Uyuni_Botter
るふな
第壱撃:存在しない場所
あたしは、果てしなく心躍らせている。今、この瞬間、限りなく自由だ。
打ち寄せる荒波をものともせず、あたしのジェノサイド号はズンズンと海面を跳ねる。
じっとりした潮風を含み、若干ベタつく船の舵を、力の限り握りしめる。
大声で叫ぼうが、海に悪態をついてみようが、何の批判もない。誰の指図も受けない。この上なく開放的だ。
齢24にして人生の辛酸を舐め尽くし、地面に頭を擦りつけ泥水を啜り廻ったあたしにとって、まさに幼い頃の夏休みに舞い戻った天にも登る感覚と言える。
「あたしはM気質〜っ!みかん大好きぃいい〜!わ〜っはっは!」
特に意味のない主張を、かれこれ2時間叫び続けている。終いには誰のモノマネでもない一人二役で、自分自身と話し始める。
「おぉ〜ぅ、ネエちゃん可愛いねぇ〜。その艶やかな髪、麗しい瞳、完璧なボディライン、女神ですら嫉妬しちゃうよぉ〜。」
「えぇ〜///、おまけに頭もキレちゃうんですぅ〜。成績は常にトップでぇ〜、お金もたくさんあってぇ〜、言うことなしなんですぅ〜。キャハっ!」
さて、そんなうら若きレディたるあたしが、危険な大冒険に単身飛び出したのには、愚にも付かぬ理由がある。まず、ことの経緯を説明するために、あたしの趣味がサーフィンであることを知っていただきたい。縄張りにしているチャンネルまでは教えられない。
そこで流れてきた、久々に琴線に触れる情報、「何処かの島で、本物のサバイバルゲームが行われているらしい。」こ・れ・だ。映画でも観たことがあるような、ありふれた内容に落胆しただろうか。最初はあたしも信じなかった。しかし調べてみると思いの外、根拠と証拠に基づいた資料が出てくるものだ。
太平洋のど真ん中、周りは岩礁や渦潮、年中スコールが吹き荒れる絶海の孤島。地図から消されたその場所に、ロマンを見出してしまったのだ。なんの変わり映えもしない、平穏な日常に辟易していたあたしは、このぶっ飛んだ賭けに自分の人生を全てベットしようと決めた。
普通ならこんなデマを真に受ける阿呆はいない。ましてやそんな危険地帯に大枚叩いて独りで乗り込もうとするなんて愚の骨頂。自殺行為と言っても過言ではない。どこにでも格安で連れて行くよと絡んできた自称ガイドも、噂の海域には行きたくないと言って断られた。
仕方がないので船を買い取って自分で操縦しているナウ。今思うと、私は死に場所を求めていたのかもしれない。そんなわけで、これからの出来事をブログに残しておこうと思う。実際に島を発見できたなら、PV数も小遣い程度の収入が期待できるくらいには伸びるだろう。発見できなかったとしたら、この文章は最期の遺書になる。
書き出しは何がいいだろうか…。「片道切符の、大草原不可避な冒険へと身を投じた雨優は…」説明しよう、雨優という名は慈雨の如く優しい人であって欲しいと、母がつけた名だ。残念ながらあたし、オンラインでは並み居る猛者を屠り散らす、捕食者として名を馳せています。なんかごめんなさい。
世界中で大人気のFPSであるエインヘリヤルで、トップランカーに名を連ねて早6年。今ではエインヘリヤルであたしのゲー名、ウユニを知らない者はいない。ウユニはあたしの大好きなウユニ塩湖に由来する。
