すと、極度に安心した表情のぷに子氏と、プリプリしているシャルロッテがいた。


2人とも無事で、あたしは安堵で少し膝の力が抜けてよろけた。


「よっ!じゃないわよ、私を吹き飛ばしてどこに行ってたの?!状況を説明してちょうだい!」


「ぷに子氏からも聞いたんじゃない?外は窓から見てわかる通りアルマゲドン。大虐殺が繰り広げられているよ。それより準備はできているの?」


シャルロッテはまだご立腹の様子だ。


「訳が分からなかったわよ。黒いバトルスーツは自立型じゃないから、サーバーの接続がないとまともに動けない。プロトタイプのデータは移行したけど、戦いでは使い物にならないわよ?それに02だって…資料見たけどあんなの装備したら逆に自殺行為じゃない」


「ロードは完了してるんだね?よろしい。2人とも早く御色直しの時間よっ!さぁさぁドレスアップして!」


「こ…これを着てどうするつもりですか…まさか戦う気じゃ…」


「いや、逃げるっ!」


「でもどうやって逃げるつもりなの?脱出ポッドまではかなり距離があるわよ?」


「さっき見てきた。脱出ポッドも航空機も輸送船も全部破壊されていた。少数のグループが撮影用のヘリに乗って逃げようとしていたのも、離陸に瞬間に撃ち落とされていた」


「それじゃあもう…逃げ場がないじゃないですか…」


「だから、飛んで逃げるのよ」


あたしが腰からワイヤーを2本取り出すと、シャルロッテは呆れた顔をして、黒いバトルスーツに手をかけた。


「本当、あなたはイカれてるわ。無茶にも程がある」


ブツクサいいつつもシャルロッテは漆黒の鉄塊に包まれた。


ぷに子氏は混乱して暫くわたわたしていたけれど、覚悟を決めたのかあたしのジェットドレス02に手を伸ばした。


「じゃあこれを腰のプラグにしっかりセットして、あとは自分でバランス取ってね。フライトモード起動」


(Ladies and gentlemen, we have been cleared for take-off. Please make sure your seat belt is securely fastened.)


ポーンという音が鳴り、シールドの画面にシートベルト着用サインが出た。


変形の機械音があたしのテンションを爆上げする。


「じゃーん!」


あたしがポーズを決めると、う…と重苦しい声が漆黒の機体から漏れ出た。


シャルロッテの顔を見なくてもわかる。そう、この大きさの翼で飛ぶということは、相当速いということなのだ。


「絶叫マシンは嫌いかね?」


02を装備し終わったぷに子氏に、ワイヤーを渡そうとした時、廊下の方から複数の足音が聞こえた。


「ほら早く行くよっ!」


「ふぇえっ?!ちょ…心の準備が…っ!」


ガチャンとワイヤープラグを設置して、シールドの画面がブルーサインに変わった。


「よぉおおし!いっくぞぉおおお!」


あたしは2人の手を引いて、窓から飛び降りた。


「ちょっ…きゃぁああああ!」


「フライトジェット起動!」


(Have a nice trip)


今までのジェットと比較にならない衝撃と共に、3機の機体は天空に向かって垂直に急上昇した。


「ふぉおおおおおおうっ!」


少し荒っぽいが、大脱走成功だ!



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