Episode 4 剣術訓練

【現在、とある庭園】


「出来たわ!」


 話の切が良いタイミングで夕食が完成したようで、メニューはサラダ、バケット、メインは鶏肉のシチューだ。


「竜の卵は明日の朝食ね」


 セーラはそう言って、料理をテーブルに運ぶ。


「マルタ様、お話を聞かせて下さりありがとうございます。頂きます」

「頂きます」


 そこからは竜の巣に行くまでのトラブル、出会った人、竜との戦いなど、セーラの冒険の話で盛り上がった(主にセーラが)。食事が終わった後は食器を二人で洗ったりしたのだが、どうやらセーラは私と一緒に何かをすることがとても楽しいらしい。


 全ての片付けの後は二人でベッドに入った。


「ねーマルタ様。お話の続きを聞かせてよ。寝るまでで良いの」

「...仕方がないな」


 そういうとセーラは嬉しそうに目を瞑り、私の肩に頭を乗せて来た。

 

 外はまるでこの世界には私とセーラしかいないみたいにシンと静まっており、私は唯一聴こえる暖炉の焚き火のパチパチと鳴る音を聞きながら、物語の続きを語り始めた。


―――――――――――


【二十五年前、グレグランド王国 ルーン城内の調理場】


 結論から言うと、今回私が作ったシチューでミーシャに美味しいと言わせることは叶わなかった。苦労して集めた食材ということでミーシャの情に訴えるつもりだったのだが、さすがにプロの使用人はそこまで甘くない。何なら「あんまりですね」の一言で一蹴されてしまった。


 ここからの二ヶ月間。私はミーシャと共に海、山、洞窟と色々な場所に食材を採りに行き、料理を作り続け、最終的にミーシャが美味しいと言ったのは料理で言うと六品目だった。


「....」

「こ、今回はどう?ミーシャ」

「はい。これまでで一番良い出来だと思います」

「お!」

「しかし、まだまだですね。食材の下処理が十分ではありません」

「えぇ...またダメかあ」


 そう言って私が床に倒れた時、ミーシャは言った。


「そうですね、技術はまだまだ。しかし、美味しいと思います」

「え?今、なんて言った?」

「この料理は美味しいと申しました」

「なんで?技術はまだまだなんでしょ?下処理が足りないって」

「マルタ様。あなたはこの二ヶ月間、あらゆる場所に赴き、苦労しながらも食材を集めてきました。その結果、体力だけでなく技術や知識、人の苦労を学び、人として成長したと思います。それが料理に表れています」


 慣れないミーシャからの褒め言葉に動揺したのを今でも憶えている。


「経験を積み心に余裕が出来たからこそ、本当の意味でどうすれば私が美味しいと感じるかを考えながら料理を出来たのでしょう」

「そっか。少しずつ成長しているのね」

「成長は人に言われないと気づきにくいものですから」


 料理を残さず食べた後、ミーシャは立ち上がった。


「ルーク卿には私からお伝えしておきます。今晩はゆっくりお休み下さい」

「ありがとうミーシャ」


 ミーシャは一礼して調理場から出ていった。その後、私は城の中の庭園にある小屋に戻り、この二ヶ月の疲れを思い出したかのように深く眠ったのだ。


 そう、今のセーラのように。


――――――――


【現在、とある庭園】


 窓から射し込む朝日が顔を照らし、私は目が覚めた。ああ、話をしている途中で眠ってしまったのか。

 横を見るとセーラがおらず、私は慌ててベッドから降りた。何か大切なものを失った時のような、当たり前がそうで無くなってしまったような、そんな不安感が私を襲った。


「セーラ!どこだ、セーラ!」


 するとドタドタと走る音が寝室に近づいてきた。


「マルタ様、どうしたの?朝から騒いで。もうすぐ朝食ができるわよ。早くきて」


 セーラを見つけた安堵からか、私は床に座り込んだ。少し落ち着いたところでフラフラと寝室を出ると、玉子焼きの良い香りが漂っていた。昨日話していた竜の卵の卵焼きが食卓に置かれていた。


