Episode 10 叡智の魔人 カーラ・バルバトス・エテルネーゼ

【現在、とある森】


 私とセーラが歩き始めから1時間ほどで目的地、木漏れ日の空間カロマーレに到着した。そこは中央にある小さな丘を囲むように背の低い木が森をつくっており、その木々の間から地面に伸びる木漏れ日の柱がまったく別の森を形成しているようだ。


「ここが木漏れ日の空間カロマーレ

「どう?凄く素敵な場所でしょ。先代の騎士王様の聖剣は絶対、ここにあったと思うのよね」

「たしかに、この美しさは精霊が生み出したものと言われても納得の景色だ」

「もう一つ根拠があるの。マルタ様、こっちに来て」


 そう言ってセーラは中央の丘に向かって歩き出し、私の手を引いていく。中央の丘の頂上に到着し、セーラが視線を下げるのに合わせて私も視線を地面に向けた。


「ほら見て。まるで剣が刺さっていたみたいな穴が空いているのよ」

「まさか…本当にここが木漏れ日の空間カロマーレなのか」

「でも変なのよねー。精霊の気配を全く感じないの」


 彼女の疑問は最もで、精霊が自身の半身とも言える聖地から離れるとは考えにくい。


「セーラ、とりあえず夕食のための食材集めを始めよう。大丈夫、場所を荒らさなければ万が一精霊が戻って来ても怒りはしない」

「それもそうね、夕食は何にしようかなあ」

「今晩は私がシチューを作ろう。いつものお礼だ」

「やった!そしたら食材集めは私がやるわ。マルタ様はここでゆっくりしてて」

「あ、ちょ…セーラ」


 セーラは私が止める間もなく走って行ってしまった。一人残された私は丘の斜面に横になり、綿あめのような小さな雲が流れる青空を眺めながら今晩セーラに聞かせるであろう、物語の続きを思い出していた。


―――――――――――


【二十三年前、サンサント王国滞在七日目 中心街のとある喫茶店】


 三日間をかけて国中を歩き回り魔人を見つけられずにいた私たちは国の中心街にある喫茶店で作戦を練っていた。


「さて、どうしたものかしら」


 私がティースプーンをくわえながら考えているとアキノが口を開いた。


「今回の魔人は夜に活動しているのだから、夜に探すしかないのではないか」

「俺も同意見だ。精人が気づかない程の魔力しか放出していないアキノに反応する魔結晶が反応しないんだ。おそらく奴は相当魔力を隠すのが上手いんだろうな」

「私の魔力が邪魔をしないようお前たちと行動している間は完全に魔力放出を止めているが、これはかなり疲れる。魔人でそこまでの魔力コントロールが出来る者はごく少数だと思うが」


 少し考えた末に私は決断した。


「アキノさんとレイモンドおじさんの言う通り夜に捜索をしてみましょう。開始は今夜の日没直後から。私たちが襲われる可能性が高くなるから注意しないと」

「そうだ、お嬢ちゃん。せっかく夜に動くって言うならあの魔結晶店の店長が言っていた精霊王の墓に行ってみようぜ。盲点をついて一見目立つ場所に隠れていたりするかも知れない」

「そうね、精霊王の墓は私も興味があるし」


 方針が決まったところで私たちは解散し、夜に備えて各々準備をすることになった。


―――――――――――


【二十三年前、サンサント王国滞在七日目 先代精霊王の墓地】


 日が沈み、街に街灯がともり始めた頃、私とレイモンド、そしてアキノは先代の精霊王の墓地に向かった。


 一時間程歩いて到着した精霊王の墓地は円形で周囲は棘のある植物でつくられた垣根で囲まれており、外から中の様子が見えないようになっていた。入り口には門番もおらず、自由にお入り下さいといった状態だ。


 「ちゃんと管理されているのだろうか」と少し心配をしながら棘のツタが絡みついた門を開けると、そこはまるで別世界に来たかのように広く感じる空間が広がっており、地面には良く手入れの行き届いた背の低い草がカーペットのように敷かれていた。


 そしてその草原の中央に墓石の変わりだろうか、高さ二メートルほどの現精霊王の王冠にもあった菱形のモニュメントが大地に刺さっており、上空に輝く星の一つが落ちてきたかのようだった。


