Episode 8 いるはずのない、魔力を帯びた人間


【現在、とある森】


「結局、精霊王は何をしたのかしら?」


 セーラがうーんと唸りながら腕組みをしている。


「あの時の状況で急に暗闇に包まれたものだから私は一度死んで蘇ったのかとさえ思ったな。ま、さすがに精霊王も人理を超えたことは出来ないだろうから、おそらく王の背後にいた暗闇の化物が飲み込んだとか、そんなところだろうと思う」

「さすがにそうよね。死んで生き返るなんて魔界の屍人トーターくらいよ」

「ほう、良く屍人トーターを知っていたな」

「まー5年前まで魔物の侵攻が激しかったしね。さすがに知っているわ」

「それもそうだな。あれから5年か、聖界も無事で良かっ...」


 強い頭痛が走り、私は頭を押さえて膝をついた。それに気づき、前を歩いていたセーラが私に駆け寄ってきた。


「マルタ様!大丈夫?」

「頭が...割れそうだ」

「落ち着いてマルタ様、もう戦争は終わったのよ?私たちは勝ったの!聖界は無事よ!だから落ち着いて...」

「そうだ...聖界は無事だ。私たちは勝った」

「そうよ!私たちは勝ったの!」


 そう自分に言い聞かせると頭痛が治まってきた。落ち着きを取り戻した私はセーラと道のわきに座って少し休むことにした。


「マルタ様、大丈夫?」

「あぁ、だいぶ落ち着いてきた」

「マルタ様はね、きっと頑張り過ぎたの。私たちの聖界を護るために仲間が死んでも後ろを振り返らず、死人を踏み越えて魔物達を斬り続けて、そして勝った。でもマルタ様の心は...」


 そう言ってセーラは黙ってしまった。少しの沈黙の後、彼女は諭すように再び私に声をかける。


「...マルタ様はもうゆっくり休んで良いのよ?戦いは終わったの。だからもう」


 その時のセーラはまるで死へ続く道を突き進もうとする我が子を止める母のような顔をしていた。


「大丈夫だよ、セーラ。私は今、過去を語ることで自分と向き合っているのだと思う。この話が終わる頃にはきっと立ち直っているさ」

「まだ、騎士にもなっていないのに。いったいいつ終わるのよ」


 フフッっと笑うセーラを見て私も笑った。そして、話の続きを話し始めるのだった。


―――――――――――


【二十三年前、サンサント王国滞在二日目 外周街の店】


 次の日の朝一番に私とレイモンドは魔力に反応して輝く結晶、魔結晶を買いに食堂の店主から教えて貰った店に向かった。


 朝のひんやりとした空気を楽しみながら約二十分歩いた先にその店はあり、外観は年季の入った木の二階建ての家で、扉へ繋がる短い階段や柱には立派な年輪が刻まれていた。奥行きは左右の家で分からなかったが恐らく一階が店、二階が住むための部屋という雰囲気だった。


カランカラン…


 いざ行かんと魔結晶店の扉を開けた私たちはその光景に驚いた。店内はまるで洞窟のような作りで壁のいたるところから色鮮やかな結晶が伸びてキラキラと輝いており、店の奥まで続いていた。


 奥に進むと店主らしき黒の長髪の女性が机に向かい何やら書き物をしていた。


「すみません、私たち魔結晶を買いに来たんですけど」

「あらあら、いらっしゃい。どんな魔結晶がお望みかしら、この子たち好みがあるから良いのが見つかると良いのだけど」


 片目が長い前髪で隠れていたが、どこかふんわりとした雰囲気をもつ女性で物腰が柔らかい印象だった。


「好み?」


 その単語が気になり私は尋ねた。


「ええ、この子たちも私たちと同じように好き嫌いがあるんです。それに大きさによっても性質が変わります。大きい子は魔力の好みにうるさく無くて感知する範囲も広いけど、距離による輝きの変化が小さい。小さい子は魔力を選り好むし感知範囲も狭いけど、距離の変化に応じて敏感に輝きが変わります」


