Episode 3 挑むは課題、巨樹の森の食材採集

【現在、とある庭園】


「ふーん。そのルーク卿って良く分からないわね。剣の素振りとかをした方が良さそうなのに」


 セーラがルークの訓練方針に対して気に入らないといった表情をしている。


「当時の私もそう思ったが、ルーク卿と私では経験値が違う。つまり考えの深さが違いすぎて本意に気付けなかったのだろうな。私も昔はセーラと同じだったわけだ」

「昔は同じかぁ、なかなか良い響きね」


ぽつぽつぽつ...


その時、雨が降り始めた。


「あーせっかく良いところなのに!」

「中に入ろう、セーラ」


 頭に当たる雨が強くなるのを感じながら、セーラと家の中に入った。


「少し濡れてしまったな。セーラ、お風呂に入ると良い。蛇口をひねればお湯が出る」

「お風呂、良いわね!マルタ様もいっしょに入りましょう!」

「いや、私はセーラの後で...」

「いっしょに入るの!」


 やれやれ、セーラには自分勝手、傍若無人ぼうじゃくぶじんという言葉がぴったりだな。まあ私も昔はこんなだったような気がするから、ミーシャは大変だったのだろう。


―――そんなこんなで今、私はセーラを後ろから抱くようにして、湯船に浸かっている。


「マルタ様、それでどうなったの?次の日から課題を始めたのよね」

「ここで話すのか?のぼせてしまうぞ?」

「いーいーのっ!」


 頭の中でのぼる湯気に記憶の景色を映しながら私は続きを話し始めた。


―――――――――――


【二十五年前、グレグランド王国 ルーン城 調理室】


 ルーク卿から課題を貰った明朝、私は使用人のミーシャと調理室にいた。


「ではマルタ様、本日は何の料理をお作りになりますか?」

「うーん、そうね。シチューとかはどう?」

「何でも構いませんよ」

「私はミーシャの好きな料理を聞いてるんだけど」

「私は何でも好きです」


 基本的にミーシャは人柄が分かりにくい人だった。今考えると使用人は個人の意見を大きく主張できる立場ではなかったから仕方がないのだが。


「分かったわ。ならシチューにする」


 そう言って私は材料が揃っているのかを確認するために貯蔵庫を開けた。


「あれ?何もない」

「マルタ様、ルーク卿より伝言を預かっております」

「伝言?」

「はい。『お嬢ちゃん、条件を言い忘れていた、すまんすまん!基本的に食材や調味料は自然から調達しな!何かを買うにしてもお金は自分で稼いで買うこと!分かったな!じゃ、あとは頑張りな!』とのことです」

「ミーシャの声真似にびっくりして内容が入って来なかったわ」

「食材と調味料は自分で調達。買う場合はそのお金をご自身で稼ぐこと、この二点でございます」

「なるほど、なかなか大変ね。―――ではミーシャ、さっそく森に出かけましょう」

「承知いたしました。馬を連れてきます」


 その後、城門の前でミーシャが前、私が後ろで馬にまたがり、森に出かけたのだ。


―――――――――――――


【二十五年前、グレグランド王国より北 ルーンの森】


 シチューで使用した材料はこんな感じで、どれも市場でもよく並んでいるのを見かける普通の食材を選んだ。


・聖樹の樹液(クリーム)

