第5話 皇子の日常 1(改)

 転生から一週間が過ぎ、退屈な安静を強いられ体力も回復したため、皇子としての勤めが始まった。

 浩然は幼いころから左丞相の指示により選ばれた師によって『四書五経』を学ばされてきた。

 いわば、家庭教師であるが、くどい内容で逸話や要らぬことまで説かれて好きではなかった。

 特に『大学』・『中庸』・『論語』・『孟子』などを中心になされたが、書自体をじっくりと読めば 良いではないかといつも思ってしまう。

 確かに【君子は独りを慎む】という『大学』の格言は猪突猛進傾向の自覚がある俺にとって、行いを慎めというのは、兄上の忠告と通じ納得することもあるので、学ぶ意味はあるのだが・・・

 その後、右丞相から指示を受けた軍師による『孫氏の兵法』などの講義を授かった。

 いかに戦わず目的達成を果たすか、闇雲に戦をするのではなく、負けない戦で犠牲を減らすよう脳を駆使した戦略の重要性を認識せよと説かれた。

 理解できるが、戦術論や具体的な鶴翼の陣、魚鱗の陣などの功罪などの説明の方がすんなりと頭に入る内容と思っていたのでがっかりである。

 今日は朝から一応それらの講義をこなしたが、 モチベーションとメンタルを削られ疲れてぐったりしてしまった。

 そうなると、溜まったストレスを発散するには鈍った体を鍛えなおすのが一番とする自称脳筋ゆえの思考パターンで、行動あるのみとなる。


「俊宇、禁軍の修練場に行ってくる。そなたは要らん」

「浩然様、まだお体は万全ではございませんのでお止め下さい」

「心配無用」と言い残し、足早に修練場に向かう。

 修練場には将軍の白雷光(パイ レイ グワーン )がちょうど訓練の視察に訪れていた。

 こちらに気付いた将軍は驚き、拱手礼も忘れて駆け寄ってきた。そして開口一番に。

「浩然皇子、もうよろしいのですか?」

「問題ない。洪有徳はいるか? 手合わせを命ずる。」

 羽林軍の歩兵校尉の洪有徳(ホーン ヨウ ドーァ )は手練れで、浩然の日常的な訓練相手である。

 その浩然の声に反応し、洪有徳が兵士集団から抜け出して馳せ参じ、拱手して深く頭を下げた。

「浩然殿下、洪有徳ここに、ご下命賜りました」

「よし、木剣を二振り用意せよ。始めるぞ!!」

「御意!」と元気な声と共に洪有徳は木剣を取りに走って行った。

 修練場で洪有徳と木剣を構えて向かい合う。


 立ち合いの間合いで目を細めた時、洪有徳の輪郭に緑の霞のようなものが見えた。

 そのためか、洪有徳の体躯が遠く小さく感じられて、剣先に惑わされず、足さばき、視線や体重移動など冷静に動きや思惑が観察できると感じた。

「浩然様、参ります」と洪有徳が掛け声と共に、上段の構えから剣を大きく振り下ろした。

 ところが、事前に思念で面と分かり、その剣の動きが妙にスローモーションで見えるではないか。

 そこで右斜め前に大きく出て、右膝をやや曲げながら重心を下げ、洪有徳の剣を素早く流して、剣を返して胴を打ちながら前に抜けた。いわゆる剣道で言う面抜き胴である。

 洪有徳は驚いたようで「浩然様、再度参ります」と声を上げ、打ちかかってくる。

 すると、今度は洪有徳が中段から鋭く面を狙って剣を振った。

 こちらはそれにも対応し、今度は面返し胴を決めた。

「参りました!! まるで、浩然様は私の心が読めるような気がします」

「そのようなことは無い、たまたま気付けたけで、静養が効いて体が軽いからだと思う」と返した。

(そのとおり、ズルいと思うが俺は相手の思念を脳内に感じることが出来るのだ・・すまん)

「ますます上達されましたな」と雷光将軍から誉め言葉を貰った。

 その後しばらく洪有徳と修練を続けたが、「本日はこれまでとしよう」と洪有徳に声をかけて修練を終えることにした。

 前世では高校生まで、剣道をやっていたので、こんな時に経験が生きた。


 そう言えばと、高校時代に警察署に教えを請いに通った時のことを思い出しながら修練場を後にした。

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