Episode 7 奇跡と魔法の源

【現在、とある森】


「そろそろ家に戻らない?私、お腹空いちゃった」


 散歩に出てから既に二時間くらいが経っただろうか。日が頭の上を通過しようとしているし、確かに昼食には良い時刻だ。


「もうすぐ森の出口だから少し森の外をみてみたい」


 そう言うとセーラが真剣な表情で私の腕を後ろに引いて歩みを止め、転けそうになった。


「だめよ!森を出るのは絶対にだめ!」

「わ、分かった。分かったから腕を引くのをやめてくれ」


 私が森を出るのを諦めたと知ったセーラは腕を引くのを止め、鼻歌を歌いながら家に向かって私の前を歩き始めた。何故かご機嫌なセーラに私はこんな提案をしてみる。


「セーラ。今日は野営キャンプしようか?」

「え、何それ!楽しそう!」


 よし、食いついた。

 これで明日の朝、セーラに気づかれないように抜け出せば森の外の様子を見る事が出来る。外の様子を見ることが出来れば私の記憶について何かヒントが得られるかも知れない。


「ではこれから野営キャンプ地を探そう。セーラ、どこか良い場所を知ってるか?」

「うーん、そうね。『木漏れ日の空間カロマーレ』とかはどう?マルタ様のお話を聞くにはピッタリの場所よ」

木漏れ日の空間カロマーレってあのか?」

「うん、そうよ」


 なぜ彼女はその聖域の場所を知っているのだろうか。木漏れ日の空間カロマーレは先代の騎士王の聖剣が刺さっていた場所で、当人しか知らないはずだ。


 そもそもこの状況がおかしいのではないか。竜の卵を十歳の少女がたった数日で獲ることなど出来るわけがない。セーラ、彼女はいったい何者なんだ?