「なんて綺麗な空間」

「ああ……これはさすがの俺も感動するぜ」

「この国にこんな場所があったとは…」


 三人で感動に浸っていると最初にアキノが異変に気づいた。


「この感じは!」


 私とレイモンドがアキノの方を向いた瞬間。私が手に持っていた魔結晶が過去最大の輝き放ち、天高くまで光の線を伸ばした。


「これはまさか…」


 私が周囲の警戒に意識を向ける直前、後ろから耳元に囁く声がした。


「あらあら、お客様。こんな夜に出歩いては……魔人に食べられてしまいますよ?」


 殺気の籠もったセリフがすぐ後ろから聞こえた瞬間、私は反射的に左腰にかけていた剣の柄を握り腰の回転で抜剣し、不可視の剣で円を描くように斬りかかった。


 しかし、斬ったのは肉ではなく空。「奴はどこだ?」と辺りを見渡すと奴は宙にいた。そして、奴は私から10mほど離れた場所に着地した。


奴が着ていた外套のフードをとった瞬間、私は目を疑った。


「急に危ないではありませんか〜、怪我をしたらどうするんですか?」

「……店長…さん?」

「はい、そうですよ」


 これは完全に予想外だった。だって彼女は私に魔人を見つけやすい魔結晶を教えてくれた人だ。実際に魔結晶は彼女の接近に反応して輝いて――――。


「まさかそういうこと...」


 そう、彼女が渡してきた魔結晶は彼女の魔力に反応して箱の上部に空いた穴からその輝きを放出していた、まるで光の柱のように。あの光なら相当遠くからでも視認できただろう、つまりこの魔結晶は私たちが彼女を見つけるためのものではなく、彼女が私たちを見つけるための道具だったのだ。


「あ、あなたが魔人なの?」


 震える声で私はそう問いかける。


「うーん、それは種族的な問いですか?それとも最近、巷で話題になっている連続殺人の犯人という意…」

「貴方が大勢を殺したのかって聞いてんのよ!」


 彼女は優しい笑みで、何を悪びれる様子もなく答えた。


「はい、そうです」


 私は右足の膝を深く曲げ、身体を地面に近づけた。剣は柄を握りしめたまま鞘に収め、きたる瞬間ときに備える。そして溜めた力を一気に開放して彼女との距離を一瞬で縮め、左下から右上に向けて抜剣した。


 しかし、私の渾身の一撃も空しく、彼女は冷静に一歩だけ下がって天を見るように上半身を傾けて私の剣をかわした。


「おっとっと…」


 少しよろけながらも依然表情には余裕があった。


「マルタさん、あなた不思議なつるぎを使いますね。そこにあるはずなのに凄く認識しにくい」

「この剣を初見で躱すなんて…」

「おそらくですが、アナタ達は私を誤解しています…。私は不要な殺しはしていません!」

「…どういうこと」

「私たち魔人は人を食べないと生きてはいけない、アナタ達が動物を狩ってそれを食すように。今回の出来事も私が生きるための命しか頂いていません!何も悪いことはしていないの!」

「何も悪いことはしていない…本気でそれを言っているの?」

「やはりそのまま説明をしただけでは分かり合えませんか。どうしたら理解して貰えるのかも検証していかないと」


 そう言って彼女はポケットからメモ帳を出して何かを記し始めた。


「貴方の目的は何?どうやって聖界に入ったの?」

「私の目的は『人間との共存』です。今回の遠征はその前調査なんです」


 彼女はメモにペンを走らせながら答えた。


「人間との……共存…?」

「はい!凄く素敵でしょう?私は祖国に住む家族や友人にこの美しい景色を見せてあげたい。そして人間は我々と同じように感情、理性を持っている素敵な種族、私は皆と仲良く過ごせる平和な世界を創りたいのです!」


 両手を広げ、まるで宝石のように光を瞬かせている星空を仰ぎながら熱く語る彼女を見て、私たちは絶句していた。彼女は何を言っているのだろうか?私は吐き気がしていた。故郷の村のことを思い出すと内臓がひっくり返ったような気さえした。喉まで上がってきたモノを飲み込み、私は口を開く。


