勇者と魔王がコミュ障すぎて戦いが全然始まらない

巫有澄

勇者と魔王がコミュ障すぎて戦いが全然始まらない

ここは魔王に征服された世界。

そんな魔王を倒すために一人の勇者が魔王城にやってきた。


「ついにここまで来たか…」


その勇者は、ついに魔王のいる部屋の扉の前までやってきた。

しかも単独でだ。


ちなみに、この勇者はなぜかパーティを組もうとはしない。

魔物討伐は全て単独で行ってきた。


このことから、彼は凄腕の勇者であり、パーティを組む必要がないほど強いのだとか噂されるようになった。


そして現在、ついに魔王城に到達したわけである。


「よし…行くぞ!」


彼は扉を開ける。

その先にいたのは頬杖をつきながら玉座に座っていた魔王だった。


しかもその魔王、なんと女だったのである。

勇者を見て、魔王は立ち上がった。


『コイツが魔王か…』(心の声)

『コイツが勇者なのね…』(心の声)


二人は数秒間見つめ合って…それだけだった。

それからまた、一分間くらい見つめ合っていたが、なんの会話もなかった。


『ど、どうしよう?コイツが魔王なのは分かったけど…この後どうしよう?勇者と魔王って戦う前に何か会話しておくのが一般的らしいけど…でも僕、コミュ障で人と話せないから無理だ…』


『ど、どうすればいいの?コイツが勇者なのは分かったけど…この後どうすればいいの?勇者と魔王って戦う前に何か会話しておくのが一般的らしいけど…でも私、コミュ障で人と話せないから無理だわ…』


なんと二人は全く同じことを考えていた。

そう…。

何を隠そうこの二人は…どちらもコミュ障なのである!


勇者がパーティを組まないのは、人に話しかけること自体が無理だから。

ちなみに何度か彼を誘ったパーティもいたが、彼の返答は「あ、あ」とか「え、え」とかそんなもんだけである。

もしパーティを組めたとしても、仲間と話す度に緊張してしまい、コミュニケーションが上手く取れないことを危惧しているのである。


ちなみに魔王もコミュ障で、誰かと話すのが大の苦手であるため、こうして一人で魔王の部屋に引き籠もっているのである。


『とりあえず会釈だけしておこう…』

『とりあえず会釈だけしておこうかしら…』


敵同士でありながらお互いに会釈する二人。

ここで陰キャの特徴が出てしまった。

知り合いと偶然出会っても、会話がなければとりあえず会釈だけして済ますのが陰キャ。


ちなみに陰キャ同士が初対面だと、お互いの顔を見つめ合い、「頼む!そっちが先に話しかけてくれ!」と言わんばかりの表情を見せるのだが、もちろん話しかけることはできない。


『何か一言でも話さないと…』


そう思い、ついに勇者は口を開こうとする。

…が。


『あーっ!やっぱり無理!僕、初対面の人に話しかけられないんだよ!相手は人じゃないけど…』


勇者は考えていることが顔に出ているようで、魔王も心の中で反応する。


『あーっ!なんでそこまでいったのに急に何も話せなくなるのよ!もうちょっと頑張りなさいよ!それでも男なの!?』


魔王は心の中でこんなことを言っている。

人に文句言う前に、お前も話せるように頑張れよと言いたい気分である。


『頼む!そっちから話しかけて!』

『そっちから話しかけてちょうだい!』


そして、お互い無言で顔を見つめ合う。

…が。


『あー無理!こんなに長く人と目合わせたことないよ!』


『なんで私たち無言で見つめ合ってるのよ!恥ずかしすぎるわ!』


お互い3秒で目をそらした。

ちなみにマジの陰キャは1秒も人と目を合わせられない。


『とりあえず、魔王の前まで行こうかな…』

『とりあえず、勇者の前まで行こうかしら…』


ついに勇者と魔王は歩き出し、物理的距離を縮めることで会話する状況を作ろうとする。

そして…。


「きゃあ!」

「うわぁっ!?」


どっしーん!


