第拾参撃 焦燥
戦闘が始まり、モニターからチームが空挺降下する様子が映し出された。
「随分と早いのね。粗方ポジション取りを固めてあるのかしら」
「まずスペクターが、市街地の塔の最上部を取りたがるのは間違いないですね。スカウトは遮蔽の多いところは苦手なので、スペクターがカバーしやすい少し開けたところに降りるかと。ジャムちゃんは一旦隠れて様子を見れるところ、少し高めの建物内といったとこでしょうか」
ぷに子氏の予想は次の瞬間に覆された。
「あら、あれはまずいわ」
チームからは太陽が重なる位置で見えにくかったのだろうか、ビッタリと真後ろに3機の機体が付いてきている。
チームが離散した瞬間に、1番離れた奴から各個撃破していく算段なのか。
最初に気が付いたのはジャムちゃんだった。予定してたであろう着陸位置に向かう軌道から、急速に旋回してスカウトの方に向かって降りて行った。
同じところには着陸できなかったが、スカウトをカバーできるギリギリの距離の建物の上に降り立った。
次に気が付いたのはスペクターだった。
最初はジャムちゃんの方に向かっていた機体が方向転換してスペクターの方に向かって来たのを確認して、スペクターは振り切ろうと軌道を変えたが間に合わなかった。
スペクターは比較的高い建物の屋上に着地した。
3機の戦闘機隊はスペクターを囲む様に、周囲の建物の中に入って行った。
スカウトとストロベリージャムからは、目算400メートルは離れている。
全力で逃げてもスカウト達との合流まで50秒はかかるだろう。
「早速詰んだかしら?」
あたしならジェットドレスで逃げられるだろう。
だが今のフューチャーテクノ社が使用している機体は、あたしのジェットドレスを解析して少しは機動力が上がったものの、そのままジェットドレスの機動力を搭載すると、実用までに相当なテストとパイロットの訓練を要するとしてお蔵入りになっている。
スペクターがこの状況で生き残るには…
「あぁっ?!」
ぷに子氏がおかしな声を上げた後、シャルロッテも顔を顰めているのが横目に見えた。
「ふむ、無謀とも言えるけど現状最善手ね」
スペクターは屋上で、頭一個出しで迎撃の姿勢を見せている。
確かに囲まれている状況で遮蔽の多い市街地に、スナイパーが飛び込むのは自殺行為だ。
上から撃ち下ろす形で中距離を保てれば、まだ活路はある。
降下の際、残りの2人に合図を送っているのが見えた。
それなら最速で合流するために、敢えて目立つ高所で待機しているのも悪くない。
問題なのは…
「来ましたっ!」
あたしの予想通り、敵機は一気に近接戦に持ち込む様だ。
上手く建物の遮蔽を利用しながら、スペクターのいる建物に向かっている。
1人で全方位を警戒するには少し建物が大きい。
屋上に到達しやすい方面を目視で警戒しつつ、あとは足音に頼るしかない。
(敵機確認!後どのくらいだ?!)
(まだ降りたばっかだ!今行くから死ぬんじゃねえぞ!)
