第伍撃:運び屋
綺麗。白銀に輝く髪はまるで天の川のようだ。森の隙間から光を受けて、きらきらと輝いている。眼前に座る、白いバトルスーツに身を包んだアンドロイドは、鬱蒼とした森の中に突然舞い降りた天使のようだ。
しかし緑だらけの森で、こんな真っ白な機体は的になって当然だ。撃ってくださいと言っているようなものね。
(あなたが例の…?)
おやおや、あたしのことが噂になっているようだ。まああれだけの数の機体を倒せば話題に上がっても不思議ではない。ここはヒーローのようにかっこよく…
「そう、あたしがウユニ。ウユニ・ボッターだよっ!」決まった。
アンドロイドはこちらを見上げて黙ったままだ。そうだな、シラタキちゃんとでも名付けよう。
「ところでシラタキちゃん、あなたそんな真っ白な格好で森をうろつくなんて、危ないじゃない。」
(これは…バッテリーが切れちゃって光学迷彩が…それより、もしかしてあなたが噂になってる、ハイエナ?)
なにその不名誉な肩書き…確かにちょっとパーツを拝借したけれど…もっとさ、戦場の悪魔とかそんなカッコイイ二つ名あったでしょ…。
「…ウユニちゃんだよ。」
(ウユニって、エインヘリアルのトップランカーの名前じゃない。冗談言っていないで、あなた所属は?)
お、あたしの名前は知っているのか。
「本物のウユニちゃんだよ。どこにも所属していないよ。」
(そんなの、あるわけないでしょ。部隊の腕章もつけてないし、この前の正体不明の機体による違反行為は、あなたの仕業ね?)
なにから説明したらいいだろう。とにかく場所を変えたい。あたしはシラタキちゃんの手を引いて、ジェットを焚いた。
(ちょっと…んひゃあっ!)
森の外れにある、岩石地帯との境目の小さな洞窟に身を隠す。
「さて、色々話したいことがあるんだけど、まずあなたのことから教えてくれるかしら?シラタキちゃん?」
シラタキちゃんはまた力なく座り込んでしまった。
(いきなり何をするんですか!ニューロリンクしているから、振り回される感覚は三半規管からリアルに伝わってくるんですからねっ!うえ…酔った…)
「いや、あたしなんて生身だし。」
(え…それこそありえないでしょう。何言ってるんですか。)
あたしは黙って左手の装甲を外して見せる。
(嘘でしょ…どうやって来たの…いやそもそもこんな危険なところに生身で来るなんて、どうかしてる…)
「そして本物のウユニちゃんね。よろしく。」
(確かにさっきの動きは尋常じゃないけど、生身で動くのはゲームとはわけが違うのよ…あなた一体何者なの…)
あたしはエインヘリアルの武勇伝と、人生に辟易してこの地に単身移住したことを話した。シラタキちゃんはひどく驚いた様子で、空いた口が塞がっていない。
(信じられない。できるとしたって普通はやらない…そんなこと…)
「でしょうね。でもあたしはやってる。もうね、アドレナリンドバドバよ。それでシラタキちゃん、なんであんなに囲まれてたの?」
(シラタキじゃありません。)
「じゃあ何?」
(…Punipon_13。)
「あぁ〜、確か最上位ランク帯で何回か見たことあるかも。ということはあなたはプロゲーマーか何か?大手企業に雇われて戦っている感じかな?」
(普通は巨大なスポンサー企業のバックアップなしでは参加できないのよ。私は小さいゲーム会社でプロとして活動しているけど、大手企業から引き抜きがあったの。だけど、その会社の自称エリート達はすぐやられちゃって、私だけ逃げてきたって感じ。)
「キル数とかに応じて報酬が出るのかな?」
(そう。だけどエインヘリアルと違ってコマンド多すぎて機体を動かすの難しいの。それに完全歩合制でやられたら減給。)
「じゃあ全員倒せば儲けられるね。」
(そんなに簡単じゃないの。裏では国をあげての一大事業だから、どの部隊も気合の入った武器や防具を揃えているのよ。)
それにしては張り合いのない相手だったけれど。
「ふ〜ん、キルポイントの記録はどうやって取ってるの?」
(それは…相手の防具とデータが連動しているから、基本的に自分の武器に記録されているけど…何をするつもりなの?)
「シラタキちゃんの武器、あたしに貸してよ。あたしの武器じゃ記録にならないでしょ?シラタキちゃんはキルポ稼げてウハウハ。あたしはレコード更新できて一石二鳥でしょ?」
(私の武器はもうバッテリーが切れてるから使えないけど、それでもよければ…はい。)
ハンドガンか…サブの武器かな?長物だったら重くて持ち運べなかっただろうから、助かった。
「バッテリーなんて他のやつから奪えばいいじゃない。」
(互換性がないのよ。)
こんな時こそあたしの七つ道具、万能端子の出番だ。これがあればどんなソケットなしでも擬似テスラコイルで充電できちゃう優れものなのだ。あたしは予備に持ってきたバッテリーで充電を開始した。
(何それっ!もしかして充電できるの?!)