「貴方はいったいどこから聖界に入ったの?」

「うーん、それは内緒ですね♪」

「…」

「あ、でも安心して下さい!今日、最後の食事を済ませたらこの国からは出ていくつもりなんです」

「最後の食事…?もう夜だけど…って」

「問題ありませんよ?だって食事は目の前にありますから」

「レイモンドおじさん、アキノさ…」


 私が後ろを振り返り二人への呼びかけを言い切る前に天と地がひっくり返り、私の視点はどんどん落下していった。


「さっそく一人目ですね」


――――視界が地面とぶつかった瞬間、私はハッと目が覚めアキノの顔を見上げるように横たわっていた。


「あれ?私たしか首を切られて…」

「大丈夫、あれは奴の幻覚魔法だ。奴は新鮮な人肉を食べるために私たちを生け捕りにするつもりだったようだ」

「あら、私の幻覚魔法を解除するなんてアナタもしかして――魔術師ですか?」

「魔術師を知っているのか?魔人」

「ええ、知っています!人間であるのに魔法を使える稀有な存在。一度、お会いしたかったのです!」

「…魔人、お前は危険だ。ここで排除する」


 アキノの言葉を聞いて彼女は頬を膨らませ、何やら不機嫌そうな表情をした。


「アナタたち、さっきから魔人魔人と失礼ではありませんか?確かに私は魔人という種族ですがちゃんと名前があるんです」

「聞いてやろうじゃねえか」


 レイモンドが言うと彼女はどこからか古びた本を出して左手で持ち、それを開いた。


「私の名前はカーラ。叡智の魔人カーラ・バルバトス・エテルネーゼ」


彼女の周囲を淡い紫と赤色が混ざり合ったような怪しい光が囲み始めた。


「それでは必要な狩りを始めます」


 彼女が右手のひらを真っ直ぐこちらに向けた瞬間に魔力が急速に圧縮され、掌から光線が放射された。


 私はすぐに立ち上がり、光線を縦に斬り裂くように攻撃を受けた。彼女が圧縮した高密度の魔力はとても固く、まるで岩を切っているような重さがあった。


 その隙にレイモンドとアキノが左右に走りだし、彼女を挟み撃ちにした。レイモンドは打撃、アキノは何かを唱えて白霧はくむの太刀を顕現し彼女に斬りかかる。


「やはり人間は面白いですね。男性は異界の武術、女性の方は解魔の幻剣ですか」


 彼女は魔力放射を止め、小声で何やら詠唱をした。そしてレイモンドの方に向かって距離を詰めて彼の右手首を左手で、上腕を右手で掴み、勢いをそのままに彼をアキノに向かって投げ飛ばした。


「お、おい!マジかよ」


 アキノは咄嗟に剣を解除してレイモンドを受け止めた。


「いってぇー…ってすまん、アキノ!」

「問題ない。だが、あれが魔人とはいえ女性の動きなのか?」

「いや、あの動きは達人のそれだ。奴は魔法だけじゃねえってことか」

「あはは!武術なんて久しぶりにやりました!意外と楽しいものですね」


 私たちとの戦いの中で彼女はとても楽しそうだった。しかし、何かを感じ取ったのか一瞬城の方に目線を向けた。


「あまり時間をかけると精霊王に勘付かれそうですね。残念ですが次の攻撃でダメならアナタ達を食べるのは諦めましょう」


 彼女はそう言うと背中から漆黒の美しい翼を生やして空に飛び立ち、そしてある高さで止まり胸の前で両手を合掌して祈るように詠唱を始めた。


「主のいかづちよ、私に力を御貸しください。平和を願う我が想いを一筋の光に乗せ、愚者を御裁きください。主の雷鳴よ、世界にお届けください。平和を願う我が想いを乗せ、大地を御震わせください…」


 詠唱と共に彼女の正面に圧縮された雷の球が出現し、雷鳴を轟かせ始めた。


「マルタ、レイモンド!私の近くに寄れ!」


 アキノが掛け声と共に再び白霧の剣を顕現し、カーラと名乗る魔人が最後の詠唱を唱えた。それに続きアキノも詠唱を始める。


「天災の魔法 雷轟らいごう帝玉ていぎょく

「漆黒の夜 降魔の闇 辺り満たす純白の霧 何人なんぴとの抵抗も虚しく 全てを受容する 主よ そのお力で我らを守りたまえ!」


 アキノが追加詠唱を行い、白霧の剣から湧き出た霧が私達を包み込んだ。魔人が放ったいかづちの玉は真っ直ぐに迷うこと無く大地との距離を縮めていた。


 ――――ついにその時、いかづちの玉が大地に触れた瞬間に真っ白な光と雷鳴が辺り一面を満たした。あまりの轟音に私たちは両手で耳を塞いだが、頭に直接響くほどだった。私たちを包んでいた白霧が剥がれていき、少しずつだが肌に触れる電気の刺激が強くなっていく。時間にして三十秒ほどの出来事だ。