ウユウとウユニが似ているという理由もあったけれど、一目見たあの光景に完全に心を奪われてしまった。満点の星空の下に浮かぶ、湖面に反射した星々は、ここではない何処か別の世界がきっとあると、あたしの居場所が存在すると信じさせてくれた場所だ。
今、あたしを突き動かしているのは「好奇心」。未知なる世界に対する渇望に他ならない。
あたしが一通り独り遊びに飽きてきた頃、雲行きが怪しくなてきた。進行方向の上空に積乱雲が広がっている。風も出てきた。
「幸先いいわね。あなたもそう思うでしょう?」
あたしは緊急用に購入しておいた、アヒル型の浮き輪、ビーティーちゃんに注意を促す。波を横から受けないように、少し遠くの波を見定めつつ、船の先端で切り裂いていく。
次第に小高い丘を越えるように、高波に乗り上げる。目的地と定めた海域までは、まだ約80海里はある。この旅に出るためにかき集めた物資が詰め込まれた、バッグパックを足元に引き寄せる。これがあたしの生命線なのだ。
「ん波ぃ〜のぉ〜狭ぁ〜間にぃ〜♪」
緊張を紛らわすために、歌い始めた瞬間、前からだけでなく、横からも後ろからも波に煽られた。体制を立て直す暇もなく、我がジェノサイド号は岩礁に乗り上げ、あっけなく転覆してしまった。
「んぎゃぁあ〜!」
海に放り出されてしまったあたしは、自分の命よりもまず愛しのバッグパックちゃんの身を案じる。
「いかん!バッグはどこじゃっ!」
辺りをバシャバシャと手で探っても一向に見つからない。近くに置いておいたのに。キョロキョロ辺りを見渡してみると、7メートルくらい離れたところで、バッグパックが頭だけ出して、波に揉まれているのが目に入った。あたしは急ぎ泳いで向かうと、必死で犬かきする左手にモギュッっとした感触が伝わった。ビーティーちゃん!
「良い子だっ!ぶわっ!」
海水を被りながら、ビーティーちゃんと共にバッグパックを目指す。この荒波だ、あたしもいつ岩礁と衝突するかわからない。足をばたつかせようが、手をもがこうが一向に自分の行きたい方向へ進まない。意思とは無関係に押し流されていく。見上げる高波が容赦なく覆い被さる。
「ぶあっはぁあぁあ!」
やっとの思いでバッグパックを掴み上げ、腕を通す。その時、全身が勢いよく後ろに流され、堅いものが背中に当たった。ボンっという音とともに。
「ビーティーちゃぁあああんっ!!」
愛くるしいアヒルのビーティちゃんは、岩とあたしに挟まれてすっかり萎れてしまった。空気が抜けているっ!急いでビーティーちゃんの首を縛り上げ、バッグパックのベルトで結ぶ。これで少しは空気が抜けるのを防げるはずだ。辺りを見渡してもジェノサイド号が見当たらない。すでにかなり遠くまで流されてしまったようだ。
それから何時間泳いだだろう。いつからか脚の筋肉が悲鳴を上げ痙攣し始める。全身が気怠くなり指一本動かせなくなる。今更になって思い出すサバイバル知識。海に投げ出されたら体力温存のため、浮き具に掴まりなるべく動かない。あたしとしたことが、若干パニックに陥っていたらしい。
もう何もできない。あたしはただ海面を揺蕩う海藻になった気分だ。曇天の空を眺め、辞世の句を頭に浮かべる。思い返すと、世間一般の常識というレールに沿って生きてきた時間が、あたしにもあった。受動的に生きる人生の、なんとつまらぬことか。来世に記憶を持って行けたら、教育者にでもなって若者達に自由を説くのも悪くない。
