Episode 5 西の山嶺、竜の卵を獲る旅へ

【現在、とある森の道】


 朝食を終えた私とセーラは私の家を取り囲む森に散歩に出かけることにした。ここ最近外に出かけていなかったから気分転換にもなり、丁度良い。


「ねーマルタ様。その腰に下げている剣は散歩に必要なの?」

「万が一のためにだ。この森にも獣はいる。最近は魔界からの侵攻が活発化しているから魔物が隠れている可能性もある」

「―――大丈夫よ。マルタ様がこの森に住んで約五年、魔物なんて見ていないでしょ?」

「五年?何を言っているんだ、セーラ。私はつい先日この森に来たばかり...」


 あれ、何かがおかしい気がした。私はこの森に五年も滞在したりはしていない。仮に一定の期間滞在していたとして「住んでいる」と言われるほどでは無いはずだ。


―――セーラはいつから私の家に来始めた?確か、二ヶ月ほど前だったはず。しかし、先日まで私は魔界の軍勢と戦い、その傷を癒すためにこの森に・・・


「――様、マルタ様?」

「セ、セーラ」

「大丈夫?ひどい顔色よ、帰る?」


 セーラが心配そうに私を見ている。一度落ち着いて、記憶のことは後でゆっくり考えよう。


「大丈夫だ、セーラ。そうだ、昔ばなしの続きを聞かせてあげないとな」

「う、うん。マルタ様が大丈夫なら」


 巨樹が立ち並ぶ森の一本道。鳥獣の気配はない、もちろん魔物の気配も。しかし、私は常につるぎに手をかけ続けている。


 これはいったい何の記憶なのか、過去を辿った先に答えがあれば良いのだが。私はそう思い、昔ばなしの続きを語り始めた。


――――――


【二十五年前、グレグランド王国】


 市場へ向かう道中にておばあさんの荷運びを手伝うことにしたアスガルド卿は左腕で荷物を抱え、右手でおばあさんの手を取りながら彼女の家に向かった。特に会話はしていなかったが、歩く速さを合わせるなど細かい気遣いをしているのが見て分かった。


 そして、彼らが家に到着し中に入っていった後、私はおばあさんの民家の屋根に上り、出口の真上に陣取った。


「お嬢ちゃん、進捗はどうだい?」

「ちょ・・・びっくりさせないでよ」


 脳内でルーク卿の声がした。どうやらミーシャの奇跡を使って城から私に直接話しかけているようだった。


「今は屋内にいるわ。私は出口の真上にいる」

「分かった。アイツが出てきたら静かに飛び降りて斬りかかるんだ、良いな?」

「了解」


―――中に入って三十分ほどして扉が開いた。


 私は木刀の柄を握り構え、扉の内側から黒色の髪が見えた瞬間、今だ!と頭から静かに飛び降りた。


 距離がぐんぐんと縮まりアスガルド卿の頭部が間合いに入った瞬間、木刀を腰から抜き斬りかかった。私は入ったと確信したが彼の右手に黒剣があるのが見え「え、ウソ」と思っている間にその時は訪れた。


 木刀が頭部に当たる直前、彼は一瞥もせずに黒剣で私の攻撃を受けた。私は空中で体勢を崩し、腹に渾身の蹴りを入れられた。


 おそらく五メートルくらい蹴り飛ばされたと思う。はらわたがひっくり返り呼吸ができず、路の上でうずくまる私に彼は低い声で問うてきた。


「貴様、何者だ」

「・・・」


 私は腹を蹴られた痛みで答えられなかった。彼が近づいてくる足音を腹を抱えうずくまりながら聞いた。目の前まで来た彼が私のフードを取り、顔を確認する。


「銀髪の少女、どこかで聞いた気がするが。――ふん、まあ良い。私に斬りかかったのだ、それ相応の覚悟はあったのだろう」


 これはまずい、そう思った時、彼の後ろに見慣れた男が現れた。


「悪いなアーサー、俺の指示なんだ。許してやってくれないか」


 現れたのはルーク卿だった。アスガルド卿は短い溜息をついて彼の方を向いた。


「先導の槍兵か。いったい何の真似だ」


 至極当然の質問だった。


「いやぁな。そこのお嬢ちゃんが竜の卵をどうしても獲りに行きたいっていうもんだから訓練をしているんだ。お前さんは一度竜を見て戦っているだろう?だから竜と対峙して生き残っている奴の実際の動きを見せて、体験して貰いたかったのさ」