無線のやり取りがセントラルの全階に響く。
スカウトとストロベリージャムが全速でスペクターの位置に向かうのが、マップ場に表示されている。
やはり結構な距離があるうえに、建物が入り組んでいて思った以上に時間がかかりそうだ。
あたしのジェットドレスなら屋上を直線で急行できるのに。
「さて、何秒持つかしら?」
スペクターが身を乗り出して真下に銃を構えた時、右側の壁を登る音が聞こえて、スペクターは右側に銃口を向けた。
案の定、敵機が壁を上がって屋上まで到達した。
敵はまだ1機、スペクターまで7メートル弱のほぼ近接戦だ。
しかし壁を上り切るのその僅かな間の隙を、スペクターは見逃さなかった。
フォーカスを置いていたこともあり、スペクターのスナイパーライフルの一撃は見事に敵機を直撃した。
「あの銃…夜戦で持っていた物干し竿じゃないわね」
「流石に市街戦を見越して武器を変えて来ましたね。あの長物なら中距離特化、近接戦には不安が残りますが、いつもの超遠距離趣向からするとだいぶ譲歩したみたいですね」
いつもこレーザー砲と違って、フリスビーの様な円盤のエネルギー弾が放たれる武器だ。
武器や機体の研究資料はあらかた読んだが、あの武器の情報はなかった。
今回のためにわざわざ特注したのだろう。
あれなら近接戦をスコープで覗かない腰撃ちでも、当たる確率はかなり上がるはずだ。
敵機が怯んだ隙に、スペクターは移動しながらリロードする。
「え…何でそっちに…あっ!」
ぷに子氏は画面の左側を指差した。
画面では音を拾いきれていなかったが、敵機がもう1機左側から上がって来ていた。
スペクターはそれに気が付いて後ろに距離をとりつつフォーカスを合わせたが、バチンと弾ける音の後にスペクターが膝をついた。
後ろ側にはすでにもう1機の敵機が上がって来ていたのだ。
「囲まれたわね」
3機の敵機がスペクターを囲む形でフォーカスを合わせた。
絶体絶命かと思われた瞬間、スペクターは右側の先ほど一撃当てた機体に向かって突っ込んだ。
被弾しながらも腰撃ちでもう1発打ち込み、屋上から地面へと落下した。
(スペクター機能停止ー!これは波乱の幕開けかー?!)
実況がホール内に響き渡り、下の階の観戦者達からどよめきが聞こえる。
1機は瀕死だが、敵は3機ともまだ動いている。
「あわわわわ…大変っ!チームが負けたらウユニさんに何されるかわからない!頑張れジャムちゃ〜ん!」
その通り。あたしが賭けに勝ったら、ぷに子氏を夜通し好き放題イタズラして楽しむつもりだ。
基本的に通常の戦闘機体は、あたしのジェットドレスと違って、防御用の電磁バッテリーを補充したりはできない。
つまりスペクターの復活はもうないし、被弾したら回復する術はない。
「2v3…厳しい展開ね」
シャルロッテは、手元のミルフィーユにフォークを刺しながら呟いた。
「そうねぇ…」
あたしがアイスマカロンに手を伸ばした瞬間、ホールに歓声が広がった。
(1機獲りましたっ!あとはお願いします!)
(オラァー!)
あたしは画面を見損ねてしまったけれど、状況的にストロベリージャムが先に現着して、弱っていた機体を倒したらしい。
もう1機がジャミングに引っ掛かっている。
同時に2機を狙う様な、器用な事は得意な様だ。
「あぁ〜あの位置は良くないわね」
あたしがいつも指摘している通り、ジャムちゃんは位置取りが悪い。
殆ど遮蔽のない屋上に乗り上げて来たのだ。
案の定、ジャミングお構いなしに2機の敵機は、ジャムちゃんにフォーカスを合わせてきた。
(きゃぁあー!)
ジャムちゃんはかなり被弾したけれど、間一髪のタイミングで、スカウトがジャミングに引っ掛かっている敵機を倒したようだ。
「やはりあのフォーカスの早さ、各機体で個別に動いているというよりも、3機で情報共有されてると考えた方が良さそうね」
シャルロッテは険しい顔で、ミルフィーユを頬張った。
残りの1機はスカウトが現れた時点で屋上から撤退して、建物内に陣取った。
「そう、1対複数なら射線を絞れる環境が望ましい。ぷに子氏が得意な室内戦になりそうね」
(おいジャムっ!あと1機だ!畳み掛けるぞっ!)
スカウトが最後の1機を追って、建物内に入ったのを確認して、ジャムちゃんは屋上を伝って逆側へと回っていった。
「挟み撃ちにする様ですね。間に合うでしょうか?」
「うぅ〜ん、このタイミングだと間に合わなそうだけど」
ジャムちゃんが屋上から建物に入り、スカウトは屋上に向かった。
「あれ…どこに行ったんでしょう?」
最上階から1つ下の階でスカウトとストロベリージャムが邂逅した。
スカウトは階段で上がり、ストロベリージャムはエレベーターを引っこ抜いた様な、縦の各階に繋がる空間から飛び降りて来た。
部屋を見渡し2人が下の階に向かおうとした次の瞬間、バチンという音と共にストロベリージャムが地に伏した。
「えっ…え?!何が起きたんですかっ?!」
(野郎っ!)
