Episode 2 天姿国色、一騎当千の王

【二十三年前、グレグランド王国 ルーン城 玉座の間】


 玉座の間は一面に背の低い草が植えられており、絨毯のようになっていた。そして部屋の中心に玉座へ伸びる階段があり、天井に張られたドーム状のステンドグラスから柔らかい光が部屋を照らしていた。


 中にいるのは騎士王と私の二人だけであり、騎士王は青をベースにした布製の衣服に金色の鎧と青色のマントを纏い、腰には聖剣と思われる剣を差していた。表情は天井からの逆光で良く分からなかった。


 当時の騎士王はその実力と指導力をもって周囲から羨望の眼差しで見られる一方で、冷酷な噂も絶えないお方だった。人づてに聞いた話では女性が騎士になることに対して厳しいらしく、食い下がってきた女を不敬罪で斬ったという噂もあったのだ。


「そなたがクク村の生存者か?」

「はい、騎士王様。マルタ・アフィラーレ・ラスパーダと申します」

「ラスパーダ...」


 騎士王は私の名前に心当たりがあるような反応だった。


「この度の悲劇、誠に残念であった。今後、二度と同じ悲劇を起こさぬよう魔物の情報が欲しいのだ。何か見たり、聴いたりはしてはおらぬか?」

「私が見たのは魔人と戦う双剣使いの騎士様、一人のみでございます。彼は私を逃がそうと魔人に腹を突かれましたが、最後の力で魔人の左腕を切り落としたのでございます」

「なに?魔人に腹を突かれ、左腕を切り落としたと」

「は、はい。私にはそう見えました」


騎士王様は何かを考えるように下を向いた。


「分かった。感謝する、勇敢な少女マルタよ。今後の身の振り方についてはゆっくり考えると良い」

「待って下さいっ!」


 声が大きくなってしまい、私は慌てて口を押さえた。


「他に何か?」


 騎士王は落ち着いた声で問いを投げかけてきた。


「わ、私...騎士になりたいんです」


私は震える声で伝えた。


「そなたが騎士だと?」

「は、はい。騎士になって村を襲った魔物を...」


 そう言うと騎士王が立ち上がり、階段を降り始めた。どうしよう、私も斬り捨てられるのかもしれない、そう考えると私は顔を上げられなかった。膝を地面につき、頭を下げる私の前に騎士王がきた。斬られると思った瞬間、騎士王は私の右肩に左手を置いた。


「面を上げよ、マルタ。しかと前を見据え、歩み続けるのだ。さすれば自ずと道は拓かれよう」


 顔をあげ、騎士王の顔を見るとそこには金の髪を後頭部でまとめた、若く美しい女性が私に向かって優しく微笑んでいた。


「騎士になるためには二つの方法がある。一つは戦果を上げること、もう一つは竜の卵を手に入れることだ」


 当時、竜の卵は一人前の騎士になるために用いられてきた伝統的な試練だった。


「そなたは竜の卵を手に入れるのが良い。難易度とは別に、竜の卵にはそなたが騎士になるための身体作りに必要な要素が全て含まれている。きっと役にたつ」


 騎士王はそう言ってマントをひるがえし、玉座に戻った。


「マルタよ。まずは身体を休め、準備を整えよ。そして竜の卵を持ち帰るのだ」


 そう言い終わると騎士王は鎧兜を身に着け、使用人を呼んだ。


「マルタ様、どうぞこちらへ」


 私の次の謁見者が入れ替わり入っていく。


「騎士王様、人界の代表との会合ですが...」


 扉が閉じ、騎士王の姿が見えなくなった時、私は安堵した。私は騎士を目指すことを許されたのだ。


___________


【二十三年前、グレグランド王国 ルーン城 庭園の小屋】


「マルタ様、今後のことで騎士王様より伝言がございます」


 城の庭園にある小屋に案内された私はミーシャル・マーリンという名の使用人から今後の説明を受けていた。話を聞くと彼女は先代騎士王から使えている従者らしかった。


「まず、この半年間は鍛錬に専念し身体を作れとのことです」

「すぐに出発ってわけじゃないのね」

「今のまま行かれてもよろしいですが、まぁ犬死にでしょうね」


 ミーシャ(彼女の呼び名)から説明を受けていると、一人の騎士が入ってきた。青髪のオールバックで、長髪を結っており、上半身はタイトな布着、下半身には防具を纏っていた。


