第肆撃:木を隠すなら森の中
あたしは今、反省している。あたしのお誕生日会から、もうかれこれ60日が経過しようとしている。華々しいデビュー戦から一転、長いことお預けを食らっているのだ。
きっと、あたしが戦闘機体を破壊しまくったからだ。運営は原因究明の調査を迫られたのだろう。
あれから日増しに、調査ドローンが上空を漂っている。けれど、あたしのお城は戦場からそこそこ離れた位置にある。ここまでドローンが飛んできたことは一度もない。
そしてそんなことはお構いなしに、あたしは新しい武器の開発に取り組んでいます。てへぺろ。あの日、大勢の人があたしにお祝いのプレゼント(パーツ)をくれたのだ。
まずは課題とされていた、機動力の問題を一気に解決する秘密道具を紹介したい。ジェットドレスとでも名付けようか。見た目は完全に機動戦士っぽいバトルスーツだけど、あえてドレスと称したい。
背中、腕、足にそれぞれジェット噴射口を取り付け、瞬発的な加速を可能としている。しかしだ、問題はヒートシンクがしょぼくて、使い過ぎると熱を帯びてしまうところだ。
あとは歩くたびに金属音がするので、消音装置を追加しなくては。特出すべきところは、燃料の代わりに、電磁バリアでも使えるバッテリーを転用していることね。重たくて仕方がなかった動力源は、みんなが持ってきてくれるという訳だ。
今日はそのジェットドレスのテストフライト。テンション、上がる。
「オンユアマーク、ゲットセットレディ…ゴゥッ!」
ボンっ!と勢いよく両足の噴射口が火を吹き、背骨にズシンと衝撃が走る。あまりの上昇スピードに、首が鞭打ちになり前傾姿勢でバランスを崩す。
「いかんっ!地面はどっちだ?!」
各パーツが重くて、身体が思うように動かせない。あたしはそのまま、空を見上げる形で背中から落っこちた。
「うげっ!」
しばらくの間、呼吸ができなかった。これは改良が必要だ。あたしは全身に纏った鉄の塊を脱ぎ捨て、シャワーを浴びることにした。頭から冷水を被り、しばし瞑想する。
まずは軽量化、そして冷却か…。この前実装した電磁バリアに関しては、オーバースペックと言えるほどの仕上がりだった。幸い、調整と練習の時間はたくさんある。
「生配信したらバズるかしら…この島、ナマゾンの配達とか届けばいいのに。」
毎日自給自足だと、流石に出前が恋しくなる。水浴びを終えて、白衣一丁で最近のお気に入りの部屋に飛び込み、足を伸ばす。
書斎のようなこの部屋には、学術論文やら科学雑誌がずらりと並んでいる。その本棚の端っこの方に、なんと漫画を見つけてしまったのだ。全て英語表記だけれど、全然問題ナッシング。
ゆっくり息抜きした後は、武器の改造の時間。バッテリー充填式のエネルギー弾を放つ、最新型兵器を戦利品として持って帰ってきたのだ。新しいおもちゃを手に入れて、ウユニちゃんはご機嫌です。
しかしながらこの武器、重いったらありゃしない。よくこんなものを担いであんなに走り回れるものだ。さすがは最先端技術の結晶たる戦闘型アンドロイドね。
輸送機から降下して戦闘が終わるまでの時間は、概算で3〜4時間程度。あたしはそんなに走れない。思い切り走ろうものなら、たわわなお胸の靭帯がちぎれそうになる。
「全く、大き過ぎるのも問題ね。」
ジェットドレスに電動アシストでも付けようかしら。そうしたらバッテリーの消費は激しいけれど、重いモノも楽ちんで運べるようになるでしょう。リストアップすると、案外やることがたくさんある。
あたしは屋上に干しておいた魚の干物をつまみながら、施設内のPCを弄る。実は暇すぎて、屋上に風車を作ったのです。森の木を原料に風力回転する支柱を作り、そこに魚を開いて吊るしておいたのだ。海風で常に回っているので、案外洗濯物も早く乾くし、この風車は重宝している。森にぶどうでも自生していれば、ワインを作りたい。
「お酒…欲しくなるわね…」
それから何日もジェットドレス装備時の動作確認と、武器の開発に時間を費やした。基本的なダッシュや回避動作を習得するまで、打撲や打身が絶えなかった。そこでジェットドレスを物理攻撃にも対応できる強度まで練り上げてみた。
今では高速移動しながら、鳥や獣を仕留められるようになってきたよ。ヘルメットに追加した、武器と連動したエイム補正もしっかり機能している。次の出撃が今から楽しみだ。
今度からは機体を破壊しないように、エネルギー弾で戦います。なんかすみませんでした。川に仕掛けてある、魚獲り用の罠を回収しに行く途中で、空から懐かしい音が聞こえた。
この時をどれほど待ち侘びたか、今までにあったどんな再会よりも嬉しいではないか。あたしは漁そっちのけでお城に戻り、急いで準備を始めた。鉄の鎧を身に纏い、戦地へと急行した。
ジェットを起動して、森を駆け抜ける。早すぎて少し気を抜くと、木に激突しそうになる。縫うように木々の間を進み、電磁フィールドを突き抜けると、遠くの方で銃声が聞こえる。物陰に身を隠して、ヘルメットの拡張機能を作動する。
「フェスティバルプログラム、起動。」
『フェスティバルプログラム…キドウシマス…カンリョウマデ…3…2…1/2…モウチョイ…デキタ。』
新たに搭載したAIはとても優秀だ。
「よろしい。」
諸君、驚く事勿れ。前に戦闘機体をバラした時、通信機能を見つけてしまったのだ。これは部隊が編成されているという、あたしの仮説を強く裏付ける根拠となる。そしてちゃっかりその通信網を傍受できるように、ヘルメットを改造してきたのである。これで通信での会話は筒抜けなのだ。
(こちらフォックストロット、エリアBにて敵確認。オーバー。)
(攻撃を受けている!)