あたしは考えることをやめ、目を閉じた。荒々しく吹き荒れる風と、波の音だけが耳に入る。だんだん波の音が意識とともに遠くなっていく。全身の感覚が薄れていく中、微かにつま先に何かが当たるのを知覚する。日頃の行いが良いあたしに、奇跡が舞い降りた。
地面だ。足先が地面に当たっている。あたしは最後の力を振り絞り、岸辺に這い上がる。足の筋肉は限界を超え、立つことができない。少しずつ、少しずつ、匍匐前進で波の届かないところまで上がる。岸についた安心感からか、視界がぼやけてどっと疲れがのしかかる。あたしはその場で意識を失った。
読者諸君、聞いてほしい。あたしは生き延びた。空腹で目覚めた時には、全身筋肉痛で首が回らなかった。頼んでもないのに、顔全体に砂パックが施されていたのには笑ったよ。
髪が海水でガビガビしていて、一刻も早く洗い流したい。あたしの腕にもたれ掛かり、息絶えていたビーティーちゃんを埋葬した後、バッグパックを漁る。水浸しになったバッグから、ベチャベチャのポテチを取り出す。絶対にいらないと思いつつ、無理やり詰め込んだこのポテチが浮き具となり、あたしの命を救ったのだ。シケってしなしなのポテチをありがたく口に放り込む。
ところでここはどこなのだろう。太平洋の何処かの島だとは思うが、バッグに入れておいたGPSが機能していない。見渡す限り、人の気配が全くない。とにかく、まず確保しなければならないのは水源だ。その後に寝床を作ってから、ここが一体どこなのかゆっくり考えることにしよう。
あたしは荷物をまとめて、山の方へ歩き始めた。海沿いを伝って川を探すことも考えたが、すぐ近くに見晴らしの良さそうな岩があったので登ってみることにした。背の高い草をかき分け、岩を登り360度ぐるりと見てみた。
「綺麗…」
手付かずの自然、雄大な大地、青い空、白い雲、美しいあたし。海の方を見てみると、結構歩いてきてたらしい。川はないか目を凝らす。遠くに灰色の四角い物体が目に入る。
「…ん?」
あたしが来た方角にあるその物体は、人工物のようにも見える。もしかするとこの島には文明があり、実は普通に人がいましたなんて、恥ずかしいこともあるかも知れない。太陽の方角を確認して、その物体の方へと歩き始めた。保存食を食べながら、歌を歌う。
「も〜りに潜む〜YO!SAY!ホゥっ!」
森を抜けて海まで戻ってくると、右手にコンクリート作りの建物が見えた。窓がヒビ割れていて、外壁はツルで覆われている。なんだがとっても残念な気持ちになった。流れ着いた時は、ついに無人島に来たのだと浮かれていたのに。中に入って珍しいものがないか探索する。
「こんにちは〜。誰かいますか〜?」
自分の声が虚しく反響する。ものが散乱して人気がない。どうやら廃棄された通信施設のようだ。しかしこの施設全体で電気が通っていない。スイッチを押しても照明がつかないし、コンセントにプラグを指しても、スマホが充電されないのがその証拠だ。
まずは制御盤を探さなくてはならない。あたしは割れた窓から差し込む光を頼りに、さらに奥へと進む。床に散らばる資料、ヒビの入った単眼望遠鏡、埃まみれの機械、横たわる白骨遺体…骨っ!?