「セーラ、木漏れ日の空間カロマーレは聖域だ。そんなところで野営なんて、精霊に呪われてもおかしくない」

「マルタ様、何を言っているの?あくまでも"私の中の"木漏れ日の空間カロマーレよ」


 そうか、木漏れ日の空間カロマーレに限らず、聖具誕生の場所については皆が「ここじゃないか?」と予想して楽しむ文化が聖界にはあった。


 竜の卵については疑問が多いが、私は記憶を乱しているからといって心のどこかでセーラを疑っているのか?こんな十歳の少女を。


「ほら、マルタ様向かうわよ。少し時間がかかるからまたお話を聞かせて」

「―――分かった」


 こうして私とセーラは木漏れ日の空間カロマーレに向かうのであった。



―――――――――――


【二十三年前、サンサント王国 ムーンフェル城のとある部屋】


「…ん!…嬢ちゃん!」


 闇の中にいる私を誰かが呼ぶ声がした。


「…う、うん…レイモンドおじさん?」

「かぁー良かった良かった。全然起きねぇから死んだかと思ったぜ」


 目を開けると地面に寝ている私の右横にレイモンドがあぐらをかいて座っていた。私自身も死んだと思っていたから、自分が生きていることにびっくりしていた。


「レイモンドおじさん、私たち生きてる?でもなんで?」

「さぁな。それはそこに座っている王様にでも聞いてみようぜ」


 寝た状態で左側に顔を向けると装飾が施された豪華な椅子に精霊王が座っていた。辺りを見渡すとどうやら玉座の間ではない別室らしく、部屋にいるのは私達三人だけであった。


「目が覚めたか、娘。此度は手荒な真似をしてすまなかった。一度、死んだことにした方が都合が良かったのだ」

「いったい、どういうこと?」


身体を起こして、精霊王に問いかけた。


「うむ。まず、今回の騒動を起こしている魔人は余の奇跡をもってして見つからず、相当の手練れと思える。探知が出来ないのであれば直接探すしかない」

「なるほどね。で、私たちに手を貸して欲しいと」

「そうだ。騎士王からの書簡に貴様らを良くするよう書かれていてな。そのついでに手を貸して貰おうという訳だ」

「騎士王様が?」

「ああ、なかなかに好かれているみたいではないか」

「なら手伝わない訳にはいかないわね。安心して、もともと魔人は殺すつもりだったから」

「ほう、なぜ?」

「家族の、村のかたきだからよ」

「なるほど、利は一致している…と。では、作戦を立てるとしようか」


 そう言うと精霊王は指をパチンと鳴らし、美味しい紅茶を使用人達に運ばせた。そして使用人が全員退出すると一口茶を口に含み、話を続けた。


「まず前提だ。一ヶ月ほど前からこの国は出入国を完全に禁止している。貴様らは騎士王からの書簡で把握していたから通したがな。そして国軍が魔人を捜索する、一般人は関わるなという内容の通達を出している」


 そんな状況になっていたのかと私は驚くと同時に意外と聖界の国間における情報共有は無いのかもしれないと感じた。


「故にこの国に潜む魔人からすると警戒すべきは軍、つまりは『精人』ということになる」

「精霊王…」

「ファフテール王と呼べ。その呼び名は好かん」

「ではファフテール王、なぜ私たちが本件に最適だと?」

「精人、魔人は内に流れる力で互いを識別するゆえ他人に対する警戒もそこを基準に行うことが多い。しかし、その力が微弱な者は脅威と認識されにくい。ただの人は能力が無いゆえに精人魔人の暗殺に最も向いている種族と言えるだろう」


 私はなるほどと思った。


「敵はファフテール王の奇跡に対して身を隠せるほどの実力者、たしかに油断を狙える私たちが最適かもね」

「うむ。この国にもただの人間は住んでいるが魔人の討伐が出来る者となるとかなり限られてくる。そこで、入国した貴様らを不法入国罪で死刑にすることで存在しない人間をつくったのだ。号外によって既に貴様らの死刑は国中に伝わっているだろう」

「分かったわ、レイモンドおじさんも大丈夫?」

「あまり気乗りはしないが、お嬢ちゃんが良いならしかたねえな」

「街に出るときは裏口を使え。何もなく城から出ると怪しまれる可能性がある」


 そして精霊王は最後にこう付け加えた。


「娘、貴様と利害が一致しているのは分かったが魔人は捕獲しろ。奴からは色々と聞かねばならない事がある」


―――――――――――


【二十三年前、サンサント王国 外周街】


 街に出た私たちは早々に宿泊するための宿を探し始めた。魔人に怪しまれないよう、普通の商人としての振る舞いをするためだ。小一時間ほど歩き回ったが夕暮れ時であまり目立たずに動けたのは幸運だった。


 そして、外周街でちょうど良い宿を見つけた。どうやら元からかなり多くの商人が出入りする国らしく、主人に話を聞いたところ、宿には出国出来なくなった商人たちが大人数泊まっていた。


 私とレイモンドは部屋に荷物を置き、宿と併設されている食堂で聞き込みを始めた。みなすることが無いのか、食堂では会話を肴にお酒を飲んでいた。私はその中の一人、小太りの男に声をかけた。


