新緑の教室

第1話 卒業式

「はい、卒業式が始まりますので3年1組の皆さん、廊下へ並んでください」

 中学の教師になって3年目の和泉いずみせりは、今日卒業する生徒に指示を出した。皆、胸元にはピンク色の花のコサージュを付けて晴々とした表情をしていた。生徒は和泉の指示を受け、一斉に廊下に並び始める。

 今日で終わりか…みんな立派になったな…。

 和泉は感慨深い気持ちでいっぱいになった。ふと、この学年が一年生の時だった頃を思い出した。


 入学式の翌日にある学年ガイダンスの日。体育館に200名以上の生徒と9名の教員が集まった。教員から新一年生への挨拶があった。和泉は緊張のあまり、用意してた挨拶をほとんど忘れてしまった。

「1年1組の担任の和泉芹です。…えー…。私も皆さんと同じく初めてこの学校に来て、春から教員になったので、至らぬ点があるかと思いますが、精一杯頑張らせていただきますのでよろしくお願いします…!」

 やっとの思いで言葉を繋ぐことができ、一気に緊張が緩む。その後の教員の挨拶はほとんど耳に入ってこなかった。しかし、ある教員が前に出ると一気に空気が変わった。

「この学年の主任を務める高階たかしな誠司せいじです。」

体育館がシーンと静まり返る。教員だけでなく、生徒たちも皆、主任の高階へ視線が集まる。

「君たちはこの3年間で何ができると思いますか?何を成し遂げられると思いますか?」

 突然の問いかけに、皆は考える。

 何ができるか…。

 和泉も思わず考える。

「私は新一年生の学年を持った時に、毎回同じ質問をこの時間にしています。さぁ、何ができるでしょうか。所属した部活で好成績を収めることや、少し先の話になりますが、勉学に励んで行きたい高校に入ること。…すみません、入学早々高校受験の話はしない方が良かったですかね?」

 高階は生徒の表情を見て苦笑した。

「君たちには成し遂げられる力があります。必ずあります。ぜひ目標を決めて、この3年間、悔いのないように過ごしていただきたい。もし何か困った時や力を貸して欲しいことがあったら私たち教員がついてます。誰一人おいていったりしません。約束します。」

 和泉は他の教員を見たが、どの教員も皆誇らしげに主任の話を聞いていた。

「君たちには主体性を持って行動する力を身につけ、各々の目標に向けて有意義な中学校生活を送っていただきたいと思っています。私たち教員も力を尽くして参りたいと思います。君たちのまだ見ぬ可能性を期待しています。」

 主任の高階が入学したての生徒にそう言った。和泉は自分の拙い挨拶が恥ずかしくなった。だが、この前まで小学生だった彼らに向けての話にしては、少々堅苦しすぎるような気がする。確かに圧倒はされた。大人が聞いても見事なスピーチだったと思う。ただ、中学生になった彼らはこの話を聞いて何を思うんだろう。和泉は、ちょっとこの主任かなりの堅物かもしれない。そんなことを考えていると、高階が一礼をし、次は連絡事項に入った。


 卒業式は順調に進み、次は卒業証書授与式に入った。卒業式のメインと言っても過言ではない。和泉は席から立ち上がり、体育館の端にあるマイクの前に立つ。緊張でどうにかなりそうだ。呼名は散々練習してきたから大丈夫、そう自分に言い聞かせ、一人目の名前を呼んだ。

「3年1組、新井大輝」

「はいっ」

 和泉が名前を呼ぶと、クラシックの音楽が流れ始めた。名前を呼ぶと、今まで過ごした生徒との思い出が蘇ってくる。和泉が真っ先に思い浮かんだ思い出は、ある出来事だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新緑の教室 @6a_

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