第弍撃:準備、それは勝利への近道

実際に本物のスコープから見る景色は、モニターの画面越しよりも断然狭い。針の穴から覗いているような気分だ。重たい鉄の塊を右肩に押し当て、頬で金属の冷たさを感じる。


 ゆっくり息を吐いて、弾道を計算する。いいところで固定すると、左腕がプルプルしだす。淑女の髪に触れるように、優しく引き金を引く。刹那に物凄い衝撃と爆音が、ハラワタの奥の方までズシンと響いた。


 身体が火照り、呼吸が早くなる。全身に流れる血脈が、ヨーイドンで爆走しているようだ。


少し間を置いて、硝煙の馨しい香りが鼻腔に届く。あたしにとっては、夏休みの花火のように、ワクワクする匂いだ。


「ようやく30メートルか。難しいな。」


 丸太の上に置いたツナ缶が、見事にあたしが放った弾丸に撃ち抜かれていた。コンクリート作りのマイスイートホーム、その隣にあるオンボロ倉庫でガンロッカーを発見したのだ。お気に入りのスナイパーライフルを、丸太に立てかける。


「スナイパー使ってたったの30メートルはキツいな。ちょっとの衝撃でスコープすぐズレるし。軍人はリコイル制御を筋肉でどうにかしてるんだよね…やば。」


 他にもサブマシンガン、ショットガン、アサルトライフル、ロケットランチャー、など様々な武器が見つかった。手榴弾に至っては、みかん農家の収穫を想起させるほど、ボックスに詰め込まれていた。


 弾薬の量も申し分ないのだが、いかんせん重い。重すぎて全然、弾薬を持ち運べない。練習用に持ち出したスナイパーライフルの弾倉2つだけでも、お土産を買いすぎた旅行帰りのキャリーケースばりに重い。手頃なハンドガンを使えばいいって?午前中、それで前腕伸筋群が冥土に旅立ったのだよ。今のあたしでは、飛ぶ鳥も落とせない。

 

 幸い、ここでの暮らしは非常に快適だ。食糧事情も難なく解決した。施設の中には備蓄の非常食が沢山あるし、森にはわんさか山菜が生えている。海に潜れば、近海でもかなりの大物が獲れるし、一番のお気に入りは近くの川で獲れる川魚だ。手掴みでも簡単に獲れる警戒心の無さ。まさにあたしに食べられるために存在しているようだ。


 寝床は宿直室のような部屋を見つけたのだけれど、最近お気に入りの寝床を見つけた。無駄に大量にあった白衣を屋上に持っていって山を作り、満点の星空を眺めながら、大の字で眠る。最高。衣類を洗濯するときは、あたしの一張羅となるこの白衣、スースーしてなんだか落ち着かない。


 ついに制御盤とソーラーパネルを見つけたときは、とても嬉しかったけれど、白色蛍光灯の灯りはあまりにも情緒がない。今ではこの施設のPCデータを閲覧するとき以外、電気を使っていない。


 何日か生活してみて気がついたことがある。流石に毎日ドンパチお祭り騒ぎ、というわけではないようだ。確かによくよく考えてみると、いかに財力がある団体が参戦していても、毎日アンドロイド機体が破壊されていては、収入と支出が割に合わないのだろう。


 壁に刻んだ縦線が8つ、斜線が2つになった今日、再び空に轟音がこだました。あたしはスナイパーライフルと軽食を片手に、偵察に赴くことにした。スコープも1倍、2倍、4倍と沢山見つけたけれど、今日のお供は8倍スコープ。少しの手ブレで対象を見失う、ジャジャ馬ちゃんだ。


 お手製のギリースーツを見に纏い、山を駆け上がる。以前登った大岩よりさらに奥の、山の中腹に位置する見晴らしのいい展望スポット。あたしは大きなクスノキによじ登り、戦場を見下ろす。目を凝らすと、電磁フィールドの薄い膜が張られているエリアが見える。その中には、平原、ジャングル、建造物がひしめく市街地、岩場など様々な地形が確認できる。


「う〜ん、肉眼では人が米粒以下にしか見えないわね…」


 あたしはV字になった枝をバイポッド代わりに、バレルを据え置き観察する。スコープ越しに目に飛び込んできた光景に、ひどく驚嘆した。


「あれ…エネルギー弾じゃない?」


 人形の機体が持つ長物から、青白い閃光が放たれている。被弾した機体には、電磁バリアのようなものが光りを放ち、一定量以上被弾すると、戦闘不能になりその場に倒れるようだ。なるほど、修理は基本的に電子回路のみで済むというわけか。実弾を使っている機体はないようだ。