スカウトが窓に向かってSMGを乱射した。
「窓か…あいつ屋上にはいなかったから、窓の縁に捕まってハイドしてたんだ」
「えぇっ?!そんなことできるんですか?!」
「中継機の奥には影が一瞬だけしか見えなかった。おそらく最上階の窓縁でハイドして、飛び降りながら1階下にいるジャムちゃんを狙ったんだ」
「そんな曲芸みたいなこと本当にAIができるんですか?!」
俄かに信じがたい。しかし今、表から撮影していた中継機からの映像がモニターの端にリプレイされた。
「あの状態からヘッショ抜くなんて…どうやらかなり柔軟なプログラムが盛り込まれているようね」
あたしが何となく発した言葉に、シャルロッテは下唇を噛んだ。
想定通り、チームは上手く連携を取れずに2枚も落とされた。
この1v1で単体の機能がどれほどか推し測られる。
「スカウトのデータも取られてるなら、遮蔽の多い中距離からジワジワ狙ってくるはず。長期戦はジリ貧ね」
スカウトは窓から下を覗いたが、敵機はすでに身を隠していた。
この状況に危機感を覚えたスカウトは、直ぐに屋上に上がり、辺りを見回した。
「そう、闇雲に探しても不利になるだけ。まずは位置確認が大事」
「またとんでもないところにハイドしてるかもしれません…負けたら承知しませんよ!スカウトォオオオオ!」
物音に気が付いたスカウトが屋上から飛び降りた。
(そこかぁあああ!)
着地した瞬間、スカウトは背後からまともに攻撃を喰らって怯んだ。
「あぁっ!あんなのズルですよ!」
信じ難いことに、敵機は物陰にハイドしながら、向かい側に物を投げてわざと音を立てていたのだ。
しかし流石は近接戦闘狂、振り向きが異常に早い。
スカウトは身を捩りながらSMGを乱射した。
(くっ!オラァああああ!)
スカウトの方が僅かに打ち出しが遅れた為、このまままともに撃ち合えば、先に削り切られるのはスカウトだ。
「いけいけスカウトー!」
ぷに子氏は立ち上がって、モニターに叫んでいる。
あたしはほぼ賭けの勝ちを確信して紅茶を啜っていた時、思わぬ事故が発生した。
正確無比に撃ち合っていた敵機が、いきなり横に振り向き地面を撃ち出したのだ。
「ぶふぉっ?!」
あたしは思わず吹き出した。
無念にもAI機体は、スカウトの放った攻撃に沈み、地面に倒れた。
(おぉおおおおお!)
ホール全体から歓声が湧き上がった。
「やったー!賭けは私の勝ちです!ウユニさんっ!」
一体何が起きたというのだ…突然故障したのか?
あたしは大画面に映るリプレイに齧り付いた。
「…あぁ〜そういうことね」
「え?ウユニさん分かったんですか?最後の挙動は結局何だったんですか?」
「照準検知でしょう…最初にやられたスペクターの銃口が、あっちを向いてるもの。それに奇跡的に引っ掛かったってこと」
チームが勝利したとはいえ、AIはかなりの精度に仕上がっている。
それに今回1番解せない点は、敵機の使用武器が全てハンドガンだった事だ。
他の武器の使用プログラムが追いつかなかったのかも知れない。しかしハンドガンは戦術がかなり絞られてくるのにも関わらず、ここまでチームを追い込んだのだ。
もしも他の武器の戦術展開ができる様になったら、あのチームでは歯が立たないだろう。
シャルロッテもかなりの危機感を抱いている様だ。
時間をかければかけるほど、AIの完成に近づき脱走がますます困難になる。
少し考えたあとシャルロッテを見ると、どうやらシャルロッテも腹が決まったようだった。
私の方に意味深な目配せをして来た。
なるほど、決行は…今夜だっ!
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