(301、225、続け。)
(CQ、索敵部隊壊滅。)
(10−4)
(ひひひ、お前らの思惑なんてお見通しだ。おいマービー、そっちに行ったぞ!)
言語翻訳機能は乗せていない。メモリが勿体無いし、処理速度を落としたくないからだ。あたしの脳内翻訳の方が、断然早い。それにしてもさまざまな言語が飛び交っている。イタリア語、英語、フランス語、ロシア語…ウルドゥ語まで聞こえる。
(やばい…)
おや?どうやら日本人も参戦しているようだ。しかもこの声…ちょっとからかってみるか。
「お嬢ぅ〜さんん〜、ん助けがぁ〜必要かなぁ〜?」
もちろん、ボイスチェンジャーを使って、某有名声優の喋り方を真似している。我ながらそっくりだ。
(え…え?!誰っ?そしてどのキャラっ!?)
うふふ…、驚いているようね。
「ん今夜ぁ〜、一杯ぃ〜どうかなぁ〜?」
(え、そっちw?結局誰…やばいやばいっ!来たっ!)
「ん猫のぉ〜手でも良ければぁ〜貸…」
(ひぃい〜、誰でもいいから助けてぇ〜!)
仕方がないなぁ、ウユニお姉ちゃんが助けてあげよう。
「みかんちゃん、今の通信マークして。」
『モニターニ、ヒョウジシタヨ。』
標的まで286メートルか。
「オールレンジモード、射出変換オールグリーン、MKNジェット起動っ!」
ドンッという爆発音とともに、背中と両手足から勢い良く炎が噴き出る。この子宮に響く衝撃がたまらない。ジェットで加速して、市街地を一気に飛び越え、ジャングル地帯に突入する。
監視小屋かしら?大木の中腹あたりにいくつか小屋が作られている。念のため、向かう道中すべての小屋の窓にエネルギー爆弾を投げ込む。思った通り、爆発でうじゃうじゃ戦闘機体が吹き飛んでくる。
あと70メートル、目視で確認。囲まれてるじゃないか。2…4…6体かな?まずは牽制にエネルギー爆弾をカタパルトで射出する。電撃の爆音がこだました直後、背後から2体を襲撃する。
「ん華麗にぃ〜参上ぅうっ!」
エネルギー弾を叩き込み戦闘不能にした後、すぐにジェットでサイドに回り込む。もう1体倒して、木に隠れる。再び爆弾を投下して大きくジャンプする。見下ろすとシールドの画面上に敵がマークされた。木の上にもいたのか。
初お披露目のウユニちゃん特製、ビリビリ棒を振り下ろし、1体を木から叩き落とす。落ちてる間に確殺を入れて、下にいる機体にマシンガンをぶち込む。流石に反撃の嵐が森を埋め尽くす。射線を切りながら、1体また1体と削ってゆく。最後の1体の背後を取って、必殺ドロップキックをお見舞いする。倒れたところに弾を撃ち込んだら、任務完了。
「ふい〜、こんなもんかね。」
機能拡張して周りを見渡しても、索敵に引っかからない。ひとまず、クリアだ。
(え…やば…)
おお、そうだ忘れていた。あたしの後ろの木に隠れていたのは、女性型のアンドロイド。雪のように白い肌、純白に輝く髪、透き通った瞳で食べちゃいたいくらい可愛い。これで中身も女性ならいいのだが、可愛いアバターを使っている9割はオッサン説。この機体だけ持って帰りたいな。
「めっちゃ囲まれてたね。」
あたしはようやくボイスチェンジャーを切って、話しかけた。
(色々理解が追いつかない…今の何キル…?うちの部隊以外でJAP組なんて聞いたことないし…こんな機体見たことない…)
「お嬢ぅ〜さんん〜、お怪我はないかなぁ〜?」再びボイスチェンジャーに切り替える。
(え…もしかしてあなたが例の…?)
「そう、あたしがウユニ。ウユニ・ボッターだよっ!」
ここぞとばかりに決めポーズを取る。あたしは今、再び戦場に帰ってきたのだ。
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