「おいおい、ミーシャ。俺も暇じゃないんだぜ?何だってガキの世話をしないといけないんだ」

「あら、早いお着きでしたね。マルタ様、こちらはあなたの指南役に任命されましたルーカス・ルーク卿です」

「ルークおじさん!?」

「おじさんって、いきなり失礼なお嬢ちゃんだな。俺はれっきとした騎士様でまだ二十五歳だぜ?」

「私を助けてくれた人にそっくり...」

「あーもしかして弟のことか?なるほどなぁ、アイツ今は商人やってんのか」


 言われると言葉遣いも似ていたように思う。


「ではルーク卿、後はよろしくお願いしますね」

「ちょいと待ちな、ミーシャ。お嬢ちゃん、お前さんに課題を与えよう」


 私はさっそくか、と身構えた。


「お前さんの課題は...」


ゴクリと唾を飲み込む。


「料理でミーシャに美味いと言わせる、だ」


 ニカッとした笑顔で私の目線の高さまで顔を下げてきて、彼はこう言った。


「り、料理?」

「あぁそうさ!ミーシャに一度でも美味いと言わせたら本格的な訓練に入る。美味いと言わせるまでは訓練も始まらない。お嬢ちゃんの目的も達成できないってことだ」


 そう言って背中を向け、スタスタと去り始めたルークを私は呼び止めた。


「ちょっと待って!なんで料理なの?私は早く騎士になりたいの、もっとちゃんと指導してよ!」


 ルークがピタッと止まり鋭い目線で振り返った。


「おいおい、言われた課題を達成出来ねぇで偉そうなことを言うもんじゃねぇぜ、お嬢ちゃん」


 刺すような視線を向けられて私は一歩、後ろに下がった。


「ふっ...まー頑張りな。楽しみにして待ってるぜ」


 そう言い残してルークは去って行き、庭園にはミーシャと私だけが残された。


「はー...あの方はいつも。それではマルタ様、明日からよろしくお願いしますね」


 騎士になるための最初の修業はまさかの料理だった。

___________


 ルークがいなくなった後、私はお茶を飲みながらミーシャとお話をしていた。今後、私を担当する上で人柄や背景を知りたかったそうだ。


「マルタ様にご家族はいらしたのですか?」

「ええ、母と私の二人暮らしだったわ。父はいるんだろうけど一度もあったことは無いの。その母も魔物に…」

「モノアーム卿の報告では助かったのはマルタ様のみだそうです」

「モノアーム卿ってもしかしてあの時の騎士?」

「はい、そうです。モノアーム卿はグレグランドの十二騎士の一人、沈黙の称号を騎士王様から頂いているお方です。クク村は彼の担当地域です」

「グレグランドの十二騎士?」

「この国には騎士が大勢おりますが、その中でも卓越した技術や能力を有し、騎士王様に認められた方々です。先導、不侵、久遠、全知、沈黙、金製、全治、開明、閃撃、追究、謀略、紅蓮の十二称号がございますね。次代の騎士王もその中から選ばれるんですよ」

