第8話 出征準備(改)
浩然に山賊鎮圧の出征に関する打診があった。
聴政の際に出ていた議題の一つであった盗賊討伐のための派兵に関する件である。
皇子を鎮圧部隊の将として扱うのは異例ではあるが、危険の少ない実戦経験をさせようという皇帝の意向に沿ったようである。
浩然の意思確認を経て正式に皇帝が下命する。
率いる軍は総兵数800名『校』という部隊編成になるようで、副官の階級が『尉』クラスで、参謀軍師も配されるようである。
なお、それらの高級士官は貴族出身者が占めている。
兵の編成は騎馬兵200名、弓兵100名、重装歩兵200名、軽装歩兵250名、輜重兵50名になるらしい。
編成が山賊討伐という目的にしては、騎馬兵、弓兵、重装歩兵を多く配属しているのは、浩然にミニ軍団の戦術指揮訓練を兼ねているのであろう。
また、『孫子』に「智将は務めて敵に食む」とあり、糧食は現地調達か略奪が基本であるが、他国への侵攻ではなく自国内の山賊討伐という目的であるため、食料は携行しなければならず、輜重隊が必要になる。
輜重隊の馬車には食料だけではなく、矢など消耗品や普段使わない武器や盾などを積み、部隊から離れた最後尾に随行する。
ちなみに糧食は日持ちのする粟で粥にして豆や狩りで獲った獲物の肉など加えたもの、小麦があれば餅(ビン) を作り、携行食にしていた。
たかだか800名程度の軍とはいえ、歩兵もいる以上行軍速度は1日1舎・30里(約15km)と言われているので、現地に到達するのはそれなりにかかる。
今回の行軍距離はほぼ10舎(150km)なので、往復20日、殲滅戦に10日とすると遠征期間は1カ月程度になると考えられる。
以上を踏まえた上で遠征に赴くことを決断し、皇帝にその旨を文にて奏上した。
その奏上により皇帝からご下命があり、浩然の遠征が決定した。
決定に基づき軍議を開くために、副官を日常的な訓練の相手でもある羽林軍の歩兵校尉の洪有徳を指名し、士官を参集させた。もちろん侍従の俊宇も参加させた。
兵の人選は洪有徳に任せたが、経験豊富な精鋭が集まった。
軍議では攻略目標を説明し、行程、指揮系統、連絡方法、行軍形態、野営などを細部まで確認した。
また、偵察、残敵掃討、治安維持などの任務には、地方軍から必要な規模の支援部隊を出させる命令を事前に通達することにして、その手配を済ませた。
その場で当然ではあるが行軍である以上、浩然も侍従の俊宇も兵卒と同じ寝食を共にすることを宣言した。
軍議を終えて、慌ただしく軍備を整えることに追われた。
その最中に、母と義母妹が訪れて混乱の極みとなってしまった。
「浩然、本当に大丈夫なの?危険は無いの?誰が随行するの?・・」
母は心配のあまり質問の連発である。
「浩然兄様、どうしても行かれるの?心配です!一カ月も思妤は寂しくて死にそうです!」
こちらは美少女の泣き落としという必殺の技で迫ってくる。
「母上、大丈夫です。浩然はこう見えても強いし幸運の持ち主でもあるのですから、安心して帰りをお待ちください。無茶なことはしませんから」
「思妤、兄は必ず無事になるべく早く帰るからね。大人しく信じて待っててね」
二人を言い含めて納得してもらうのが戦いに赴くよりも大変で閉口した。
その渦中に救いの神、侍従の俊宇が現れた。
「浩然様、皇帝陛下から伺候せよとのご下命がありました」
「分った、直ちに向かう」と返事して女性陣の包囲から逃げるように離脱した。
急ぎ足で正殿に向かい、皇帝に拝謁して浩然の意向を確認され、軍令を受けることになった。
しかし、浩然は成人儀式である『冠礼』はおろか、『成丁礼』も経ていないので、前例は少ないが出征のため便宜的に『元服』を済ませた。
その後、皇帝より盗賊討伐の下達と、皇帝の兵権委託の証である『虎符』を授かり、小規模な軍ではあるが、臨時にその将軍に任じられた。
『虎符』は銅製の虎の形をした割符であり、地方軍に対しても皇帝の統帥権を代理で行使できるものである。
「浩然よ、無理はせず、臆せず果敢に任を果たせ。期待しておるぞ」
「身命を賭してご期待に応えるべく奮闘いたします」
「武運を祈っておる。ついては其方に剣を取らせる」
伺候して両手で業物の剣を賜った。
こうして浩然は討伐軍の将としての軍令を公式に遂行することになった。
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