Episode 9 魔界からの亡命者

【現在、とある森】


 小一時間の休息で体力を回復した私はセーラと共に木漏れ日の空間カロマーレに向かって歩き始めた。あまり出発が遅れてしまうと今晩の食材を調達する時間が無くなってしまう。


「セーラ、先ほどは取り乱してすまなかったな」

「全然大丈夫よ!お話も面白くなってきたしね」

「セーラは魔力をもった人間の存在を知ってるか?」

「いや、知らなかったわ。聖界にいたら知っているはずなんだけど」


 セーラが腕を胸の前に組みながら頭を傾けているのを見て微笑ましく感じていた。


「彼女の正体についてはすぐに解るから続きを話してあげよう」


 セーラ曰く、木漏れ日の空間カロマーレまでは少し距離があるみたいだが、なに、セーラに話を聞かせながらであれば時間の進みも早かろう。そんな穏やかな空気の中で私はセーラに物語の続きを話すのであった。


―――――――――――


【二十三年前、サンサント王国滞在二日目 外周街】


 さて、レイモンドが捕まえた彼女をロープで縛った後、宿に連れて帰り食堂の主人に魔人かの判断をして貰うことにした。


 レイモンドが主人を呼びに行っている間、部屋には私と彼女の二人だけだったから外見を改めて確認していた。魔人と人間に外見的な違いがあるのかの確認をするためだ。


 出会った時は復讐心に駆られて外見まで気が回らなかったが、彼女は肩に触れるほどの赤い髪に黒い瞳をもった女で顔立ちは美人と言って差し支えなく、パーティーにいたら男全員が一度は声をかけてもおかしくない見た目だ。唯一残念だったのは笑顔が全く無いところか。


 服装は身体の線が分かるような黒地の上下に茶色の長靴、さらに暗い赤のフード付きの外套を着ており、さながら盗賊といった風貌だ。


 そんなふうに彼女を観察していたらレイモンドが店長をつれて部屋に戻ってきたから、さっそく彼女の正体を見て貰った。


「………」

「どう?マスター」

「コイツは人間だ、嬢ちゃん」

「え、そんなウソでしょ!だって魔結晶はこんなに」


 そう言って魔結晶が入った箱をみるとすでに輝きはそこには無かった。


「うそ、勘違い…?」

「ま、そう言うことだ。じゃ俺は店に戻るぞ」


 マスターが部屋を出た後、私は彼女にこう聞いた。


「どういうこと?魔結晶は確かに貴方に反応していた。なのに人間?何が起こっているの」

「………」

「アンタが人間ってのは分かった。俺らは敵じゃねえから正直に話してくれないか?黙秘を貫くなら精霊王にアンタを引き渡さなきゃいけねえ」


 少しの沈黙の後、深く息を吐いて彼女は話し始めた。


「分かった、正直に話そう。ただし他言無用で頼む」

「分かったわ」


 眉間にシワを寄せ、どうしようかと悩んでいる様子だったがすぐに彼女は口を開いた。


「私は確かに人間だ。だが魔力を持った人間―――魔術師だ」


 私とレイモンドはセーラと同じように「魔術師」という聞き慣れない名前に対して頭を傾げてしまった。聖界に存在するなら噂くらいは耳に届くはずだ。


「――レイモンドおじさん、魔術師って知ってる?」

「いや、知らねえな。そもそも自分で魔力をつくり魔法を使う人間なんて聞いたこともない」

「………」

「おいアンタ、いったいどこから来たんだ?」

「………」

「話さないならしょうがないな。精霊王に引き渡すか」

「―――魔界。私は魔界からの亡命者だ」

「魔界?魔界に人がいるの?」

「今は分からない。もしかすると私が最後の生き残りかも知れない」


 そう言って彼女はうつむく。彼女の話が本当であれば悲惨な経験をしたであろうことは容易に察しがついた。魔界は人を喰う化物が棲む世界だ、そこで人間が生活をするなんてあり得ない。


「なあ、魔術師ってのはなんなんだ?」


 レイモンドが彼女に尋ねた。


「魔術師の定義は『魔力を生成できる人間』だ。魔人は魔物と人間の混血だが、魔術師は純粋な人間だ」

「でもそれっておかしくない?なんでこの部屋に到着してからはマスターや魔結晶は貴方の魔力に気づかなかったの?」

「単純に魔術師は魔人や魔物より魔力のコントロールが上手いんだ。だがら一時的にだが、魔力の生成を完全に止めることも出来る」

「市場で魔結晶が反応したのは?」

「常に魔力の生成を止めるのは難しいから、生活の中では精人が分からない程度に魔力を放出しているんだ。それを感知するということは、その魔結晶の感度がかなり高いということだと思う」

