第拾肆撃 思惑

チーム対AIの模擬戦を観終わった後、あたしは用事があると言ってぷに子氏と別れた。


「約束!ちゃんと守ってくださいよ〜!勝ったのは私ですからね〜!」


「くっ…覚えてろっ!」


自分の研究室に向かう道の途中で、シャルロッテが小声であたしに話しかけて来た。


「ウユニちゃん、分かってるわね?長引けば不利になるのは私たちの方。あのAI、かなり厄介よ」


「分かってる。今はまだおもちゃの領域を出ていないけど、あれが改良と量産を実現したら、今回の計画は限りなく不可能に近くなる」


「そうね、少し予定外だけど、今夜がダンスパーティになりそうね」


「あのAI達がうまく踊れるとは思わないけど…今日使用した機体以外にも予備があるのかしら?」


「用心に越した事はないわ。あとでまた会いましょう」


あたしは研究室に戻って、椅子に飛び込んだ。


目一杯リクライニングさせて、白色蛍光灯がビカビカの天井を眺める。


「ふぅ〜…さて、どうしたものかしら」


あたしが今夜のパーティの妄想を繰り広げようとした瞬間、あたしの部屋のブザーが部屋に鳴り響いた。


気を抜いていたので、心臓を鷲掴みされた様な気分だった。


この時間の訪問客は珍しい。嫌な予感しかしない…


「は〜い、どなた?」


あたしが扉を開けると、見たことのないスーツの女性が立っていた。


白衣だらけのセントラルラボで、こんな喪服の様な黒装束で歩いていたらかなり目立つ。


「ウユウナスノ、CEOがお呼びです」


よりによってここで呼び出しとは、考え得る限り最悪のタイミングだ。


「なるほど、それであなたは喪服なのね」


「何を言っているのですか、わたしは社長秘書のクリスティーナです。今すぐご同行頂けますか?」


「分かったわ」


今夜のパーティにお呼びでない人から逆に招待されるなんて、どこかで計画が露呈したのか…?


あたしは同行する傍ら、シャルロッテにEMERGENCYの文字だけタイプして送った。


今、CEOとの邂逅は正直何としても避けたかったけれど、あたしがアクセスできないオフィスに入れる機会は滅多にない。


好奇心は猫を殺すというのはどうやら本当の様だ。


セントラルラボの最上階、これだけ大きなラボの一階分が全て社長室だと言うのだから驚きだ。


400㎡はあろう無駄に広い空間に、大きな3Dモニターと、来客用の机と椅子しかない。


もう少し空間を有効活用しようと思わないのか…


少し薄暗い部屋に入ると、大きなモニターにSOUND ONLYの文字が表示されていた。


「社長、連れて参りました」


クリスティーナが小型のイアフォンに手を当てると、画面が赤色から青色に変わった。


「ご機嫌よう、Msナスノ。私はこのフューチャーテクノの社長、オリバーだ」


シャルロッテ曰く、ワーフェスであたしが暴れ回った時に、主催組織とその他の企業はあたしを血祭りにあげようと必死だったところを、この社長の指示であたしが死んだことにして場を収めたらしい。


「初めましてね、随分と気を回してくれた様じゃない。あたしのおもちゃは気に入ってくれたかしら?」


画面越しに笑いを堪える声がした。


「あぁ、気にしないでくれたまえ。君が暴れてくれたおかげで、少なからず我が社も損失を被ったのだが、よく言うだろう?ピンチはチャンスと。私が見越した通り、君からの贈り物は代償を払ってでも有り余る利益を生み出しているよ」


「かなりハイリスクな賭けね。あたしがここでまた大暴れするかもしれないじゃない」


(今夜するんだけどね!テヘペロっ!)


「それはやめておいた方がいい。弊社のセキュリティシステムには、私と違って判断基準に勘や感情を含まない。正確無比に君を排除するだろう」


「勘であたしを生かす判断をするとは、なかなか大胆ね」


他の企業にあたしの生存がバレようものならタダでは済まない。


その他の諸リスクを鑑みても、あの状況で回収し切れるかわからない先行投資を英断するのは、並大抵の精神力では不可能だ。


こいつは只者じゃない。


「君にはそれなりに感謝しているわけだ。君がうちに来てから作り続けてくれている数々の製品も、非常に有用だよ。そこでだ。君には褒美を与えようと思ってね」


「国際指名手配されてもおかしくないあたしにご褒美?どんな懲罰も見劣りしそうね」


「ハハハ、君にとっては研究室での軟禁が充分な罰だろう?」


乾いた笑いは画面越しでも分かる。クソわろたと無表情で打ち込むタイプの人間だ。


「それで何がお望みなのかしら?」


こんな奴の考えだ。ご褒美と言いつつ、あたしを利用してもうひと稼ぎ考えているに違いない。


「うむ、そろそろ組合がワーフェスを復活させる予定でね。君が選手として出てみないかね?」


この素っ頓狂は何を言い出すのやら…


「それはあまりにリスクが高いのでは?身バレはほぼ確でしょうね」


「君が弊社のリスクを気兼ねする事はあるまい。重要なのは君が出たいか否かだよ」


もとより選択肢などないくせに、よく言う。


あたしは少し思考した。一体何が狙いなのか現状では情報が少なすぎて仮説もままならない。


2〜3秒あたしが沈黙すると、畳み掛ける様にオリバーは続けた。


「納得いかない様子だね、無理もない。しかし我々はハイエナ…もとい君がワーフェスで闘ったログを解析して、それを元に高度な戦闘AIを開発したと発表するつもりだ。それにより元より草案として挙げられていた事案が実現する可能性が高いのだよ」


