第玖撃 未来予報士
「快適ね…」
無人島生活では味わえなかったフレーバードティーを傾けながら、緊張感のない阿保面で独り言が漏れた。
シャルロッテに勧誘されるがままフューチャーテクノ社で研究開発に携わることになり、早数か月が経過していた。
多少の制約はあるものの、殆どの施設にアクセスできるし、研究費用も湯水のごとく使える。
朝は日の出とともに起床し、トレーニングジムで汗を流す。
併設された無料のカフェで紅茶を嗜み、与えられたラップトップPCで資料を読み漁るのが日課となった。
最初は研究施設に幽閉されて四六時中働かされることを覚悟していたが、上層部の連中はあたしのジェットドレスと戦闘AIのみかんちゃんを手に入れてご機嫌らしく、定期的に研究員をあたしの部屋によこす程度で事なきを得ている。
たまに鼻につく高慢な研究員が、知識比べにあたしの部屋までわざわざ来ることがあった。
そいつにあたかも存在しそうな適当な法則についての公式を、カフェの紙ナプキンに書いてチラつかせてやると、必死になって解き明かそうと研究室に引きこもって出てこないのが滑稽であった。
日中はフューチャーテクノ社お抱えのプレイヤー達、総勢42名の戦闘訓練兼勉強会に付き合わされる。
とはいえ実践訓練ではなく、大型の室内シミュレーション装置を使っての戦術展開の講義だ。
ニューロトランスミッターを使わず、生身に赤外線感知スーツを纏うから、デスクトップの半径85cmが生活圏内だったおデブちゃんたちは大変そうだ。
42名の世界選りすぐりのプレイヤーたちは、それなりに自分の戦闘経験に自信を持っているので、それはハイリスクだの実践では役に立たないだの抗議してくる連中がいる。
毎回、全員をボコボコにして終わる。
いったい彼らは学ぶ気があるのか甚だ疑問だ。
ここでの生活が始まってしばらくは、謎の戦闘機体の正体としてたくさんのプレイヤーやら研究員やら他の企業の要人まであたしを取り囲んでいた。
とってもうっとうしかったので、囲まれるたびにカフェから拝借してきたケチャップをばらまき死んだふりをしていたら、ついに戦闘訓練後にあたしを訪ねてくるのはシラタキちゃんだけになった。
「今日はまた一段と無茶な戦闘でしたね。なんであれで被弾しないんですか?」
シラタキちゃんもとい、ぷに子氏は糖分の暴力とでも呼ぶべき、甘ったるそうなピンク色のホイップクリームを頬張りながらあたしの額に視線を合わせた。
「絶対ヘッショ入ったと思ったのに…」
「甘いわよぷに子ちゃん。」
口元についていたクリームを取ってあげると、ぷに子氏はパフェの底に溜まっているいちごジャムよりも顔を赤らめて俯いた。
「ダーリン、あなたは遮蔽はうまく使えてるけど、まだまだ視野が狭いのよ。」
「だだだだ…ダーリンじゃないですっ!ぷに子です!」
目の前の喪女は赤面を通り越して、頭から煙が出ていた。本当に可愛い娘。
「独りで立ち回らざるを得ないとき、相手も使える既存の遮蔽だけでは絶対に追いつめられちゃうの。ぷに子氏は密室での戦闘の方が得意でしょう?そうなれば相手は使えず自分だけ使える遮蔽を増やせばいいのよ。」
「え…それってどういう…」
「敵の機体も遮蔽として使っちゃえばいいでしょう。そうすれば同時に射線を通されることはないし。」
ぷに子氏は怪訝な顔をして細長いスプーンを再びパフェにぶっ刺した。
「確かにできない事はないですけど、相手だって射線を通そうとバラバラに展開してくるじゃないですか。」
「相手が展開してくる方向なんて、遮蔽から見たら大抵は右か左か上の3択がいいとこでしょ?そのじゃんけんを複数人と同時にやるだけの話じゃない。」
「それを直接見てないのに予想して動いてるってことですか?常人のなせる業とは思えませんけど…」
ぷに子氏はパフェを無駄にかき回し始めた。
「トッププレイヤーなんて無意識に強い選択肢を選びがちだから、案外ワンパターンで読みやすいのよ。とりあえず高所を取りに行ったりしてたあのロリっ娘もまんまとあたしの置きエイムに曝されていたじゃない。」
「あれは頭一個出しなのに一発でヘッショ射抜くウユニさんがおかしいんです!人力チーターです!」
「予想出来てたから置いてただけよ。誰でもできるの。選択肢を減らせれば処理する時間も減るでしょう?」
それがわかっていてもできないと言いたそうに不満気な表情を浮かべるぷに子氏を尻目に、あたしは口を開けてパフェをねだったが、ぷに子氏は最後のパフェを一気に搔き込んで、得も言われぬ苦い表情をして見せた。
「ケチね。」
夜になって自分の研究室に戻ると、新作兵器の開発のはじまりだ。
施設内のPCは全てログを監視されているので、下手なものを作ろうものなら一層監視体制が厳しくなるに違いない。
シャルロッテに研究室を与えられたときに一緒にもらった浮遊ユニットも、各施設へのアクセスキーとは名ばかりで、本来の目的は四六時中あたしの行動を監視することだ。
何度か施設からの脱走を計画したが、万全を期すには時間が必要だ。
今はおとなしく、趣味の悪い富豪たちへ玩具を提供するとしよう。
それにしてもなぜここまで世界全体で軍事開発に積極的なのか、いまいち納得がいかない。
数年前にEARTH平和条約に196か国が加盟して、戦争とは無縁の流れがあったのに、有名な大手企業もかなりの投資をしているようだ。
「ただの娯楽って規模じゃないわよね…」
フューチャーテクノ社は一参加企業に過ぎず、どうやらバトルロワイヤルの企画進行は別の団体が行っているようだ。
バトルロワイヤルの情報に関しては、当然アクセス権限がなく、以前機密情報をハッキングしようとした罰として、みかん禁止令が発令されたことがあった。
その程度の罰で済んだのは、このセキュリティがあたしではハッキングできないと判断されているからだろう。
確かにフューチャーテクノ社のセキュリティは世界最先端といっても過言ではない。
世界中から何千人という単位でかき集められた優秀過ぎる技術者たちと、隣接する島一個分の広大な敷地に惜しげもなく配置されたスーパーコンピューターが相手なのだ。
客観的に見ても太刀打ちできない。しかしだ、あたしは折角つかんだ自由を手放すつもりは毛頭ない。
「世界を敵に回すだなんて、とんでもない奇行ね。それにしてもいったい何が目的なのかしら。新しい覇権国家でも創出するつもりか…宇宙人が襲来するとか…うふふ。」
事実は小説よりも奇なりというのだから、あたしは毎晩ありえないことを夢想しながら眠りにつく。
ぷに子氏に“今夜、一緒に寝ましょう“とメールを打つだけ打って、あたしは床に就いた。
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