「その中に女性はいるの?」


 私は自身の可能性、この国で騎士として魔物を壊滅させる実力をつけることが出来るのかを確かめるためにミーシャに訪ねた。


「紅蓮の騎士、サーシャル卿ですね。彼女は最近十二騎士に選ばれたお方で、歳は二十歳だったと思います。マルタ様は・・・」

「私は十七歳よ。あの良く分からない『おじさん』じゃなくてその人に指導を貰えないかしら」


 私は失礼なことを言ってしまったと思い、はっとした。恐る恐るミーシャの方を見ると彼女は口元を抑えて横を向き、小刻みの体を震わせていた。


「んっ・・・あの方は確かに言動が粗暴で態度も軽薄ですが、騎士王様に選ばれたお方ですから、マルタ様が心配する必要はないかと」

「ところで何をしたら騎士王様に認められて称号を貰えるの?」

「決闘です。騎士王様と三日三晩、剣を交えて、その刃を当てることが出来たら合格です」

「聖剣と勝負なんて無理に決まっているじゃない」

「いえ、聖剣を使用できるのは挑戦者のみですよ。それでも騎士王様から一本を取るのは至難の業です」


 話が盛り上がってきたタイミングでミーシャは紅茶を入れ直し、お茶菓子をもってきてくれた。


「騎士王様はとんでもなく強いのね」


 私は美味しい紅茶とお菓子を頬張りながらミーシャに訪ねた。


「ええ、それはもう」

「今日、顔を見たけどあんなに若くて綺麗で強いなんて、神は一人に二物をあたえることもあるのね」


 私の言葉を聞いたミーシャは口を小さく開け、びっくりした表情でこちらを見ていた。


「マルタ様、騎士王様のお顔を拝見されたのですか」

「え、ええ。金の髪を後ろで結っていて、歳は二十代くらいかしら」


 ミーシャは少し考えるような仕草をして、私にこう言った。


「そのことは他の誰にも言ってはなりません」

「え、どうして。そもそも皆知らないの?」

「『男は騎士として国を、女は母として家庭を守るべし』、法律として定められているわけではないのですが、こういった言葉がグレグランドには古くから存在します。故に女性の騎士に対して良く思わない者も多い」

「何よ、それ。実力があれば女が騎士になったって良いじゃない」

「実際に昔の女性は小柄で、そんな言葉が生まれてしまうほどの実力差があったのでしょう。やはり体力などは性別の差が出てしまいますから。しかし、今は訓練・教育が発達し、身体では劣ってしまう女性が技術や柔軟さで勝負できる時代になりつつあります」


 ミーシャはすこし寂しそうな表情を浮かべていた。彼女も昔、騎士に憧れ、目指した時期があったのかもしれない。


「もし、我々が羨望し、同時に畏怖する存在である騎士王様が『女』だと知れたらグレグランドの内部が分断する可能性が出てきます。それだけは避けたい。サーシャル卿も『男』である騎士王から一本取った、という実績があるから受け入れられているのです」

「分かった。このことは他言しないわ」

「ありがとうございます、マルタ様。世間からは冷酷な王という印象を持たれていますが、本来、彼女は心優しいお方なのです」

「私もそう感じた。だからこそ、今はその場に居てもらわないと困るの、私の目的のためには騎士王様の協力が必須だから」

「お聞きするのを失念しておりましたが、マルタ様が騎士を目指す目的は何ですか?」


 私は間を置くことなく静かに、だが確かな復讐の黒い炎を内に宿しながら答えた。


「そんなの決まっているわ。故郷を奪った魔物どもを、魔界を滅ぼすためよ」


___________


【用語】


■聖具

精霊に認められ、精霊の力をその身に宿す道具や武器。


■魔物

魔界に生息する化け物の総称。

体内で魔力を生成でき、それを利用して魔法を扱える。


■グレグランド王国

選ばれし英雄。騎士王によって統治される聖界最大の騎士の国。

騎士の中でも英雄と呼ばれる、グレグランドの十二騎士は聖界全域を守護する存在で「彼らなくして今の聖界なし」とまで言われる。


■グレグランドの十二騎士

騎士王に選ばれし、聖界を守護する十二人の騎士。

称号は先導、不侵、久遠、全知、沈黙、金製、全治、開明、閃撃、追究、謀略、紅蓮。


【登場人物】


■マルタ・アフィラーレ・ラスパーダ

三十九歳の女性。

この物語の案内人であり、昔ばなしの主人公。

十七歳の時、故郷の村を魔物の侵攻によって失ってしまう。セーラ曰く、魔界との戦争にて活躍をした英雄。


■セーラ

マルタの昔ばなしを聞く少女。

二ヶ月ほど前からマルタの家を訪問している。

竜の卵を手に入れる実力がある(?)


■騎士王

二十二歳の女性。聖界最大の国、グレグランドの十代目国王。

王としての彼女は常に冷静で、裏切り者を容赦なく殺す冷酷さから氷の王と呼ばれることもある。


■ルーカス・ルーク

二十五歳の男性。二歳下の弟、レイモンド・ルークがいる。

ロングの青髪を後ろで結っている。

口調から誤解されやすいが、根は真面目で義理人情を大切にするタイプ。

使用する聖具は槍。


■サラ・サーシャル

二十歳の女性。紅蓮の称号を騎士王から与えられた騎士。

使用する聖具は戦斧。


■ミーシャル・マーリン

セミロングの四十歳の女性。先代の騎士王から使える使用人。

騎士王の身の回りから公務まで、あらゆることをサポートする。料理が得意

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る