「ねー少し話を聞いても良い?」

「なんだいお嬢ちゃん、お父さんと一緒に旅をしていた時に出られなくなっちまったのかい?」

「まーそんなとこ」


 レイモンドは俺ってそんな老けてる?と言わんばかりの苦笑いをしていた。


「しかし、こんなタイミングで入国とは運がねぇな」

「街にいる人に聞いたわ。魔人が人を襲ってるって...」

「らしいな、勘弁して貰いたいね」

「誰かこの事件に詳しい人を知らない?」

「うーん、そうだな。おーい主人!あんた、何か知らねぇか?」


 そう言って目線を向けた先には食堂を営む中年男性がおり、ビールグラスを磨いていた。声が届かなかったのか、目線をこちらに向けることなくグラスを磨き続けていた。


「お嬢ちゃん、あの主人は精人でな、昔は魔物討伐部隊にいたんだ。だから魔人についても詳しいはずだぜ」

「ふーん、分かったわ。ありがとう」

「良いってことよ」


 そう言って小太りの男性と別れた私たちは食堂の主人に話しを聞いてみることにした。


「こんにちは。私はマルタ、こっちはレイモンドおじさん。貴方に聞きたいことがあるのだけど良いかしら?」

「...何を聞きたいんだ?」

「最近、街を荒らしている魔人について聞きたいの」

「俺から話すことは何もない。俺はソイツを見たことはないし、興味もない」

「あら残念。だったら魔人の見分け方を教えてよ」

「...お前達は『人』だな、だったら諦めろ」

「魔力で見分ける必要があるから?」

「ああ、そうだ。人は魔力を感じ取れない」

「少し、疑問なんだけどあなた達も魔力を使って奇跡を起こすのよね?同じ魔力でどう魔人と精人は違うの?」

「前提が間違っている。俺等が使うのは魔力ではない」

「え、違うの?」

「ああ、これは良く勘違いされることなのだがな。使っている力が違うから俺らは魔人を見分けられるんだ」


 私は精霊王が言っていた「力で識別する」とはそもそも種類が違っているという意味だったとこの時に初めて理解した。そして主人が言うには奇跡で使う力を彼らは聖なる力、聖力と呼んでいるらしかった。


「この話は異国では間違って伝わっていることが多いから無理もない。精人の多くは我々が起こす現象を『奇跡』、魔物や魔人が起こす現象を『魔法』と呼んでいる」

「そうだったんだ。なら魔力だけを感知できたら良いってわけね」

「…今思い出したが、一つ方法に心当たりがある」

「何、教えて!」

「石、いや結晶だ」

「結晶?」

「あぁ、この国には魔力に反応して光る結晶、魔結晶が売られている。基本的には魔物の接近に気づくための護身アイテムだ。気休め程度だがな」

「それを使えば見分けられるのね!」

「そうだ。だが魔結晶には魔力の好みがあって、魔物の種類によっては光らないこともある。実際には光らないことがほとんどでよほどのことが無いと買わないな」

「無いよりはマシそうね。扱っている店を教えてもらっても良いかしら?」

「分かったが、明日にしておきな。今日はもうすぐ日が暮れる」


 そう言って主人は魔結晶を売っている店名と簡単な地図を書いてくれた。


 私とレイモンドは主人にお礼を言った後に宿の部屋に戻り、こうしてサンサント王国での初日が終わった。


――――――――――――


【用語】


■サンサント王国

精霊と人の混血者が作った国。

実際の居住種族は精人と人である。

精霊との混血者が多いため「奇跡」の使用が生活の一部になっているのが特徴。


■奇跡

神、聖なる種族が起こす現象の総称。

精人たちは奇跡を起こすエネルギーを「聖力」と呼ぶが、他国では魔力を使って奇跡を起こすと勘違いされることが多い。

主に聖界、神界で使われている。


■精霊

一種の意志を持つ高エネルギー体。姿は人や動物、植物の場合もある。特殊な現象を意図的に引き起こす「奇跡」を扱う。

元を辿るとは神界と聖界が分かれた時代に聖界に留まることを選んだ神と言われており、実際にその神性は高い。


【登場人物】


■マルタ・アフィラーレ・ラスパーダ

三十九歳の女性。

この物語の案内人であり、昔ばなしの主人公。

十七歳の時、故郷の村を魔物の侵攻によって失ってしまう。セーラ曰く、魔界との戦争にて活躍をした英雄。

現在、記憶の混乱が見られるがいったい…


■セーラ

マルタの昔ばなしを聞く少女。

二ヶ月ほど前からマルタの家を訪問している。

竜の卵を手に入れる実力がある(?)


■レイモンド・ルーク

二十三歳の男性。青髪の長髪を後ろで結っている。

グレグランドを拠点とする商人で護身術の心得がある。二歳上の兄、ルーカス・ルークがいる。

お酒好き。


■オズワルド・ファフテール

数百歳の男性(外見は20代前半)。

精人の国、サンサント王国の国王。精霊王とも呼ばれる。サンサントの洞穴の精霊と聖女との間に生まれた精人でその実力は当代一と言われており、現騎士王とはたまに小競り合いを起こしているとか、いないとか。


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