魔王の玉座の前には階段がある。

魔王は焦っていたため、階段を下りようとしたときに足を踏み外してしまった。

魔王は滑り落ちていき、勇者の上に飛び乗ってきた。


『いってぇぇぇぇ!』


『あー!まさかこの私が階段を踏み外すなんて!しかもよりにもよって勇者に見られるなんて魔王としての恥よ!』


2人はそんなことを考えていたため、しばらくの間気が付かなかった。

魔王が勇者の上に乗っており、顔が急接近していることに。


「ひゃぁぁぁぁ!?」

「うぉぉぉぉぉ!?」


魔王は慌てて飛び上がった。

いくら勇者とはいえ、男性とこんなに顔を近付ける機会など一度もなかったのだから。


そして勇者も倒れた状態で目を見開いて叫んだ。

いくら魔王とはいえ、女性とこんなに顔を近付ける機会など一度もなかったのだから。


そして…ここでついに2人の会話が始まる。


「あっ…!ごめんなさい!私…いきなり押し倒しちゃって…!」


「あ…いえ。ぼ、僕も不注意だったもんですから…」


お互いに敵同士だと分かっているのに、思わず敬語で話してしまう。

陰キャは初対面の人とどう話せばいいか分からないため、一言目は誰にでも基本的に敬語で話す傾向にある。


ちなみに陰キャは友達同士でもたまに敬語で話すことがある。

これは本当はボケてるつもりなのだが、傍から見たら「なんで友達同士で敬語使ってんの?」ってなるだろう。


そして、勇者は恐る恐る尋ねる。

「あの…今さらなんですけど…あなた、魔王…なんですよね…?」


それに魔王も恐る恐る答える。

「あっ…はい…」


陰キャあるある。

基本的に、最初に話す時には「あっ」がつく。

…とは言っても、これは陰キャではなくてもたまに言ってる奴はいる。


そして、返事も基本的に一言だけ。

簡単に言うとYESかNOかしか答えない。

それ以上の会話デッキがないから。


「あ、あの…ぼ、僕、あなたを…た、倒すためにここに…来ました…。あ、相手を…してください…」


「あっ…はい…」


陰キャあるある。

どんな質問にでも思わず「はい」と応えてしまう。

本当は否定したいのに、なぜか否定の言葉がでてこない。

意思と関係なく、勝手に口が動いていると言っても過言ではないだろう。


「えっ…?た、戦うん…ですか?」


「あ、あっ、ち、違い…ます。た、戦いたく…ない…です」


『あーもう!なんなのよ!勝手に「はい」とか言うんじゃないわよこの口!』


魔王は心の中で自分の口に怒っている。


「あ、あの…で、でも…あなたを…倒さないと…せ、世界が平和に…ならないん…です」


「あ、いえ…その…わ、私っ…!本当は…世界征服…なんてどうでも…いいんですっ!」


魔王は本音を言った。


「えっ…?どうでもいいって…どういうこと…ですか?」


「私…本当は平和に生きたい…のに、この…力が勝手に…暴走する…せいで…世界に影響が…出ちゃってるん…です」


そう。

本当は魔王には世界征服の欲はない。

その力が強大すぎるせいで、その魔力が世界に溢れ出しているだけであった。


「あっ…そうだったんですね…。敵意はないみたいで…良かったです…」

良くはないのだが。


「分かって…もらえて…嬉しい…です」

別に分かっもらえたわけではない。


「あの…それじゃ…どう…しましょう…?」

「どうしまょう…かね…?」


『うーん…。まさか魔王が悪い奴じゃないのは流石に想定外だったな。しかも僕と同じコミュ障だったなんて…。なるべく倒したくはないかな…』


『どうしよう…?勇者も私と同じコミュ障だったなんて…。できれば戦いたくないわね。なんとか見逃してくれないかしら?』


すると、勇者が口を開く。


「あ、あの…」

「あっ…はい!」


「どうして…あなたは…魔王なんて…やってるんですか…?」


「私も…やりたくてやってるわけじゃ…ないんです。ただ…魔力量がすごいみたいで…勝手に…他の魔族たち…から慕われてしまい…その流れで…魔王になってほしい…って頼まれた…だけなんです…!」


