第拾弐撃 余興

波の音が風に乗って肌を撫でる。


足の裏に伝わる砂の感触が少しくすぐったい。


「そろそろ時間ですね」


ぷに子氏はあたしの方に白波を蹴りながら、名残惜しそうに笑った。


せっかくのぷに子氏との外出デートなのに、見張りのマッチョが2人も真後ろで待機している。


あたしが泳いで島外に逃げない様に、セキュリティチームがよこしてきたのだ。


本当は泳ぎたかった!ぷに子氏の水着…真っ白な柔肌を堪能したかったのに!


「海に白衣は無粋だったわね。カフェにでも寄ってから行きましょう」


あたしは最後に綺麗な海の朝焼けの景色を心に刻み、ぷに子氏と共にセントラルラボに向かった。


「遅かったわね。もう始まるわよ」


カフェに着くとシャルロッテが大画面モニターが1番見えやすい、2階と1階を見下ろせる席を取って待っていた。


各企業間での大規模な商業戦争、通称ワーフェスは、あたしの活躍のおかげでしばらく休止を余儀なくされている。


今回のイベントはフューチャーテクノ社内部の模擬戦、と言うよりも新作の玩具のテストと言ったところだ。


ワーフェスの舞台とは別の離島で行われる、3V3の殲滅戦。


お相手は先日、試作段階を終えたHuainaの完全自立型戦闘AIだ。


「それで結局誰が行くことになったの?お人形相手だからってあまり舐めた構成では勝てないんじゃない?」


「ロッシーとコーデリア、あとチェインですね」


ぷに子氏はピンク色のスムージーを啜りながら大画面の方を見つめた。


大画面にはまだNow loadingの文字と、今日の戦地の背景しか映し出されていない。


「まとまりのない3人が組まされたわね。これは開発者チームに花を持たせるための陰謀かしら?」


ロッシー、コードネーム「スカウト」は超が付く近接戦闘狂だ。


あたしとの模擬戦でも必ず1番最初に飛び込んでくる奴で、ジェットドレスで夜戦を繰り広げていた時に、咄嗟に武器を持ち替えてSMGを乱射してきた奴だ。


頭には特攻の2文字しかない脳筋だ。


コーデリアは基本的チーム戦では支援の動きが多い。


通常武器とは別に、特殊な使いづらいジャミングガンを携帯しており敵の行動範囲を狭める戦術を好むのだが、何せカバーが遅い。


展開して斜線を広げるのが苦手で、位置取りをいつもあたしに指摘されている。


訓練で高所に陣取り、あたしにヘッショを抜かれたロリ娘だ。


コードネームは「ストロベリージャム」


そしてチェインは、夜戦の時にとてつもなく遠距離から狙撃してきたスナイパーだ。


自称掃除屋で近接戦が大の苦手。


「俺がやってるのはお前らとは別ゲー。神の捌きを下すだけ」


と厨二丸出しのただの引き篭もり。


長距離狙撃の腕はいいのだが、安全な位置にしか行かないため、味方のカバーができない。


コードネームは「スペクター」だ。


「とてもじゃないけど勝てそうにないわね」


「えぇ?みんな凄く強いじゃないですか。ウユニさんからしたらまだまだかも知れないですけど、皆さん一応プロですし、専門分野に関しては右に出るものなしじゃないですか」


ぷに子氏はスムージーを啜るのをやめて、あたしに目を向けた。


「そうねぇ、確かにこの組み合わせで相手が3機ともAIとなると、今回の戦闘のキーポイントは【連携】ということになりそうね」


シャルロッテも大画面の方に目を向けて会話に入ってきた。


あたしは先ほど貰ってきた熱々の紅茶に、ドライ加工して持ち歩いている陶酔泉を一欠片落として、静かに戦況を予想した。


「これだけ盛り上げて、わざわざ中継まで繋げるのだもの。開発チームは余程の自信があるに違いないわ。つまり彼らの戦闘データもすでに組み込まれている可能性が高い」


「なるほど確かに個人の戦闘ログは、集積されていますね」


もう飲み終わったのかぷに子氏…


「このトリオの場合の定石、スナイパーが1機沈めて斥候がもう1機、サポートが斜線展開して援護している間に、スナイパーが追い付くといった戦術はまず通用しないと考えた方が妥当ね」


「各々、我が強くて人に合わせられる様な人たちじゃないですからねぇ…。それでも選抜に選ばれた時、3人は既に連携の打ち合わせとその訓練をしていましたよ!気合いは十分です」


「せめてジャムちゃんの代わりに、ぷに子氏が出てれば少しは違ったのにねぇ」


「ウユニさんに褒められると、嬉しいけど恥ずかしいです」


ぷに子氏は一緒に買ったマカロンを頬張りながら赤面した。


「この戦い、あなた達はどう見る?」


シャルロッテはティーカップを置いて投げかけた。


「AIが勝つ」「チームが勝つ」


あたしとぷに子氏の意見が割れた。


「えぇ〜、じゃあ賭けますか?負けた方が勝った方の言うことを聞くってどうですか?」


こういう賭け事は大好きだ。


「いいわよ?あたしが勝ったらぷに子氏を一晩中可愛がってあげる」


「そ…それどう言う意味ですかっ?!」


「始まるわよ」


シャルロッテはぷに子氏に計画のことを伝えていない。


この戦闘であたしの大まかな脱走の可能性と戦略が見極められる。


そして脱走の決行は機体の修理中が望ましいので、必然的に大きなイベントの後になる。


ワーフェスは再開時期が未定の為、自社内の大規模な実験の後となるだろう。


つまり、最短で今日決行となる。


中央の大画面が大きなファンファーレと共に、今回のチームとレートを映し出した。


「1.5倍、チームがやや優勢ですね。やはりみんな従来の訓練機からの大幅な進展は見込めないと予想している様ですね」


今回の戦地となる離島は、普段は射撃訓練場として使用されている。


ワーフェスで使用されている島ほどフィールドは広くないけれど、様々な種類の地形が集約されている。


その中でも取り分け市街地がメインフィールドとなっている。


遮蔽と室内戦が多いためスナイパー殺しとも言える環境だ。


「スペクターは使い物になるのかしらね」


「う〜ん、正直大変だと思います。」


一頻り実況のアナウンスが流れると、サイレンの音と共に戦闘が開始された。


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