「レイモンドおじさん、ちょっと」


 私はレイモンドを呼んで部屋の隅で話を始めた。


「彼女を仲間に出来ないかしら?」

「お嬢ちゃん、正気か?」

「正気よ。魔人を探すのにも人手が必要だし、何より魔術師に興味があるわ」

「簡単に頷くとは思えないが」

「ま、やってみて無理ならしょうがないわよ」


 私とレイモンドは彼女の前に戻り、会話を続けた。


「あなた、名前はなんて言うの?」

「アキノだ」

「アキノさん、私たちの仲間になってくれない?」

「――お前は何を言っている?」

「私たちは今、この国を荒らしている魔人を探しているの。その手伝いをして欲しい」

「嫌だといったら?」

「精霊王に引き渡すわ」

「………分かった、魔人探しは手伝おう。だが、お前たちの仲間にはならない。私にもやるべき事がある」

「一旦はそれで良いわ。ただ、仲間にならない場合、あなたの正体を知っている私たちが情報を誰かに売る可能性があるってことは覚えていてね」


 アキノは、これは面倒なことになったと言わんばかりの顔をしていた。


 そして、私は契約の話を持ち出した。契約系は奇跡と魔法の両方で出来るが、かなりの量の力を使うため私とレイモンドには難しく、アキノにお願いしたかったのだ。


「アキノさんは契約の魔法を使える?」

「ああ、できる」

「それじゃお願いしても良い?」

「分かった、えっと――――」

「マルタよ。マルタ・アフィラーレ・ラスパーダ」

「マルタ、では契約を始めよう」


 その後、アキノの魔法により「魔人捜索完了まで私たちに協力する」という一方的な契約が締結された。仮に契約違反が発覚した場合にはアキノが秘密にしている情報をすべて話すという罰則付きだ。


 アキノは私たちの宿から歩いて十分ほどのところに自宅があったからそこから通うことになり、これらのやり取りが終了した頃にはすっかり日が落ちていた。


―――――――――――


【二十三年前、サンサント王国滞在三日目 外周街】


 明朝、私たちとアキノは魔人の捜索を始めるために宿の前で待ち合わせた。私は朝に強いがレイモンドが困った人でな。前日に地酒を飲み過ぎて二日酔いで青ざめていたんだ。


 とにもかくにも、前日の出来事のおかげで私たちが購入した魔結晶の感度がかなり高いということが分かったので実際に街を歩いて魔人を探すことにした。


「あ、アキノさんだ、おはよう!」

「その顔はどうした、レイモンド。真っ青じゃないか」

「ああ、これは気にしないで二日酔いなだけだから」


 アキノはこんな状態でで大丈夫なのか、という不安な表情をしていた。


「とにかく出発しましょう。細かい話は歩きながらで」


 私たちは円の形をしたこの国の外周から中心に向かって、円を描きながら歩くことにした。中心部に魔人がいるのであれば発見は遅くなるが城が近いため戦力要請が期待できる。

 

円の外側で魔人を発見した場合には精霊王の助力は期待できないが、発見が早まるので様々な対応が可能だと考えた。


 外周を歩き始めて一時間が経った頃、私はアキノとの話に夢中になっていた。


「へー!魔術師が使う魔法って『魔術』って言うんだ」

「魔術師は魔人と比べて魔力量と使用できる魔法の種類が少ない。だが使える魔法の研鑽を重ねることで魔法の応用、魔法を使った新たな体系を作っているのだ。それが魔術だ」

「なるほどねー」

「例えば炎を出す魔法があったとする。魔人が使うと魔力量に任せて炎の海をつくるような大規模な攻撃になりやすい。我々は魔力と魔法のコントロールを鍛えることで炎のむち、炎のつるぎ、光線のような様々な形態に現象を変化できる」


 魔術師の話で盛り上がっていると聞き覚えのある声が飛んできた。


「あらあら、昨日のお客様ではありませんか」


 魔結晶店の店長だった。上は白のシャツに緑のカーディガン、下は緑のロングスカートに茶色のブーツを履いており、何かの買い出しだろうか、手には布が被せられたバケットを持っていた。