「理由になっていないな。なぜ、襲う必要がある」

「お前、事情を知ったら手を抜くだろう」

「何を言うかと思えば。そんな名前も知らぬ小娘の身体を心配する義理は私にはない、手を抜くわけがなかろう。むしろ、立ち合うことでその舐めた目的を後悔させようというものだ」

「お、そうかい。だったらたまに相手をしてやってくれ。次は七日後だな」

「お、おい。いったい何を…」

「それじゃあ頼んだぜ。場所は修練場だから間違うなよ」


 そう言ってルーク卿は私を抱えて走り出した。こんな方法で本当に良かったのだろうかと思ったが、その七日後、修練場に行くとアスガルド卿の顔があった。


「―――遅いぞ、娘。私も暇ではないんだ」

「―――よろしくお願いします、マルタです。あの、来てくれてありがとうございます」

「ふん、アーサー・アスガルドだ。私に依頼したこと後悔させてやる」


 こうして私は基礎的な技術訓練をルーク卿と、実践をアスガルド卿と行うことになったのだ。


――最終的に私がアスガルド卿から「まあ良いだろう」と言われたのは出会った日からさらに三ヶ月の時が経った頃だった。


 結局アスガルド卿から一本を取ることは叶わず、私としては非常に悔しい思いだったが、竜に挑んだ当時の彼に一本は入れられるだろうとのことだった。


「おいおい、まだ一本取れていないのに良いのか、アーサー」


 ルーク卿が不満そうに尋ねた。


「問題ない。立ち合いの際は竜の俊敏さを再現していたが、最近は眼も良くなって躱せるようになっている。そこまでくれば私に一本を入れられるかなど些末な問題だよ。結局、一本程度であの竜にダメージは期待できない」

「はあ、はあ。やった…これで卵を獲りに行ける…」


 私は肩でぜえぜえ息をしながら合格を喜んだ。ルーク卿は合格を記念して宴だとはしゃいでおり、後で合格の報告を聞いたミーシャは「そうですか。おめでとうございます」と一言のみであった。


 だが次の日の晩、宴の場では顔を赤くしたミーシャが右にルーク卿、左にアスガルド卿を据え、少し目を潤ませながら合格して良かったと連呼していたので、ちゃんと私の合格を喜んでくれているようだった。


 そして宴の翌日、私は旅に出発したのだ。


―――――――――――


【二十五年前、グレグランド王国】


 私は鶏の鳴き声に合わせて起床し、その日を迎えた。ルーク卿とミーシャとは国の壁門で待ち合わせていた。アスガルド卿は騎士王様からの勅命により、宴の後すぐに出発してしまっていたが。