「え…やば…」
作り物じゃない、本物の骨だ。あたしが目の前に転がる亡骸を観察していると、遠くの上空から轟音が響いてきた。急いで屋上に上がると、空に4機…いや5機程、輸送機が飛んでいるのが見えた。あの派手な塗装、あたしを救助しに来た様には見えない。
どうやって救難信号を送ろうか、あたふたしていると、ハッチが開いて数えきれない何かが降ってきた。それぞれが異なる軌道を描き、地上へと降り立つ。
「あれは…まさか!」
期待と興奮で胸が高鳴る。慌ててさっき拾った望遠鏡を取り出し、空を見上げる。人だ、人が輸送機から飛び降りている。軍事訓練では降下時に目立つスモークは炊かない。頭上に広がる人々は、快晴の空にカラフルな線を引いてゆく。まるで虹のようだ。
空に散らばった線が薄くなる頃、あたしは耳を疑った。どこかで何かがドーンと爆発したような音が、鼓膜を揺らしたのだ。その後、タタタタとリズミカルなスタッカートが、風に乗って流れてくる。しばしの沈黙、そして再び軽快な旋律を刻む。
あたしの直感は確信へと変わった。いつもの聴き慣れたヘッドホンから流れてくる銃声とはまるで違う、心臓の芯まで痺れるような衝撃が、遠くからでも直接伝わってくる。全身の毛がビリビリ逆立つ感じだ。あたしはついに見つけ出したのだ。意図せずたどり着いたこの島が、例のリアルFPSが行われている場所に違いない。
あたしは出来もしないタップダンスを、パタパタと遠くで響く発砲音に合わせて披露してみせた。ビーティーちゃんにも見せてあげたかったな。
あたしはボロい建物の中に舞い戻り、参戦に向けて準備を進めることにした。
「段取り8割っ!やったるでぇ〜!なぁ、ホネッコちゃん!」
あたしは1階の研究室らしき部屋で寝ていた骸骨に、ホネッコと名付けてインテリアにすることにした。部屋の隅に置き、せめてもの供養にと、外に咲いているお花を摘んできて添えた。
そういえば、戦闘フィールドに入るには、何かしらの資格の様なものがいるという情報があった。あたしはあたり一面に散らばる資料をかき集めて、一通り目を通してみた。思った通り、この島は噂の戦場で間違いなさそうだ。
人工的に作られた電磁フィールド内で行われるサバイバルゲーム。別の資料によると、この施設では人造人間の研究も執り行われていたようだ。あのご立派な通信機器から見ても、ここは開発当初の拠点だったのだろう。
大方軌道に乗ったところで、研究者の生命もろとも権利を剥奪したといったオチか。そもそも今時サバイバルだなんてものを実践するなんて、主催者はかなりいい趣味をしている。人造人間を作り出し、ニューロリンクしたアバターとして、よりリアルなサバイバルFPSを楽しめますってか。
「うふふ…いいじゃない…」
あたしが全部ぶっ潰してあげちゃう。
2階に上がると、この島の詳細の地図や、電磁フィールドの仕組み、人造人間の構造まで明記された資料が見つかった。参戦するには特殊なライセンスカードが必要らしい。主催者はそのライセンスカードを、目玉が飛び出るような価格で売りつけているに違いない。
あたしは保管庫らしき部屋の扉を無理やりこじ開け探したが、ライセンスカードらしきものは見当たらなかった。おかしなマイクロチップがずらりと並んでいる。ひとまず1階に戻り、バッグパックからツナ缶を取り出し、つまみながらホネッコに聞いてみる。
「ねぇ、ホネッコ。ライセンスカード知らない?あなた研究者の一人でしょう?だったら…」
あたしはふと気がついて、ホネッコに近づく。首にネームプレートのようなものが垂れ下がっているのを発見した。紐を引っ張り、先についているホルダーを確認すると、虹色に反射するカードが、金属製のプレートに包まれて入っていた。これだ!これがライセンスカードに違いない。埃まみれのカードには、筆記体で名前が記されている。…BOTTER。
なんという皮肉だろう。裏でエイムボットを売り捌いていたあたしには、最適とも言える名前かも知れない。しかしこの名前でエントリーして、ボッターと呼ばれるたびに、罵られる気分になりそうだ。まあ、チーターやらハッカーでないだけマシか。
「ホネッコ、ありがとう。大切にするよ。」
あたしはホネッコの形見を首から下げて、建物の散策を再開した。薄暗い地下室を降りていくと、神があたしに味方していることを確信した。
「シャワーぁぁぁあああぁぁあ!!」
蛇口を捻り水が出てきたときには、両手を挙げ天を仰いだ。見かける度、道祖神に油揚げを捧げてきた見返りがついに、今舞い降りた。
服を着たまま恵みの雫を全身で感じる。海水が乾いてバリバリになった髪を、優しく洗い流す。
「ふん〜ふふ〜ん〜びばのん〜♪」
決めた。ここをキャンプ地とする。あたしはこの建物を、我が要塞とすべく、物資の調達と寝床作りを開始した。
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