・夜鳴き鶏のもも肉

・万層玉ねぎ

・深層じゃが芋

・レイピア人参

・乱沸油

・精霊の泉の水

・深林牛のミルク


「マルタ様、もうすぐルーンの森に到着しますよ」


 前で馬を操るミーシャが私に声をかけた。


「わぁ...ルーンの森の樹ってとっても大きいのね」

「ええ、聖界で五本の指に入る大きさで、高さ百メートルを超える樹木です。その丈夫さから色々な物に使われていますよ」


 そんな会話をしながら私達はルーンの森の入口に到着して、馬を降りた。


「マルタ様、念の為申し上げますが、私は基本的に手助けを致しません。あなたの命が危険な場合は別ですが」

「そんなこと、分かってるわ。私もう十七歳よ?課題の意味くらい知っているの」

「そうですね。では初めは何を採りに向かいましょう?」

「うーん、今は昼だから夜鳴き鶏は捕まえられないし。うん!野菜を集めましょう!まずは万層玉ねぎよ」

「承知しました。ではどうぞお先に」

「うむ、苦しゅうない」


 こうして私とミーシャはルーンの森に入って行った。


――――――――――


 森に入ってから一時間ほどで目的地に到着したのだが、普段市場に並ぶ食材しか見てこなかった私は万層玉ねぎの大きさに度肝を抜かれた。


「ミーシャ...これって...」

「はい、マルタ様。万層玉ねぎです」

「玉ねぎって...これ。高さ何メートルよ!」

「およそ五メートルくらいかと。中心部に行くほど甘みが強く、その甘みを狙ってくる外敵から身を守るために万の層を形成するそうです」

「美味しい部分は何層くらいなの?」

「そうですね...市場に並ぶのが十五センチほどですから三十層ほどでしょうか」

「なるほど。そこまでの九千九百七十層は剥かないといけないってことね」

「そうですね。諦めますか?」

「何を、私が諦めるわけないでしょ!あのルークとかいうおじさん騎士に『もっとマシな課題を持ってこい』って言ってやるんだから!」


 ここから玉ねぎを傷つけ無いように素手で皮を剥き始めるのだが、結果として二日もかかってしまった。一日中、玉ねぎに向き合うのは涙が止まらなくなり難しいので、夜は夜鳴きどりの捕獲で暗い森の中を走りまわった。


「はーっ!やっと剥けた!」

「お疲れ様でした、マルタ様。これで食材が二つ集まりましたね」

「ミーシャ、このままだと食材集めに時間がかかって腐ってしまうわ。どうしよう...」

「城の食料庫に転送致しましょう。たしかにこのままでは全ての食材が集まるのに二週間ほどかかりそうですから」


 転送って何、と私が思っている間にミーシャは何やら詠唱えいしょうを始めた。


「主よ。万物、その存在を如何いかなるところにて許したまえ。エアリズーラ」


 目の前で食材が白い光(光の綿毛のよう)に包まれて消えた。

 奇跡。それはこの世界で起こる不思議な現象の一つでよく魔法と比較されるものだった。セーラも知っているとは思うが、奇跡は精霊、魔法は魔物が使用するものだ。


「びっくりした。ミーシャは奇跡が使えるのね。初めて見たわ」

「私は騎士王様の使用人でございますゆえ、簡単なものは一通りおさめていますよ」

「ふーん、今度教えてよ」

「それは私の業務ではございませんので」

「何よ、けち」


 次に私達は聖樹の樹液を採りに向かった。聖樹は個体によって樹液の味が異なり、外見からの判断が難しかった。


「うわっ、この樹液はすごく苦いわ。ミーシャ、何とか外見で見分ける方法はないの」


 私が尋ねるとミーシャは一言、できますよと言ってヒントを与えはしなかった。そこから私は樹木の特徴と味の関係をメモし、その法則を見つけようとした。最終的に丸一日、合計五十本近くの樹液を舐め続けて、ようやくその法則をみつけた。


「やっと分かったわ、ミーシャ。この樹、一つの枝についている葉の数と表面についている苔の面積で味が変わっているわ。たぶん、葉の数は陽の光をどれだけ浴びれるのか、苔はどれだけ栄養を吸収されているのかってことよ」


 ミーシャは少しびっくりしたような表情をしていた。


「正解です。しかし、想像より早かったですね」

「もともと森の中で薬草とかを集めていたからね、少しは植物のことを分かっているつもりよ」


 その次の日、深層じゃがいもとレイピアニンジンを採った。この二つは単純に地中深くに埋まっている食材だったからひたすらに掘り続けて収穫した。かなりの重労働で、その日の夜には全身が筋肉痛になったのを覚えている。


 乱沸油の収穫が一番難しかったかもしれない。あの油が湧き出る泉は常に沸点が変化している状態で、突沸するのだ。そして一度、泉からすくうとその油の性質は変化しなくなる。故に油の状態を常に観察し、己が望む性質のタイミングで採取する必要があった。この油の採取には二日ほどかかってしまった。


 その日の夜、キャンプ地でミーシャと焚火を囲み、この一週間のことを振り返っていた。


「ねえミーシャ」

「はい。マルタ様」

市場いちばに並ぶ野菜。あれを採ってくるのって大変なのね」

「はい。そうですね」


 キャンプ地で美しい星空を眺めながら私はミーシャにそう言った。森に入ってからは一週間が過ぎようとしていた。


――――――――――


【現在、とある庭園】


「ふーすっかりのぼせちゃったわ」


 ほらみたことか。私の忠告通りではないか。


「セーラ、もう日が沈み始めている。そろそろ帰らねば親が心配するぞ」

「――私の親は大丈夫よ。それより続きを話してくれない?お礼に夕食は私が作るわ」

「セーラが...料理?」

「何よ?これでも人に振る舞うくらいの料理をつくる腕はあるわよ。普段から作っているのだから」

「そうか、なら頼む。...良いか?刃物の扱いは気をつけて、火の消し忘れも注意してくれ」

「私に任せなさい。あ、お話の続きは聞かせてね」


 そう言って台所に立つセーラの背を見ながら私は話を続けた。


―――――――――――


【二十五年前、グレグランド王国より北 ルーンの森】


 残りの食材は精霊の泉の水と深林牛のミルクだが、どちらもルーンの森の深奥にある食材のため、私とミーシャは朝早くにキャンプ地を出発して調達に向かった。


「ねーミーシャ。精霊の泉ってホントに精霊がいるの?」

「私も直接お会いしたことはございません。しかし、騎士王様の母君が住んでいる泉との噂です」

「どういうこと?騎士王様のお母さんは精霊なの?」

「元来、我々人は魔力を生み出すことが出来ません。しかし、騎士王様はそれが出来る。つまり、人と人の子では無いという噂があるのです」

「でも騎士王様の出産にミーシャは立ち会ったんじゃないの?」

「実は誰も騎士王様の誕生を見てはいないのです。当時、先代の騎士王様はよくこの森に出かけていらっしゃいました。そしてある晩、子どもを授かったと現騎士王様を抱いて戻られたのです」