「さ、食べましょ。マルタ様」

「うむ...良い香りだ」

「でしょう?今日の卵焼きには龍鰹りゅうがつおの出汁を使ったの。釣るの大変だったんだからね」


 セーラはフフンと得意げに鼻を鳴らした。


「そうそう、昨日はどこまでお話を聞いたかしら。たしかミーシャの課題はクリアしたのよね?」

「そうだな。ここからは基礎訓練と閃撃の騎士との勝負の話になる」

「え、なにその展開!はやく聞かせて!」


 爽やかな朝に美味しい食事が並ぶ幸せな食卓で私はセーラの要望通り、本格的な騎士訓練の話を始めた。


―――――――――――


【二十五年前、グレグランド王国 ルーン城内の修練場】


 さて、最初の課題をクリアして次の日、私はルーク卿に呼ばれて城内の修練場に来ていた。


「お嬢ちゃん、俺が言った通りミーシャに美味いと言わせたらしいじゃねえか、よくやったな!」

「二ヶ月もかかっちゃったけどね」

「いやいや、大したもんよ!それに顔付きも少しは騎士っぽくなったじゃねえか」

「フフン、私けっこう頑張ったからね!野宿や野獣対応なんて楽勝よ」


 野宿スキルと騎士らしさに関係があるのか?と疑問に思ったが、とにかく私はルーク卿に褒められたのが嬉しかった。

 褒められて得意げになっている私にルーク卿が真面目な顔で話を始めた。


「お嬢ちゃん、そしたら改めて自己紹介をさせて貰うぜ。俺は騎士王様から『先導』の称号を賜りし、グレグランドの十二騎士が一人。ルーカス・ルークだ。よろしくな」

「へ?」


 私はルーク卿が何を言っているのかが一瞬理解出来なかった。


「ん?どうしたお嬢ちゃん?」

「私の聞き間違えかしら、あなたが十二騎士?」

「おいおい、失礼な奴だな。俺はれっきとした騎士王様の一振りってやつさ」


 言動や振る舞いから、てっきり暇な騎士を充てがわれたと思っていた私は一瞬ぽかんとしてしまった。しかし、次の瞬間には失礼な態度をとってしまったと後悔が押し寄せた。


「す、すみません!私、てっきり偉そうなだけの弱くて暇な騎士だとばかり...あ!」

「謝罪した意味がないな、おい」

「すすす、すみません!」

「まぁ気にすんな。俺の悪癖ってやつでな、周りからも良く言われるんだ。言葉遣いもいつも通りにしてくれ。どうも堅苦しいのは苦手だ」


 頭を掻きながら困ったようにそう言った。本当に堅苦しい会話は苦手なようだった。


「分かったわ。ルーク卿」


「ルーカスで良い。弟と知り合いなんだろ?ルークだとややこしいからな。ちなみに弟はレイモンドだ」

「ありがとう、ルーカスさん。これからよろしくね」

「おうよ!口は軽いが腕は確かだぜ」


 一通り自己紹介と挨拶が済んだところで、ルーク卿は今後の訓練の話を始めた。食料調達を経て、多少体力がついたところで当時の私はまだまだ普通の小娘だったから、基礎的な体力作りと木刀を用いた技術訓練を行うことになった。


「体力づくりはミーシャが担当だから二人で相談してやりな」

「それじゃあルーカスさんとは技術訓練をするの?」

「おうよ。そうさなあ、この木刀をつかって閃撃の騎士から一本取るんだ。それが出来たら竜の卵を採りに行って良いぜ」

「え、閃撃の騎士って・・・」

「俺と同じ十二騎士の一人だ」


 私はいやいやいやと手を顔の前で横に振った。それを見てルーク卿は笑っていたが、その後の話を聞くと冗談でもなさそうだった。


「お嬢ちゃんが言う竜ってやつは聖界が誕生してから存在すると言われている伝説の存在だ。基本的には聖界を守護する存在だから討伐対象ではないが、卵を回収する行為そのものが伝統的な試練として扱われている。十二騎士の中でもこれを達成したものは少ないんだぜ。まあ、そもそも実力があっても挑戦していない奴が多いがな」

「ルーカスさんは?」


 私は会話の流れで質問した。


「俺は戦果で騎士になったクチだから一回も竜をみたことがねえ。だが、閃撃の騎士は竜の卵を持ち帰ることで騎士になった珍しい奴だ。だからこそ、そいつから一本とれる程度には実力をつけないといけないんだ」

「分かったわ。さっそく剣を教えて、ルーカスさん」


 木刀を構え始めた私をみて、ルーク卿がニヤッと笑った。


 「よし、それじゃあ今後の戦闘方針について話す。主な戦術だが、お嬢ちゃんには『抜刀術』をマスターして貰う」

「抜刀術?」


 あまり聞き慣れない名前だがやってやる、私はそう胸の中で宣言し、修行を始めた。



――――――――


 鍛錬を始めてから二ヶ月が過ぎようとしていた頃。


「まだまだあ!ちゃんと腰で剣を抜け!」

「はい!」


 剣の握り方、足の運び方、視線などの基本的な動作の訓練から始まり、ついにルーク卿との立ち合い訓練が始まっていた。

 抜刀術。聞き慣れないと思ったがそれもそのはずで、四界のひとつである人界の一部の地域で発展した剣術だった。基本的に腰に身に着けた鞘に剣を収めた状態で立ち回り、要所で抜刀する剣術ゆえに、剣を構え続ける必要がなく、体力に不安があった当時の私に適した戦術だった。