だったら断ればよくね?…と思うであろうが、陰キャというのはゴリ押しに非常に弱い。

最初は嫌がっても強引に頼み続ければ、いつかは受け入れてくれるものなのである。


「…っ!…分かりますその気持ち!」

「…っ!ですよね!」


そして、勇者も同じ性格してるのでゴリ押しに弱いタイプ。

思わず同情してしまった。


すると魔王は突然流暢になり、他の魔族たちの愚痴をこぼし始めた。


「本当に困りましたよ!あの魔族たち、私が魔王なんて嫌だ嫌だと言ってるのに、そういう時だけ捨てられた子犬のような目をするんですよ!あんなの断れないでしょう!そのくせ受け入れた瞬間に元に戻るんです!騙すなんてひどくないですか!?」


すると勇者も突然流暢になり、過去の話をし始めた。


「そういう奴いますよね!僕も最初にパーティを組んだ時、僕が断れない性格なのを利用して狩りや雑用、料理なんかも全部僕に任せっきりの奴らばっかりでした!もうパーティ組むのはこりごりですね!」


陰キャあるある。

普段は俯いてて何考えてるか分からないが、実は心の中で不満が爆発しており、本人がいない時に限ってその人の悪口を叩きまくる。

つまり陰口が多いのである。


「私、本当は誰とも関わらず一生ぼっちでいたいんです!人間関係なんて構築したくないんです!…私の場合は魔族関係ですが」


「本当にそうですよね!僕も誰とも関わりなんて持ちたくないです!人と話すだけでも疲れるし!人間関係なんてマジでクソですよね!」


そんな愚痴のこぼし合いがしばらく続き…。


「はぁ〜!散々愚痴ったらスッキリしました!すみません。敵ながら僕の愚痴に付き合ってもらっちゃって」


「いえいえ、それは私も同じことですから。初めて不満を口に出せたので、最高に気分がいいです!」


すると突然、魔王はこんなことを言い出した。


「よし!私決めました!魔王を辞めます!」

「え!?」


初めて不満をぶち撒けたことで、その場の流れで魔王の座を下りようという思いが湧き上がったのである。


「もう魔王なんてこりごりです。私はもう自分の思うように生きることにしました!なので、もう魔王城を出ていきます!」


「そうですか…。それは良かったです。これで万事解決…いや…そうでもないかな…」


魔王が魔王を辞める。

つまり、魔王という存在はいなくなる。

しかし、魔王の強大な魔力がなくなるわけではない。

これに対し、勇者はどうするのか…。


「あっ…。そういえば僕、こんなことできるんでした…」

「…どうかしましたか?」


勇者は何かを思い出したように言った。

そして、ある魔法を魔王に使う。


魔力吸収マジックドレイン

「えっ…?なんですかコレ…あっ…!」


魔力吸収マジックドレイン

その名の通り、相手の魔力を吸収する。

これで魔王の魔力を最小限まで吸収した。


「はい。これであなたの魔力はかなり減りましたよ」


「あ…ありがとうございます!これで…やっと外に出られます!」


「良かったですね。それでは僕はこれで任務完了ですので、これにて失礼しますね」


勇者が魔王の部屋を出ようとしたその時だった。


「あっ!待ってください!」

「どうしました?」


「私…今までは一人ぼっちが一番だと思ってたんです。誰とも話したくなかったんです。…でもあなたと話す時だけ全く嫌な気がしなかった。むしろとても楽しかったんです」


「…っ!奇遇ですね。僕もですよ。人間関係なんてめんどくさいし、人と話すことなんて何が楽しいんだと思っていました。…でもあなたにだけは本音で話せた。初めて会話を楽しいと感じたんです」


「そこで…私思ったんです。こんなつまらない世界でも、あなたとなら悪くないかもって…」


「…僕もですよ。ここまで気の合う人と出会えたのは奇跡です。この先の人生、一人ぼっちをやめて誰かと一緒にいるのもいいかもしれませんね…」


そして、魔王と勇者は同時に口を開く。


「「もし良かったら、これから一緒に旅をしませんか?」」




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