 そこからというものミーシャは無言のまま歩き続けて陽の高さが頭を過ぎた頃、私達は精霊の棲む泉に到着した。


「わぁ、これが精霊の泉...」


 そこはとても幻想的な場所だった。巨樹が立ち並ぶ森林で、そこだけぽっかり穴が空いたように空間が広がっていた。まるで誰かが管理しているかのように背丈を同じにした低い草が泉の周りを絨毯のように囲んでいた。そして、泉の中心には浮島があり、色とりどりの花が咲き乱れていた。


「マルタ様、森林牛がいます」

「あ、ホントだ。道中一回も見なかったのに」

「深林牛は名前の通り、ルーンの森の深奥にしかいません。性格は大人しいのですが、ルーンの森を出ると手が付けられないほど獰猛化するので、家畜化出来ないそうです」


 ミーシャの解説を聞いた後、私は搾乳するために深林牛にそろりそろりと近づいた。


「すごく大人しい。ちょっと可愛いわね」


 搾乳を終えた私は戻るついでに泉の水をボトルに入れ、ミーシャの元に戻った。


「おめでとうございます、マルタ様。これで全ての食材が揃いました」

「やっと終わったわ、もうクタクタよ」

「そうですね。しかしこの一週間は無駄では無かったと思いますよ?体力も少しついたように見えます」


 では帰りましょうと歩き始めたミーシャの後ろを着いていこうとしたその時、女性の声がした。


「マルタ、アリスをよろしくね」


 驚いて振り返ると泉の真ん中、花畑の上に騎士王様そっくりの女性が立っていた。


「ミ、ミーシャ...」


 ミーシャの名前を読んで、再び泉を見ると女性は居なくなっていた。


「どうされました?マルタ様」

「...いえ、何でも無いわ」


 あれが泉の精霊だったのだろうか、もしくは雰囲気に当てられた私がみた幻だったのだろうか。いくら考えても当時の私には分からなかった。とにもかくにも、こうして私とミーシャは食材を全て手に入れ、グレグランド王国への帰路についた。


―――――――――――


【用語】


■ルーンの森

グレグランド王国から北に10kmほどの場所にある森。聖界きっての巨樹の森でさまざまな動植物が生息する。

森の中心部には泉があり、森を守る精霊が棲むと言われている。


■奇跡

神、聖なる種族が起こす現象の総称。

そのエネルギーは未知のもので「魔力」とは異なる。魔力を使って奇跡を起こすと勘違いされることが多い。

主に聖界、神界で使われている。


■魔法

神、魔なる種族が起こす現象の総称。

エネルギー源は魔力と呼ばれ、世界に広く認識されている。純粋な人は魔力をつくる事ができないため、魔力を溜め込んだ道具、魔具を用いることで魔法を使える。

主に神界、魔界で使用される。


■精霊

一種の意志を持つ高エネルギー体。姿は人や動物、植物の場合もある。特殊な現象を意図的に引き起こす「奇跡」を扱う。

原典は神界と聖界が分かれた時代に聖界に留まることを選んだ神と言われており、実際にその神性は高い。


【登場人物】


■マルタ・アフィラーレ・ラスパーダ

三十九歳の女性。

この物語の案内人であり、昔ばなしの主人公。

十七歳の時、故郷の村を魔物の侵攻によって失ってしまう。セーラ曰く、魔界との戦争にて活躍をした英雄。


■セーラ

マルタの昔ばなしを聞く少女。

二ヶ月ほど前からマルタの家を訪問している。

竜の卵を手に入れる実力がある(?)


■騎士王

二十二歳の女性。聖界最大の国、グレグランドの十代目国王。

王としての彼女は常に冷静で、裏切り者を容赦なく殺す冷酷さから氷の王と呼ばれることもある。


■ルーカス・ルーク

二十五歳の男性。二歳下の弟、レイモンド・ルークがいる。

ロングの青髪を後ろで結っている。

口調から誤解されやすいが、根は真面目で義理人情を大切にするタイプ。

使用する聖具は槍。



■ミーシャル・マーリン

セミロングの四十歳の女性。先代の騎士王から使える使用人で、奇跡を使用できる。

騎士王の身の回りから公務まで、あらゆることをサポートする。料理が得意。

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