「かなり良くなってるが、まだアーサーから一本は取れないだろうな」


 アーサー・アスガルド、グレグランドの十二騎士にして、騎士王から閃撃の称号を賜りし騎士だ。褐色の肌に赤い瞳と黒の短髪を持つ人物で使用する聖具は短剣、閃撃の名の通りその速さは騎士王も凌ぐと言われていた。基本的には不愛想だが、人助けをしたりと世間の評判は悪くない騎士だ。


「お嬢ちゃん、一回アーサーとやってみるか」

「え、まだルーカスさんとの訓練を始めたばかりよ?」

「こういうのは最初に目標となる相手をみてから修行すると成長が早いもんなんだよ」


 私はええと言いながらも少しわくわくもしながらルーク卿の話を聞いた。


――――――――――


【二十五年前、グレグランド王国 ルーン城 近辺】


―――その日の午後、私はフードのついた外套を身に纏い、ルーン城の門前でアスガルド卿を待ち伏せていた。ルーク卿からの指示はこうだ。


「いいか、お嬢ちゃん。アーサーは基本的に不愛想で捻くれた性格をしているが悪い奴じゃない。ゆえに訓練とはいえ、事情を話してしまうと手を抜く可能性がある。だから不意打ちでアイツに斬りかかれ。ただし、顔を見られるんじゃないぜ」


 本当にこんな回りくどいことをする必要があるのか、と疑問に思いながらも私はルーク卿の言う通りに待ち伏せをしていた。


 待ち伏せを始めてから一時間ほどしてついにその姿を捉えた。長身の身体に服装は上半身にタイトな布着、下半身には黒の外套を身に着けており、鍛錬により得たであろう筋肉がタイトな布着の上から見て取れた。


「さて、どこで襲おうかしら」


 雰囲気のせいか、私の言葉もどこか物騒になっていた。

 アスガルド卿が市場へ歩いていくので私はその後をつけ、最終的には一時間ほど彼の動きを観察することになった。


「ご老人、あなたにその荷物は少し大きすぎではないか」


 彼が市場へ繋がる細路で大量の荷物を抱え、坂を上るおばあさんに声をかけた。


「ご子息はいないのか」

「いえ、家におりますよ。でも、今のあの子は酒を呑んでばかりですから。もともとは大工をしていたのですがケガのせいでそれも続けられず、新しい仕事もなかなか見つからず、今はやる気もなくなってしまって」

「―――はあ、まったく。そんな息子などそこら辺の道にでも捨ててしまえば良いのだ」


 そう言って彼はおばあさんの荷物をひょいと持ち上げてこう言った。


「ご老人、私を家まで連れていけ。ご子息に仕事を紹介しよう。この荷物は新しい労働力を手に入れに行くついでに運んでやる」


 一連の会話を聞いた私はおばあさんの家を出たところで仕掛けると決めた。いくら訓練とはいえ、人助けをしている道中で仕掛けるという卑怯なことはしたくなかったのだ。


―――――――――――


【用語】

■グレグランドの十二騎士

騎士王に選ばれし、聖界を守護する十二人の騎士。

称号は先導、不侵、久遠、全知、沈黙、金製、全治、開明、閃撃、追究、謀略、紅蓮の十二個。


【登場人物】


■マルタ・アフィラーレ・ラスパーダ

三十九歳の女性。

この物語の案内人であり、昔ばなしの主人公。

十七歳の時、故郷の村を魔物の侵攻によって失ってしまう。セーラ曰く、魔界との戦争にて活躍をした英雄。


■セーラ

マルタの昔ばなしを聞く少女。

二ヶ月ほど前からマルタの家を訪問している。

竜の卵を手に入れる実力がある(?)


■ルーカス・ルーク

二十五歳の男性、先導の騎士。二歳下の弟、レイモンド・ルークがいる。

ロングの青髪を後ろで結っている。

口調から誤解されやすいが、根は真面目で義理人情を大切にするタイプ。

使用する聖具は槍。



■ミーシャル・マーリン

セミロングの四十歳の女性。先代の騎士王から使える使用人で、奇跡を使用できる。

騎士王の身の回りから公務まで、あらゆることをサポートする。料理が得意。


■アーサー・アスガルド

二十五歳の男性、閃撃の騎士。

黒の短髪をオールバックにしている。

態度から誤解されやすいが、困っている人を見過ごせず、面倒見が良いタイプ。

使用する聖具は短剣。



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銀髪騎士の英雄譚 家ともてる @TomoteruUchi

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