「ふふふ…ウユニちゃんがキャリーしてあげましょう。」
ちょうどジェットドレスも冷えたことだし、そろそろ狩りに行きますか。
「ちなみにあと何体いるかわかる?」
(残り部隊数の表示が12だから、だいたい36体くらいね。)
「10-4。」
さて、久しぶりのお仕事の時間だ。以前は底辺からトップランクまでキャリーすれば、1件あたり一般サラリーマンの初任給くらいの収入があった。今回はそもそもの規模が国家レベルのゲームだ。この森の妖精に、とてつもない貸しを作れるに違いない。そうと決まれば、他のプレイヤーにとられる前にキル数を稼がなくては。
「ここでおとなしく隠れていなさいね。」
あたしはジェットを省エネモードで起動して、ジャングルから飛び出した。まずは市街地区画に戻って、お気に入りの一番高い鉄塔に陣取る。そこで再び拡張機能を発動して、索敵を開始する。遠くのほうで、かすかに銃声が聞こえた。
「う~ん、近くにはいないわね。」
エインヘリアルの時には、何度もハンドガン縛りをやったことがある。遠距離での削り合いでは、かなり分が悪い。近接戦闘で、電子回路が集積している頭の部分を打ち抜きまくるしかない。まともに対峙したら、撃ち負けてしまうだろう。もたもたしていたら人数で押されて、集中砲火を喰らってしまう。ここは機動力に任せて、戦力を分散させるしかない。
「ひぃ~、こんなキツいハンデ戦は久しぶりだわ。」
あたしは市街地から少し離れた、岩石地帯を目指した。岩肌がごつごつしていて、足場が悪い。しかし考えようによっては、遮蔽物がたくさんあるので、被弾しにくい。
身を隠しながら進み、索敵を続けていると、センサーに反応があった。どうやら近くで何部隊かやり合っているようだ。反応の数に反して、銃声が明らかに少ない。硬直状態というわけか。
「よ~し、ウユニちゃんがひっかきまわしてやろう。うしし。」
シラタキちゃんの話では、大企業や酔狂な資産家だけでなく、軍隊を投入している国もあるらしい。本物の軍隊とやり合ったことは流石にないけれど、FPSをやっていれば人が隠れていそうな場所は大体わかる。
まずは有利な位置を取るため、高い位置にある岩陰には何体か隠れているだろう。73メートル前方に、12メートルはある巨大な岩がある。爆弾であぶり出すか、最悪ジェットで奇襲をかけようかしら。そしてそれを警戒しつつ狙える位置にも、大きな岩がある。それぞれの岩の間隔は、大体5メートルから10メートルほどだ。走ると射線を切るまでに撃たれてしまうけれど、ジェットの推進力をうまく使えば、1秒かからずに身を隠すことができる。
大体の地形を把握して、あたしは一番高い岩に向けて、カタパルトからエネルギー爆弾を放った。正確に高台を射抜いた爆弾は、岩の表面を吹き飛ばし、同時に2体の戦闘機体が落ちてきた。
「予想通りね。」
そしてそれを合図に、戦乱の火ぶたが切って落とされた。すぐに落ちてきた機体に向けて、あらゆる方向から閃光が放たれた。
「みかんちゃん、弾道記録。位置を割り出して。」
『ダンドウキロク。ハッシャイチスイテイ。モニター二ヒョウジシタヨ。』
それぞれが結構離れていて、思った以上に部隊が集結している。乱戦に紛れて、漁夫の利を漁ろうかしら。いや、確殺を入れるよりも、ダメージを稼いでヒットアンドアウェイでいこう。
あたしは大きな岩から1番遠い位置で撃っていた部隊の後ろに回り込んだ。シラタキちゃんのハンドガンで、1体の頭を撃ち抜く。電光がピンクの派手な機体の頭部を貫くと、壊れたおもちゃのように機能を停止した。直後、近くの機体に気が付かれる前に、身を隠す。
「おぉお、全然反動がない!素晴らしい。」
この銃、かなり繊細な照準が可能だ。あたしは別部隊の後ろに回り込んで、少し離れたところから狙ってみた。岩の上に銃を置いて、フロントサイト越しに敵を覗く。静かにトリガーを引くと、真っ直ぐ青白い光が飛んでゆく。見事に30メートル離れた敵の頭を貫き撃退した。
「うふふ…楽しい…」
距離や風の影響をほとんど受けずに、レーザーのように、一直線に弾が飛んでゆくではないか。すこぶる扱いやすい。それからあたしは、一定の距離をとりながら、ヒットアンドアウェイを繰り返した。撃っては引き、身を隠しては攻撃する。次第に敵機の数は減り、岩陰から顔を出さなくなってきた。
「みんな隠れちゃったのかしら?かくれんぼは得意なのよ。」
岩石地帯に時折流れる乾いた風に紛れながら、気配を殺して童心に帰る。
「ピークアブー…アイシーユー!」
味気ない岩場が閑散として、いくら走れど愉快なお友達を発見できなくなった頃、あたしはふと思った。
「あと何部隊いるのかしら…いつ終わるのかわからないわね。」
あたしが岩だらけの景色に飽きて、シラタキちゃんを置いてきた洞窟の方に向かって移動していると、回収ドローンが上空を埋め尽くした。
「えぇっ?!また終わっちゃったの!?」
シラタキちゃんにもう一度会いたかったけれど、ドローンに見つかると厄介そうだったので、森林地帯に入って迂回しながら戦場を後にした。手にはまだ衝撃の感覚が残っていて、ビリビリしている。ようやく自分の心臓が、激しく脈打っていることを実感した。
今日の戦闘を思い返すだけで呼吸が弾む。あたしは久しくない充実感と満足感を胸いっぱいに抱えて、お家に帰った。沈みかけの夕日が、無機質なコンクリート作りの我が家を鮮やかにライトアップしている。まるであたしの凱旋を祝福してくれているようだ。
「今夜はフルーツ缶、開けちゃおっと!」
装甲を脱いだ瞬間、あたしは壮絶な眠気に襲われた。フルーツを味わう前にそのまま床に臥して、重すぎて開かない瞼を力技で押し上げるのを諦めた。そのまま覆い被さる暗闇に身を委ね、あたしは深い眠りに落ちた。
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