 雷鳴が止んだ頃には白霧の壁は全て無くなっており、空から私たちを賞賛する声が聞こえた。


「すごい、すごいです!この魔法を耐えきるなんて信じられません。マルタさん、アナタ達を食べるのは止めにします。私はアナタ達のことをもっと知りたい。私とアナタ達が対等でいれることは人類と魔人の共存の可能性に他なりません」


 雷鳴が耳に響いていたが、彼女の言葉は何故かはっきりと聞こえていた。


「おや、軍の到着のようです。それでは皆様、再び会える日を楽しみにしていますね」


 そう言って彼女は天高く上がり、消えて行ってしまった。


 私は敵が去ったことにほっとした自身の弱さと敵の強さを目の当たりにして唇を噛みしめた。こんな体たらくでは魔人を皆殺しにして魔界を滅ぼすなんてとても叶わない、当時の私はこの日を境にさらに強さを求めるようになったのだ。


―――――――――――

【用語】


■サンサント王国

精霊と人の混血者が作った国。

実際の居住種族は精人と人である。

精霊との混血者が多いため「奇跡」の使用が生活の一部になっているのが特徴。


■魔結晶

魔力を感知して輝く結晶。

様々な色の結晶があり、結晶ごとに好みの魔力があるという。結晶自体も微量の魔力をおびている。


1) 金耀結晶

店長曰く、ほぼ全ての魔力に反応する魔結晶。

基本色が金色で、マルタが購入した結晶(10cm)の感知範囲は半径10〜300m。


■奇跡

神、聖なる種族が起こす現象の総称。

精人たちは奇跡を起こすエネルギーを「聖力」と呼ぶが、他国では魔力を使って奇跡を起こすと勘違いされることが多い。

主に聖界、神界で使われている。


■魔法

神、魔なる種族が起こす現象の総称。

エネルギー源は魔力と呼ばれ、世界に広く認識されている。純粋な人は魔力をつくる事ができないため、魔力を溜め込んだ道具、魔具を用いることで魔法を使える。

主に神界、魔界で使用される。


■魔術

主に人界の魔術師が使用する魔法のこと。

魔術師が使用出来る魔法の数は実際の魔法の種類より少ないが、技術的な研鑽を積むことで起こす現象を変化させ、様々な状況に対応できるようになっている。


■魔術師

魔力を生成できる人間で、魔物と人間の混血ではなく純粋な人間。

とある文献には人界でのみ、その存在が確認されていると記載されている。

魔物や魔人と同様に魔法を使用できるが、魔力のコントロールは魔人より優れている。


【登場人物】


■マルタ・アフィラーレ・ラスパーダ

三十九歳の女性。

この物語の案内人であり、昔ばなしの主人公。

十七歳の時、故郷の村を魔物の侵攻によって失ってしまう。セーラ曰く、魔界との戦争にて活躍をした英雄。

現在、記憶の混乱が見られるがいったい…


■セーラ

マルタの昔ばなしを聞く少女。

二ヶ月ほど前からマルタの家を訪問している。

竜の卵を手に入れる実力がある(?)


■レイモンド・ルーク

二十三歳の男性。青髪の長髪を後ろで結っている。

グレグランドを拠点とする商人で護身術の心得がある。二歳上の兄、ルーカス・ルークがいる。

お酒好き。


■アキノ

二十五歳の女性で、魔界からの亡命者。

赤髪のセミロングで身長は十七歳のマルタより少し大きい。

対斬撃に優れた赤の外套をまとっており、普段は黒のバイザーを目元に着け素性を隠しているらしい。


■カーラ・バルバトス・エテルネーゼ【新情報】

サンサント王国の外周に魔結晶の店を構えている敬語口調で物腰が柔らかい女性だが、その正体は「魔人と人間の共存」を目的に魔界から侵入してきた魔人。


本当の魔結晶店の店長は彼女が来た際に殺されており、成り代わっていた。周囲の人がそれに気づいていないことから、外見を変えていた可能性が高い。


「叡智の魔人」という二つ名を持っており、魔人の中でも特別な立場にいると思われ、魔法に長けているだけでなく、マルタやレイモンドの攻撃を捌く身軽さも持ち合わせている。

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