第漆撃:死線

やられたのか?!しかしどうやって?センサーではさっきまで2体はすぐそばにいたし、仮に戦闘中に移動されても、挟まれないように後ろの扉や横窓は常に警戒していた。


 それよりもおかしいのは、射線がすぐ近くの真横から通されたことだ。そこには何もなかったはず…。


あたしがありとあらゆる可能性を炙り出していたその時、部屋の中に射す月明りに純白の機体が薄っすらと反射するのがわかった。


(さすがはウユニさんです。たった1人で全部隊を壊滅させるなんて…。だけど、ここはエインヘリアルじゃないんです。卑怯だと思うかもしれませんが、ここではこれも戦略の一つなんです。)


 シラタキちゃんは目をこらしてもよく見えないけれど、銃口を向けているのは感覚でわかる。


(これで…とどめですっ!)


 シラタキちゃんがあたしに向けて銃弾を放った直後、バチンという大きな音とともに、純白の機体が顕になり床に倒れた。


「なるほど、光学迷彩ね。」


(なに…が…?!)


「デコイモード。ジェットドレスから分離する最終手段よ。シラタキちゃんが戦っていたのは、あたしの開発した戦闘AIのみかんちゃん。」


 正直、家から急いで飛び出してきたから、パジャマの白衣一丁で登場するのは避けたかった。


 あたしは階段での戦闘が起こる直前にデコイモードを発動し、逃亡の機会を身を潜めて伺っていた。


 遠隔操作用のゴーグルの画面が真っ暗になった時は、本当に終わったと思った。


「電磁気は探知できても、生命反応までは察知できなかったようね。」


 あたしはサバイバルの日々でハイドスキルを身につけた。息を殺して獲物を狙うことは、もはや野生動物並みに卓越していると言えるだろう。


 ジェットドレスなしで扱える武器は、お手製のビリビリ棒くらいだった。命をかけた大博打だったが、あたしは最後の最後でチャンスを掴んだのだ。


 それにしてもビリビリ棒一撃で瀕死になるなんて…あぁ、この娘、階段を光学迷彩を使って直進してきたのね。その時乱射していた左手のマシンガンに、かなり被弾していたというわけか。


(こんなの…んぐっ!?)


 あたしはシラタキちゃんを踏みつけて、ビリビリ棒を口に突っ込んだ。


「さて、覚悟はできているんでしょうねシラタキちゃん。」


(んんんんんんっっ?!!)


「ほらほらほらほら、ど〜ぉ?あたしに勝ったと思ったんでしょ?夢でもみてたんじゃないのぉ〜?」


 ぐりぐりと胸元を踏みつけながら、ビリビリ棒をシラタキちゃんのお口から抜き差し繰り返す。


(んんっ///!!)


 ビリビリ棒の出力を最大にした途端、シラタキちゃんの機体は機能を停止して動かなくなった。勝利の達成感や、戦闘終了の安堵感よりも先に、なにやら喪失感のようなものがあたしの胸中を覆った。


「…シラタキちゃんともっと遊んでいたかったな…。」


 さて、今頃この企画の担当者は大目玉を喰らっているところだろうか。まさか全勢力をかけて、あたし1人を倒せないとは夢にも思っていなかっただろう。


 次のお約束として考えられるのは…この企画に問題が起きた時、制圧するために用意された戦闘型アンドロイドの軍勢が、あたしを始末しに来るとか…。島ごと核爆弾で消滅させるとか…。


「流石に疲労で頭が回らないわね…みかんちゃんに相談したいところだけど…」


 ジェットドレスはバッテリー切れで再起動ができない。あたしはシラタキちゃんを弄り、バッテリーを取り出してジェットドレスに接続した。


「シラタキちゃんで本当に最後の1体だったのかしら…早くスキャンしないと…。」


 あたしは階段の中腹に倒れている機体まで、バッテリーを取りに行くことにした。1段目を降りようとした瞬間、見事に階段を転げ落ちてしまった。足に力が入らない。筋肉が痙攣していうことを聞かない。


 無理もない、夜の間ずっと限界を超えて走り回っていたのだから。今はアドレナリンのおかげでかろうじて動いてはいるけれど、これが切れたら意識を保つことさえ難しくなるだろう。


 あたしは必死の思いで機体からバッテリーをもぎ取り、2階まで階段を這いつくばって登った。ヘルメットだけ分解して、別に充電を進めることにした。


 その数十秒の間、壮絶な眠気との闘いに身を投じた。正直、今日相手したどの敵よりも強敵であることには違いなかった。


「ちょっとだけ横になろうかしら…」


 あたしは横にいるシラタキちゃんの機体の腕を枕にして横になった。手は冷たいけれど、本当の人肌のように柔らかい。


「ちょっと、そんな目で見られたらあたしが何かやましいことをした事後みたいじゃない。」


 あたしは機能を停止し、無機質な瞳を見開いているシラタキちゃんの目をそっと閉じた。そういえば未だに機体回収用のドローンの音が聞こえない。まだ敵が残っているのだろうか…。それとも予期せぬ事態に運営側が対応できていないのだろうか。あたしは手を伸ばしてヘルメットを手繰り寄せて被り、再起動した。


『オハヨウ、ウユニチャン。』


「おはようみかんちゃん。サーチモード起動。」


『サーチモードキドウ。シュウイ3200メートルイナイニ、テキケンチナシ。』


 その言葉を聞いて、体の力が一気に抜けるのを感じた。今すぐこの場に布団を持ってきて欲しいところだけれど、あたしにはまだやることがある。回収用ドローンが来る前に、拠点に帰らなくてはならない。


 拠点の位置はもう運営側にもバレバレだろうが、ホームに戻れば対応できる選択肢が格段に増える。あたしは横になったまま、気だるい腕を伸ばしてジェットドレスを装着する。


『カクシュパーツ、ドウキカイシ。…サヨクジェットガ、ニンシキデキナイヨ。ドコヤッタ?』


 シラタキちゃんに撃たれた時に、ヒューズが飛んでしまったのだろうか…原因は何にせよ、今すぐ直すのは無理だし、片翼で飛ぶのは危険すぎる。


「面倒だけど、歩いて帰るしかなさそうね。」


 あたしは横で寝ているシラタキちゃんの機体を担ぎ上げて、お家を目指して歩き始めた。市街地を抜けて、見慣れた小さな山を一つ越えると見えてくる。数十機のドローンが、あたしのお家の周りを蝿のようにブンブンと飛び回っている光景が。


「何よあれ…」


 身を隠して様子を伺っていると、数十機のドローンは一斉にこちらに向けて飛んできた。


「え!?なになにっ!?どうしてバレたのっ?」


 電磁気の検知か、熱源感知か…いや、シラタキちゃんのGPSを抜いてなかったからだ!あたしは残り少ないバッテリーを全て、駆動エネルギーに回して走った。背中のジェットを使わずに、さらにシラタキちゃんを担ぎながら山道を駆け降りるのは、我ながら無謀だったかもしれない。


 何度も転びそうになりながら必死な思いで、我が要塞に飛び込んだ。そこから先はよく覚えていない。気がついたらフカフカのベッドの上で目覚めたのだ。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る