「あの武器と装甲、欲しいな…」


 施設の資料には、あの武器とバリアについては書かれていなかった。廃棄された後に改良が加わったのだろう。


 それから戦闘が終了するまで、あたしはスコープを覗いては、面白そうな戦術展開をしている部隊を探した。まるでスポーツ観戦でもしているように、あたしは独りで盛り上がっていた。


「あぁ〜今のとこ詰めなきゃ!…そこそこっ!そっち行った!」


 機体の種類も、多種多様で面白い。それぞれが肩の位置にロゴを付けている。あたしでも見たことがあるような、大手企業のロゴも見受けられた。ひとしきり戦局が落ち着いた頃、あたしは戦地に行ってみることにした。


 草木をかき分け、ついに電磁フィールドの膜の前までたどりついた。小石を投げてみると、バチっと火花を散らし、石が弾け飛んだ。


「うひゃあ、こりゃ下手したらウユウの丸焼きだ。」


 あたしは胸ポケットに入れていた、ホネッコの形見であるライセンスカードをかざす。たちまち電磁フィールドに、人が独り通れる大きさの穴が空いた。ありがとうホネッコ!意気揚々とバトルフィールドに侵入して、見晴らしの良い高台に陣取る。


「いたいたっ!」


 200メートル程先で、戦闘不能になった機体を、ドローンが回収に来ているところだった。あたしはスナイパーライフルを構えて、ドローンに照準を合わせる。


「え〜、高低差が大体12メートルで、距離が200くらいか…となると、この辺かなぁ〜。」


 ゆっくり引き金を引き、あたしのライフルちゃんが火を吹いた。毎度、鼓膜が破れそうになる。再びスコープを覗いてみると、ドローンは平然と飛んでいた。


「外したっ!あ、風か。」


 風速2メートルくらいの微風でも、この距離だと結構な影響があるのか。再び照準を合わせて、撃つ。耳がキーンとする。スコープからさっきの位置をみてみると、ドローンがいない。機体はそのままだ。


「当たったのかな…?」


 あたしは、抜き足…差し足…千鳥足でゆっくり近づくと、機体の隣にドローンが墜落しているのを発見した。


「やった!」


 あたしの放った弾がドローンのプロペラ部分に当たっていた。あたしはドローンのカメラに写らない角度から近づき、電源と思しきプラグを引き抜いた。すると勢いよく空回りしていた残りのプロペラが停止した。あたしはこの回収用ドローンと戦闘機体を、我が屋敷へ招待することにした。


「重っっっ!」


 ライフル、ドローン、機体、全部で何キロあるのだろう。業務用冷蔵庫くらいはあるのではなかろうか。あたしは死に物狂いで、戦利品を引きずり持ち帰った。すっかりあたりは暗くなってしまった。あたしは手作りの簡易ランタンに火を灯し、ホネッコに主賓を紹介した。


「さてと、まずは…あぁ〜これね。いけませんよお客さん、こんなもの持ち込んじゃぁ〜。」


 あたしはドローンと戦闘機体を分解して、GPSモジュールと発信機を取り外した。機械をいじっていると、子供の頃を思い出す。


 あたしは小学校低学年の時、夏休みの自由研究で、頭脳透視装置の開発に取り組んだ。徹夜明けで、新聞配達に来た兄ちゃんを引っ捕らえ、頭にプラグを取り付けた。何を考えていたと思う?まさかのタイムマシンについてだ。


 あたしの機械では、沿岸警備隊の青年補助団体の寄付について考えていると検出されていた。あたしの熱い夏はその瞬間、線香花火の如く儚く失墜した。あたしはその機械をその場でぶち壊し、美術の宿題に転用した。


 「創造と破壊」というタイトルで入賞したけれど、あたしの機械に対する情熱はその時、潰えてしまった。


 今、ブーム再来っ!文献でしか見たことがないような、仮説段階のパーツが盛り沢山だ。ハイパーキャパシタにブースターまで取り付けてある。どれも好奇心をくすぐるものばかりだ。


 あたしは四六時中、機械と戯れては、想像のままに新たな武器を創造した。そして壁に削られた線が20に達した今日、ついにあたしは戦地に赴く。


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