 朝食を早々に済ませた私は荷物の確認を始めた。


「水袋、干し肉、羽根ペン、ノート、インク、巻布、ナイフ、ブラシ、ランタン、衣服…っと。よし!大丈夫かな」


 最低限の荷物をリュックサックに詰め、私は城内庭園の小屋を出た。修練を積み、体力をつけた私でも壁門までは走って三十分ほどかかった。


「おっ、やっと来たな。お嬢ちゃん」

「十分の遅刻ですよ。マルタ様」


 ルーク卿とミーシャが門の処で待っていた。


「ごめんごめん!荷物確認に時間がかかって」

「ったく」

「だから謝っているでしょ?それより何なの、私に渡したい物って」


 私は前日にルーク卿から、当日に渡したい物があると言われていたのだ。


「おう!渡したい物ってのはこれさ」


 そう言った彼がほいっと何か長いのを布で包んだものを投げ渡してきた。


「おっと...!投げないでよ、落としたらどうするの」

「まー良いから開けてみな」

「もう、分かったわよ」


 丁寧に布に包まれたそれを開けると、そこからは美しいつるぎが出てきたのだ。


 握りは深い青色。銀色のつばには握りの青色を使い、水面と月を表すラインが描かれていた。

刃は真ん中に青を地色とした軸があり、それを囲むように銀色の刃がついていた。


 鞘は青色を地に銀色のラインでグレグランドのシンボル、剣の王冠が描かれていた。


「綺麗な剣...」

「だろ?その剣は特別製でな。俺が材料を採ってきて刀匠に製作を依頼したんだ。鞘のシンボルはミーシャが描いたんだぜ」

「ルーク卿、余計なことは伝えなくてよろしいかと」

「照れんなよ、ミーシャ」

「照れてはおりません」


 今思いだすと、ミーシャは少し恥ずかしそうにしていた気がする。


「ありがとう!ルーカスさん、ミーシャ」

「弟子が旅立つってのに、何もないのは少し寂しいじゃねぇか」

「え、私はルーカスさんの弟子だったの?」

「おいおい」

「冗談よ、ありがと。それじゃあ―――出発するね」

「マルタ、ちょいと待ちな。この旅にはお供がいるんだ」

「お供?」


 そうルーク卿が言うと門に一台の荷馬車がやってきて、そこには見慣れた顔が乗っていた。


「おーい!嬢ちゃーん!」

「ルーク...さん?」

「あぁ、俺の弟のレイモンドだ。マルタのことをずっと気にかけていてな。今回の話しをしたら一緒に行くって言い出して聞かなかったんだ」


 ルーク卿の弟のレイモンド・ルークと合流した私はついに出発の時を迎えた。


「じゃあ行ってくるね、ルーカスさん、ミーシャ。帰ったら一緒に竜の卵を食べましょ」

「マルタ様、道中お気をつけて」

「おう!行ってきな。命だけは落とすなよ。挑戦は何回でも出来るんだ」


レイモンドとルーク卿が顔を合わし、軽く頷いた後に荷馬車は出発した。

彼らは私達が見えなくなるまで門の前に立っていた。ミーシャはハンカチを顔に当てているように見えたから泣いていたのかも知れない。


「さて、嬢ちゃん。最初はどこに向かおうか?」

「そうね、竜の巣はグレグランドの西にある山の頂上にあるらしいわ」

「なるほど。だったら精人の国、サンサント王国に行くのが良いかもな」

「精人の国?」

「あぁ、精霊と人の混血が作った国だ。人口は五万人ほどの小さな国だな。災いからその身を守る『精霊の加護』とやらを受けることが出来るらしい」

「へー!興味が湧いてきた。そこに行ってみましょう!」

「了解」


こうして私とレイモンドは竜の卵を求める旅を始めたのだ。


――――――――――


【用語】

■グレグランドの十二騎士

騎士王に選ばれた聖界を守護する十二人の騎士。

称号は先導、不侵、久遠、全知、沈黙、金製、全治、開明、閃撃、追究、謀略、紅蓮の十二個。


■サンサント王国

精霊と人の混血者が作った国。

実際の居住種族は精人と人である。

精霊との混血者が多いため「奇跡」の使用が生活の一部になっているのが特徴。


■奇跡

神、聖なる種族が起こす現象の総称。

そのエネルギーは未知のもので「魔力」とは異なる。魔力を使って奇跡を起こすと勘違いされることが多い。

主に聖界、神界で使われている。


■精霊

一種の意志を持つ高エネルギー体。姿は人や動物、植物の場合もある。特殊な現象を意図的に引き起こす「奇跡」を扱う。

元を辿るとは神界と聖界が分かれた時代に聖界に留まることを選んだ神と言われており、実際にその神性は高い。


【登場人物】


■マルタ・アフィラーレ・ラスパーダ

三十九歳の女性。

この物語の案内人であり、昔ばなしの主人公。

十七歳の時、故郷の村を魔物の侵攻によって失ってしまう。セーラ曰く、魔界との戦争にて活躍をした英雄。

現在、記憶の混乱が見られるがいったい…


■セーラ

マルタの昔ばなしを聞く少女。

二ヶ月ほど前からマルタの家を訪問している。

竜の卵を手に入れる実力がある(?)


■ルーカス・ルーク

二十五歳の男性、先導の騎士。二歳下の弟、レイモンド・ルークがいる。

ロングの青髪を後ろで結っている。

口調から誤解されやすいが、根は真面目で義理人情を大切にするタイプ。

使用する聖具は槍。


■ミーシャル・マーリン

セミロングの四十歳の女性。先代の騎士王から使える使用人で、奇跡を使用できる。

騎士王の身の回りから公務まで、あらゆることをサポートする。料理が得意。


■アーサー・アスガルド

二十五歳の男性、閃撃の騎士。

黒の短髪をオールバックにしている。

態度から誤解されやすいが、困っている人を見過ごせず、面倒見が良いタイプ。

好きな武器は短剣。


■レイモンド・ルーク

二十三歳の男性。青髪の長髪を後ろで結っている。

グレグランドを拠点とする商人で護身術の心得がある。二歳上の兄、ルーカス・ルークがいる。

お酒好き。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

銀髪騎士の英雄譚 家ともてる @TomoteruUchi

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画