 なるほど、あまり一般的に使われないのは専門性が高いからかと私は納得した。今回の結晶もこの店長に選んで貰った方が良いと判断し、私は彼女に希望を伝えた。


「旅の護身用のために買いたいの。だからあまり好みにうるさく無く、大きいものが欲しいわ」

「なるほどー、そしたら金耀きんよう結晶が良いかしら」

「金耀結晶?」

「ええ、最近の論文で発表された魔結晶ですよ。魔界で発見された結晶でほとんど全ての魔力に反応すると言われています。欠点はその目を痛めるほどの輝きの強さかしら」

「レイモンドおじさん、聞いた?私たちにピッタリの結晶じゃない」

「たしかにそうだな」

「持ち運び用の木のケースもお付けしますね。一箇所、上部に穴が空いていて魔力を感知したら光るから分かりやすいのよ」

「分かった、その結晶を買うわ。一度見せてもらえる?」

「ええ、こちらへどうぞ」


 そう言って彼女は通ってきた路を少し戻ったところにある金色の結晶を私たちに見せてきた。


「こちらが金耀結晶です」

「わぁ綺麗ね。もう光っているみたい」

「そうでしょう。この子は大きい結晶ですが、かなり近くまでの接近を輝きで判断できます。彼ら自身も微量ではありますが、吸収した魔力を帯びているのですよ」

「へー!魔結晶って面白いわね。これっていくら?」

「こちらはそうですねー、コレほどかと…」


 具体的な金額は忘れたが、身銭のほとんどを使い果たして私たちは金耀結晶を購入したような気がする。


「ねー店長さん。この魔結晶の感知範囲はどれくらい?」

「そうですね、おそらくですが三百メートルと言ったところだと思います。あ、あと基本的にケースから結晶を出さないことをお勧めします。もし目の前で急に輝きだしたら目を痛めてしまいますから」

「そう、分かったわ。ありがとう」

「はい、またのお越しをお待ちしていますね」


 そう言って微笑む店長と別れ店を出た私たちはさっそく街を歩いてみることにした。


―――――――


【二十三年前、サンサント王国滞在二日目 中心街近辺】


「そういえば二人から貰った剣はどうしたんだ?」


 中心街へ向かう道中でレイモンドが尋ねてきた。


「ふふ、レイモンドおじさん。やっぱり視えないのね」


 私は得意げに指をパチンと鳴らして腰にかけた剣を視えるようにするとレイモンドは驚いていた。


「奇跡を使えるようになっていたのか!」


「ミーシャに教えて貰ったのよ。私は魔力…じゃなくて聖力を生成できないからこの刻印から力を供給して貰っているの」


 レイモンドは私の左手の甲にある刻印を見てほーと感心していた。


 セーラも知っているとは思うが、一般的に奇跡や魔法をただの人が使うためには魔力や聖力を込めた道具や武器を使うか、エネルギーを供給するための刻印を身体に刻む必要がある。


 刻印は自然の中に存在する微量の魔力や奇跡のエネルギーを吸収して溜め込むことが出来る一方で容量が大きくないから魔法や奇跡を乱発は出来ないという欠点があるが、汎用性があって便利だった。


「敵からも視えないってなかなか優秀だな」

「そうでしょ?じゃ実際にかけてみるね」


 私は剣に手を置いて奇跡を唱えた。


「剣を消して 人見知りの精霊が纏う空氣シャイネスルフト


 徐々に存在感が薄くなっていく剣を見ながらレイモンドが再び感心していた。


「なるほどな。消えるというよりは認識しにくくなるって感じだな。凝視すると普通に視えるのか」

「ミーシャが言うには存在自体を消す奇跡や魔法もあるらしいんだけど、難易度と力の消費が桁違いなんだって」


 こんな会話をしながら四十分ほど歩いて私たちは中心街の市場に到着した。さすがに中心街は多くの人で賑わっており、道の上には屋台などが所狭しと軒を連ねていた。歩いている人も一般人、騎士、商人、神父など様々だ。