「あ、店長さん!こんな朝早くにどうしたの?それに店から少し離れているみたいだけど」

「朝の散歩ですよ。この子達が喜ぶものですから」

「この子達?」


 店長がバケットの布を取るとそこには赤色に輝くの魔結晶が詰まっていた。


「魔結晶?」

「ええ、この子達はたまに店内から外に出してあげないと魔結晶としての能力が落ちてしまいますから」

「そうだったのね」

「お客様はどうしてこんな時間に外出を?」

「えーと、私たちも散歩よ。宿にいても退屈だし」

「なるほどなるほど、そうでしたか。でしたらこの国の西側にある先代の精霊王のお墓に行くのをお勧めします」

「お墓…まだ行ってないわね」

「お墓とはいえ今は観光地。夜に行くと先代の精霊王が『加護』を授けてくれると話題のパワースポットなんです」

「夜じゃないといけないの?」

「あくまでも言い伝えですよ?先代の精霊王はサンサントの下に広がる洞穴の精霊です。なので暗い時間帯の方が好まれるとか…」

「なるほどね、分かったわ。どこかのタイミングで行ってみる」

「ええ、是非。楽しんで下さいね」


 そう言って優しい微笑みを向ける店長と別れた後、アキノがこう尋ねてきた。


「マルタ、あの女性は何者だ?」

「魔結晶を売っている店の店長さんよ。彼女のおかげでアキノさんに出会えたと言って過言じゃないわ」

「その木箱の中に魔結晶が入っているのか?」

「そうよ。魔力に反応して目を痛めるくらいに輝くらしいから、こうして木箱に入れているの」

「――そうか」


 その後も捜索は続き、道中の町人や衛兵に聞き込みをしながら魔人の情報を集めた。

 

 するとどうやら魔人は決まって夜に人間狩りをしているという事が解ってきた。夜は人目も少なく、精霊王の探知も弱くなり狩り時ってことなんだろう。

 

 また、複数人を同時に襲うことは無いらしく、魔人はそこまで戦闘能力が高い個体ではないという見立てが多かった。軍隊による捜索も最低三人にしていたそうだ。


 他は特に有益な情報はなく、魔人を捜索する軍隊の光が眩しいだの、やる気がないだの、不法入国した商人が処刑されたと言った話ばかりだった。


 そして魔人が見つからないまま三日が過ぎてしまったのだ。


―――――――――――

【用語】


■サンサント王国

精霊と人の混血者が作った国。

実際の居住種族は精人と人である。

精霊との混血者が多いため「奇跡」の使用が生活の一部になっているのが特徴。


■魔結晶

魔力を感知して輝く結晶。

様々な色の結晶があり、結晶ごとに好みの魔力があるという。結晶自体も微量の魔力をおびている。


1) 金耀結晶

店長曰く、ほぼ全ての魔力に反応する魔結晶。

基本色が金色で、マルタが購入した結晶(10cm)の感知範囲は半径10〜300m。


■奇跡

神、聖なる種族が起こす現象の総称。

精人たちは奇跡を起こすエネルギーを「聖力」と呼ぶが、他国では魔力を使って奇跡を起こすと勘違いされることが多い。

主に聖界、神界で使われている。


■魔術

主に人界の魔術師が使用する魔法のこと。

魔術師が使用出来る魔法の数は実際の魔法の種類より少ないが、技術的な研鑽を積むことで起こす現象を変化させ、様々な状況に対応できるようになっている。


■魔術師

魔力を生成できる人間で、魔物と人間の混血ではなく純粋な人間。

とある文献には人界でのみ、その存在が確認されていると記載されている。

魔物や魔人と同様に魔法を使用できるが、魔力のコントロールは魔人より優れている。



【登場人物】


■マルタ・アフィラーレ・ラスパーダ

三十九歳の女性。

この物語の案内人であり、昔ばなしの主人公。

十七歳の時、故郷の村を魔物の侵攻によって失ってしまう。セーラ曰く、魔界との戦争にて活躍をした英雄。

現在、記憶の混乱が見られるがいったい…


■セーラ

マルタの昔ばなしを聞く少女。

二ヶ月ほど前からマルタの家を訪問している。

竜の卵を手に入れる実力がある(?)


■レイモンド・ルーク

二十三歳の男性。青髪の長髪を後ろで結っている。

グレグランドを拠点とする商人で護身術の心得がある。二歳上の兄、ルーカス・ルークがいる。

お酒好き。


■アキノ

25歳の女性で、魔界からの亡命者。

赤髪のセミロングで身長は17歳のマルタより少し大きい。

対斬撃に優れた赤の外套をまとっており、普段は黒のバイザーを目元に着け素性を隠しているらしい。

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