第7話 皇子の日常 3 ~冠礼と結婚観(改)
本日も講義を受けて、中華では『礼記』は儒教の基本的な経典である『経書』であり、『四書五経』のうち『大学』・『中庸』はその一篇であったという説明を受けた。
そして浩然自身が関わる礼の儀式が近いので心構えをと進言された。
話が長くなるが、概要を念のため説明しておく。
その礼の儀式とは、中華では古来から男子がまもなく成年になるという宣言の意味を持つ『成丁礼』(概ね満18歳)という伝統的な成人儀礼が近づいているという。
そして、その後『礼記』に記されている高度な儀式である冠礼の儀式を通過して、初めて一人前の大人になったと扱われるとのこと。
冠礼とは、男子は20歳に冠を授けられる(加冠)、《字》(通称・あざな)を自身で決めるか賜る儀式であり、女子は15歳に笄を髪に差して貰う儀式のことである。
また、この冠礼には実質的にも意味があり、『孝経』の教えに基づく親から頂いた髪を切らずに長くし髷にして結い、冠や笄で纏めるためには有効なものであるとの説明も受けた。
さらに蛇足だが、古代中華で身分の高い者に対し主君や親、師など目上の人が名を口することは許されてるが、同程度の他人が名を呼ぶことは失礼にあたるので《字》を呼び合うのがしきたりがある。
ちなみに三国志で有名な諸葛亮孔明は、姓が諸葛で、名が亮、字が孔明で姓+名+字とが組になっている。
さて、なぜこの説明を師からされかというと、冠礼の儀式を経て成人になったのならば、貴人は婚姻して子孫を後世に残す義務があるという点を強調したかったのだと思う。
師は四大貴族の姫を娶るのが望ましいと言いたいだろうがうんざりしてしまった。
(政略結婚なんかしたくない。俺にはもう運命の人がいるから・・) と思った。
とにかく、決断の時期が迫っていることは認識したところで受講を終えて自分の宮に帰った。
部屋に戻ったら、さらに手強い人が俺の帰りを待っていた。
黄家の分家出身で俺の乳母でもある、筆頭侍女の黄 鈴莉(フゥァン リーンリー )である。
「お帰りなさいませ、浩然様。お疲れでしょうから美味しいお茶を淹れますね」と笑顔で迎えてくれた。
お茶を飲んでのんびりしていると、鈴莉から突然話しかけられた。
乳母で幼い時から浩然の世話をしていて全てを知っている鈴莉が今更改まってなんだろうと思った。
「浩然様、ご婚約のお話はどうなりましたでしょうか?」との爆弾発言で思わず咽てしまった。
「左丞相や右丞相のところに何やらそんな話が複数来ていると聞いているが、全部断っている」
「興味が無いし、だいたい政略婚約などする気がない。運命の人なら既にいる」と返す。
その言葉に鈴莉は目を瞠り、すぐに声も出ない様子。
暫くしてやっと「浩然様、それは誠ですか?」と問い詰められた。
「確かに浩然様は、皇后様の血を色濃くひかれていて、女官や侍女が憧れで溜息をつくような美丈夫ですので、数多の恋をされていても不思議ではないですが・・・」
「でも、鈴莉は全く知りませんでしたし、浩然様はその素振りもなさらかったではありませんか。どこの姫様なのですか?これまで鈴莉に教えてもくれないなんて悲し過ぎます」と涙目で訴えられた。
「いや、鈴莉。悪かった。運命の人が今どこにいるか知らないのだ。捜そうと思っているが・・」
「そんな架空の姫様ってご婚約を断るための方便では?」
「そうではない。確かにこの世界のどこかにいて、会える予兆を感じるのだ」
「その想いと運命の人との絆、いつの日か運命の人と結ばれることを確信している」
「だから、政略結婚など絶対にしない。結婚は想いと絆と結びつきが最も大切だと思っているのだ」
「想いという字を上下に分けると相手への心となり、絆という字を左右に分けると運命の赤い糸を半分づつ持っていて寄り添っている様になるし、結びという字はその糸は吉を意味していると思う。それらの字が成り立つために切離してはならないし、そのような結婚をしたいのだ。分ってくれ。」
浩然は鈴莉に力説した。(当用漢字を用いた例えなのだが)
「浩然様の揺るぎないお気持ち分かりました。何があっても鈴莉は応援します!」
こうして浩然は何とか頼りになる強い味方を得た。
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