嫌な予感がする…


「ここから先はオフレコだが、バトルスーツを着用した人間同士の戦い、AI vs 生身の人間も開催が複数企業から提案されている」


AI相手が実現しなかったのは、単純に今までの機能が低スペックだったからだろう。


みかんちゃんを手に入れてようやく実践レベルまできたと今日の模擬戦で判断したのだ。


オリバーが言うバトルスーツ着用での戦闘は、相当な訓練と技量が必要だ。


新しいマッチが開催されて、初戦で有終の美を飾りたい…というだけではないはずだ。


「君が前回のワーフェスで着用していたものは、我々が改良してアップグレードしてある。試しに着るだけ着てみないかね?」


「私より従順で優秀なパイロットはいくらでもいると思うのだけど?」


「軍隊か傭兵、あるいは犯罪者でもない限り、好き好んで命を賭すゲームに参加する者などいないのだよ」


「物騒な事言うわね、戦争でもするおつもりかしら?」


「君も知っての通り、もともと武器の宣伝マーケットなのだから、実弾が使用されてもおかしくないだろう?近年では宣伝費用削減の為にエネルギー弾使用の制限が付けられていた。ここに来て組織は趣向を変えたらしい」


確かにあたしが最初の拠点にした廃墟には、実弾の武器がわんさか放棄されていた。


武器を売るのが目的じゃないとすれば、有り余った金持ちのする享楽なんて限られる。


「賭博…?」


「驚いたな。シャルロッテの報告にあった通り、頭は切れる様だ。察しの通り、次回以降のワーフェスは誰が…と言うよりも何が生き残るかベットするものに変わる。君が全ての機体を破壊し尽くしてくれたおかげで、以前のショーよりもはるかに興味深い催しとなりそうだよ」


「私が素直に参加すると思って?」


顔を見なくても空気で伝わってくる。今オリバーは物凄い悪党面しているはずだ。


「君は参加せざるを得ない。と言うよりももうフェスティバルは始まっているのだよ。そのスーツはいい刺激を与えてくれた君へ、私からのプレゼントだ。せいぜい楽しませてくれたまえ」


「ちょっと!それどういう…」


あたしが質問しようとした時、外から大きな爆発音が聞こえて来た。


「GOOD LUCK」


窓の方に目をやると、遠くでいくつもの煙が上がっていた。


再び画面に目を向けると、すでに回線は切られている…チッ。


機械音と共に画面の横からショーケースが降りて来た。


漆黒のメタリックなバトルスーツが、自動で電源プラグから外される。


あたしのジェットドレスを真似たわりには、ジェット類がかなりコンパクトだ。


「センスないわね〜」


いつの間にかクリスティーナはいなくなっていた。


暫し物思いに耽る…何故今になってあたしに提案を持ちかけてきた…さっきの爆発と、参加せざるを得ない状況…ダサいバトルスーツ…


ドアに手をかけると鍵が閉まっていた。


「え…」


次の瞬間、この広いフロアを埋め尽くす程、天井から実験機体がショーケースごとゆっくり降りて来た。


3DモニターにはLoading…と表示され、その上にフラグでしかない99の数字が物々しく映し出されている。


あたしがたじろいでいると、Readyの表示と共に、実験機体が一斉に起動された。


「ばっかも〜んっ!!!」


あたしは死に物狂いで、センスのない漆黒のバトルスーツに飛び込んだ。


着用にかかる時間が驚くほど短く、起動時間も頗る早い!


(Huaina…キドウ…)


視界に敵機の位置情報とレーザーサイト、自分の使用できる武器と戦術展開が、一斉に表示された。


物凄い数の銃口が私に向けられているのに、不思議と危機感を感じないのは、このダサいバトルスーツがかなりハイスペックだと瞬時に察知したからだ。


踏み込みの具合を検知して、バランスを崩さない様に全身のジェットが適切に機動されて、正確に思い通りの位置に移動できる。


面白いのは武器の所持がなくても戦えるところだろうか、手を銃の形にして、中指を折り曲げると、人差し指からエネルギー弾が放たれる。


遮蔽もない殺風景な空間で、バタバタと実験機体が倒れていく…


小さい子供が思い描く鉄砲ごっこを具現化すると、こうなるのだろうか…


あたしは両手で敵機を指差しまくり、部屋中を駆け回った。


自動照準検知、自動回避はもはや未来視レベルでスムーズに行われる。


無理やり避けるあたしのジェットドレスと違って流れる様な動作…なるほど表示されているアイコンが視線を誘導している。


手を開くと、手のひらから砲撃が放たれる。


あまり見ていなかったが、目の端にとらえた3Dモニターの数字は、減りが早すぎて十の位が一瞬で溶けていった。


機能の選択肢画面を全て消費する前に、部屋中に小規模な敵機古墳がいくつも積み上げられていた。


「これは…凄いわね」


ちゃんと人が中に入っている前提で設計されている。


あたしのジェットドレスはパワーとスピードを重視するあまり、自動回避時には腑がひっくり返りそうになる。


「ふぅ…まずは状況の確認が先かしら」


3DモニターにはMISSION COMPLETEと表示され、ドアの施錠が解除される音がした。


あたしは急いで自分の研究室に向かった。


一刻も早くこのバトルスーツを脱ぎたい。胸周りがキツ過ぎて窒息しそうだ。


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