第参撃:戦場の死神

今日はあたしの誕生日だ。何月何日かはわからない。そんなことは関係ないのだ。そう、あたしこと那須野雨優は、コードネームUyuni_Botterとして生まれ変わる。


 生誕祭の準備は整った。あたしの計算が正しければ、今日再び空から奴らがやってくる。あたしはお城にあった地図を入念に確認して、市街地区画の高台に予め大量の物資を運ぶことにした。


 3日かけてようやく弾薬をありったけ運び終えたよ。あたしは市街地で1番高い鉄塔の天辺で、獲物が降ってくるのを待った。


あたしが根城にする簡易要塞は、トーチカのような作りをしている。上下左右が鉄板で覆われていて、見張り台のようだ。


 ここに登るには梯子からの一本道しかない。ロケットランチャーでも撃たれない限り、有利なポジションを維持できる。かなり苦労して運んだ、山盛りの手榴弾を見ると、ニヤケが止まらないよ。


 おやつに持ってきた、焼き鳥を食べながら空を眺めていた。手榴弾でお手玉もした。拡張マガジンを並べて、ドミノを楽しんでいた時、ようやくパーティーのお客さんたちが現れた。


 今まで遠くから眺めているだけだったけど、近くで見ているとバラバラとプロペラの音がうるさい。色とりどりのスモークを焚きながら、戦闘機体が急降下してくるのを確認して、あたしはスナイパーライフルを手に取った。


「レディースアンドジェントルメン、ウユニちゃんのお誕生日会にようこそ…」


 息を吐き、舞い降りてくる機体に照準を合わせる。


「いらっしゃいませぇぇええええ!」


 目算、150メートル程上空を落ちてくる1機が、被弾して空中分解した。


「何名様ですかぁあああ!?」


 立て続けに2機、3機と撃墜を重ねる。4機目に狙いを定めようとスコープを覗いた時、近くの建物に、機体が着地する音が聞こえた。


 あたしはこの日のために開発した、ヘルメットと防具を装備して備える。あれよあれよという間に、あたしのいる鉄塔を取り囲むように、辺りは戦地と化した。実はね、あたしこの日の為に花火を用意したの。うふふ。


「オラオラオラオラオラオラァアア!」


 自作のカタパルトに手榴弾をセットして、建物に潜伏を試みる機体に向けて打ちまくる。銃声に爆発音、建物が勢いよく崩れる大合奏が、祝いの席を盛り上げる。あたしの気分も最高潮だ。近くにいる敵には、直接手榴弾を投げつける。


「あっひゃっひゃっひゃっひゃ!」


 もう可笑しくて笑いが止まらない。投げても投げてもカゴの中には大量の手榴弾が今や遅しと、あたしに投げられるのを待っている。あたしがさらに手榴弾を投げようと手をかけた頃、鉄塔の下を走り回る音が聞こえてきた。


 ふふふ、どさくさに紛れて侵入しようとしても無駄。あたしの開発したヘルメットは、120デシベル以上の音は防音し、それ以下の音はコウモリ並みに拾える優れものなのだ。


 あたしは静かに下の梯子へと繋がる出入口を開けると、案の定2機の戦闘機体がうろついていた。あたしは横に置いておいたサブマシンガンを手に取り、手榴弾を下に投げる。爆発で怯んだ機体に、鉛玉をプレゼントする。


「無駄無駄無駄無駄無駄無駄ぁあああ!」


 被弾した機体は崩れ落ち、機能を停止する。筋肉痛に襲われながらも、必死に練習したエイム技術のお披露目だ。あたしは鉄の出入口を荒々しく閉じて、バレルを外に突き出した。


 脇を締め、呼吸を整え、フロントサイトの中に哀れな生贄を招待する。せーので賑やかな市街地に、弾丸の雨を降らせる。


 神様も雨を降らせるときはこんな気持ちだろうか。下にいる人たちにはコントロールできない不条理を、一方的に押し付ける快感。悪くない。


 ずらりと並べたマガジンをリズミカルに付け替えてゆく。熱を帯びたフラッシュサプレッサーを冷ます間、アサルトライフルに持ち替える。サブちゃんとは違う衝撃に、次第に恍惚すら覚える。


 混戦していた戦場も、だいぶ部隊数が減ってきたようだ。みんな立ち回りが慎重になってきた。飛び交う閃光も数が減ってきたように見える。隠れてしまった機体を炙り出すように、建物の出入口付近を目掛けて手榴弾を放つ。出てきたところを、狙い撃ち。


「う〜ん、あたしなら別方向からクリアリングするまで、安易に外出ないんだけどなぁ〜。まあ、それもさせないけど。」


 さて、今までの戦法は乱戦だから通用したもの、これからは慎重に攻撃しないと、一気に取り囲まれてしまう。まだ下の方では銃声が鳴り響いている。


 あたしは、散乱する薬莢を避けながら、弾倉を装填し直す。映画で見たかっこいいコッキングレバーの引き方を真似しながら、決め台詞を唱える。


「みかんのアルベドは取り除くですって?どうやらお仕置きが必要ね。」


 決まった!


 狩りを再開しようと、こっそり下を覗いてみた。戦況は落ち着いて、市街地はすっかり静まり返ってしまった。もう何部隊かは、建物内に潜伏しているかも知れない。


 ヘルメットの拡張機能を使用して、周囲の索敵を試みた。戦闘機体の放つ微弱電流を元に、機体の影をシールド上にマーキングできるのだが、何も映らない。そして集音システムを拡張してみても、物音ひとつ聞こえない。まさか全滅はないだろうな…。


 周囲を警戒しながら、しばらく待機した。するとかなり遠くの方で、再び銃声が聞こえ始めた。


「あぁ〜市街地の外でやってるのか。」


 正直、いくらあたしでも今のままでは、遮蔽物の少ない平原などで戦えない。欲張って突撃したら、すぐにやられてしまうのがオチだ。何せ今日、戦闘を上から拝見していたけれど、どの機体もやたらと走り回っていた。


 こんなに重たい銃火器を背負いながら、あんなのに追いかけ回されたら、足がちぎれてしまう。機動力については今後の課題だな。あたしは獲物が罠に掛かるのを待つことにした。


 夕方になっても、一向に市街地での戦闘は再開されない。暇に耐えかねて、薬莢を端から端まで綺麗に並べていた頃に、ものすごい数の回収ドローンが市街地に舞い始めた。


「あ、終わっちゃったの?!」


 なんとも切ない終わり方だ。何の断りもなく、勝手にあたしのパーティーを終わらせるなんて。しかしこの数、今帰るのは難しそうだ。あたしはこのまま鉄塔で一夜を過ごすことに決めた。


 思いの外緊張していたようで、急に壮絶な疲労感に襲われた。堅い鉄の床に寝転がる。フォンフォンとドローンが風を切る音が、次第に遠くなっていくのに耳を傾けながら、満足感に身をひたす。


 今日は今までで1番、「生」を実感した日だった。最高の誕生日を迎えたあたしは、次の戦闘を思い浮かべながら、泥のように深い眠りについた。


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