「ねーレイモンドおじさん!あの屋台でご飯を食べて良い?」

「昼もまだだし良いんじゃねえか?ただ、魔結晶を買って財布はかなり寂しい状況だがな」


 私とレイモンドは席をとり、屋台で肉とサラダを買って昼食を摂ることにした。


「しかし、魔結晶は反応なしだな」

「はあ…そうね、なかなか苦労しそうな予感がしているわ」


 先の長い路を想像してため息をつきながら肉を頬張っていると、私の目に眩しい光が入ってきた。


「え、これ…魔結晶が光ってる?」

「おいおい、マジじゃねえか」


 私たちの緊張感は一気に高まり、周囲を警戒しながら見渡した。


 魔結晶の輝き方をみると相手はこちらに接近している様子だったが、どのくらいの距離までをこの結晶の輝きで判断できるのかは分からない。


 周囲には市場を行き交う人々で溢れており、一つ一つの顔が一瞬で過ぎ去っていく。


「レイモンドおじさん、たぶんすぐ近くにいる」

「ああ、だが…どいつだ」


大勢の人が行き交う路。

輝きを増していく魔結晶。


 いつ魔結晶の輝きが減るかが分からない中、相手の接近に警戒する。


 五分ほどが経過し、私から約十メートル離れたところを女が通った瞬間、魔結晶は最大の輝きを放った。


「あの黒い女よ!」


 私が声を出した瞬間、その女性はこちらを一瞥して走りだした。魔結晶の反応と相手の外見で判断したが、どうやら当たりだったようだ。


「レイモンドおじさん!追うわよ!」

「わかった!」


 彼女は黒のバイザーで目元を隠していて顔は分からなかったが、大勢の人で隙間がほとんどない通りを全力に近いであろう速さで駆け抜けて行く身のこなしから察するに相当な手練れであることは間違いなかった。


「まずい、このままじゃ撒かれちゃう!」

「お嬢ちゃん、俺に任せな!」


 次の瞬間、レイモンドは右足を深く曲げ、一気に家屋の屋根まで飛び跳ねた。普段は軽いノリの男がこんな身体能力を持っているとは思いもしなかったから、当時の私はかなり驚いた。


 家の屋根に乗ったレイモンドが凄い速さで彼女を追跡する一方で、私は彼女を視界に入れるので精一杯だった。


 中心街から離れ、人気が少なくなったタイミングでレイモンドが屋根から彼女に向かって飛び降りた。逃げている彼女は背中に目がついているのか、飛び降りたレイモンドが彼女を掴もうと腕を伸ばしたタイミングで回し蹴りを放った。


 しかし、レイモンドが足に触れた瞬間、彼女は身体を一回転させて地面に叩きつけられた。彼女を抑え込むレイモンドに私は駆け寄った。


「はあはあ…レイモンドおじさん。ありがと…」

「それよりお嬢ちゃん、魔結晶の反応はどうだ?」


 急いで確認すると魔結晶はまだ輝いていた。それを見て私は剣を抜き、彼女に鋒を向けた。


「落ち着きなお嬢ちゃん。コイツを捕らえるのが俺らへの依頼で殺すことじゃない」

「止めないでレイモンドおじさん!初めは情報を吐き出させてからって思ってたけどやっぱり無理、ここで殺す!」

「おい、離せ!何が目的だ!」

「何、白々しいわよ。何人も殺しておいて!魔人は絶対に殺すわ」

「魔人?何を言っている、私は『人』だ!」


 剣の先で黒のバイザーを取るとそこには美しい女性の顔があった。


――――――――――――


【用語】


■サンサント王国

精霊と人の混血者が作った国。

実際の居住種族は精人と人である。

精霊との混血者が多いため「奇跡」の使用が生活の一部になっているのが特徴。


■奇跡

神、聖なる種族が起こす現象の総称。

精人たちは奇跡を起こすエネルギーを「聖力」と呼ぶが、他国では魔力を使って奇跡を起こすと勘違いされることが多い。

主に聖界、神界で使われている。


■刻印

魔力、もしくは奇跡の力を溜め込む印。

主に人間が使用するもので、魔人や精人は自身で力を生み出せるため必要ない。


■魔結晶

魔力を感知して輝く結晶。

様々な色の結晶があり、結晶ごとに好みの魔力があるという。結晶自体も微量の魔力をおびている。


1) 金耀結晶

店長曰く、ほぼ全ての魔力に反応する魔結晶。

基本色が金色で、マルタが購入した結晶(10cm)の感知範囲は半径10〜300m。


【登場人物】


■マルタ・アフィラーレ・ラスパーダ

三十九歳の女性。

この物語の案内人であり、昔ばなしの主人公。

十七歳の時、故郷の村を魔物の侵攻によって失ってしまう。セーラ曰く、魔界との戦争にて活躍をした英雄。

現在、記憶の混乱が見られるがいったい…


■セーラ

マルタの昔ばなしを聞く少女。

二ヶ月ほど前からマルタの家を訪問している。

竜の卵を手に入れる実力がある(?)


■レイモンド・ルーク

二十三歳の男性。青髪の長髪を後ろで結っている。

グレグランドを拠点とする商人で護身術の心得がある。二歳上の兄、ルーカス・ルークがいる。

お酒好き。


■オズワルド・ファフテール

数百歳の男性(外見は20代前半)。

精人の国、サンサント王国の国王。精霊王とも呼ばれる。サンサントの洞穴の精霊と聖女との間に生まれた精人でその実力は当代一と言われており、現騎士王とはたまに小競り合いを起こしているとか、いないとか。

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