コンセント
おもいこみひと
コンセント
昼下がり、とある個人経営のカフェにて。
「絶対にいるんだってば」
大学に入学して最初に出来た女友達、加藤さんはそう言って聞かない。彼女の部屋にお呼ばれしたその帰り道のことだった。しかし、決して男女のなんやかんやという理由ではない。
「俺だって、入念に調べたさ。でも、彼らが住み着いている訳でもなければ、彼らの通り道になっている訳でもなかった」
因みに俺の言う『彼ら』は幽霊を指す。彼女曰く、引っ越してきてからというもの、謎の視線やラップ音に悩まされているという。
「君が幽霊見えるっていうから頼んだんだよ。もしかして、本当は見えないんじゃないの」
素直の権化である彼女が嘘を言っているとは思っていない。本当に幽霊がいると感じているのだろう。しかし、少々思い込みが激しいところがある。
「そんなはずはない。だいたい、ラップ音だって原因は霊的なものばかりではない。木材の伸縮でも鳴ったりするんだ。特に、加藤さんが聞いたバチッという音はその典型だ」
彼女はむうと頬を膨らます。
「だったら視線は? 六階の部屋なのに窓の外から視線を感じるんだよ? こんなの、幽霊以外に考えられないじゃん」
先程から年配の女性客からの視線が痛い。落ち着いた洋楽の流れる店内でこれだけ騒げば当然ではあるが。さて、そろそろおいとまするか。
「そうだ。君、今夜僕の家に泊まってよ。そうすれば僕の言うことが本当だって分かるからさ」
飲みかけたコーヒーをむせた。そういった経験のない俺からすれば、彼女が宣(のたま)った内容はあまりにも刺激的であったからだ。呼吸が落ち着いてきたところで彼女に目をやると、まるで俺を馬鹿にするかのようににんまりと笑っている。
「言いたいことは山ほどあるけど、そんなに言うなら良いよ。着替え取ってくるから……」
いや、先帰らすのは危険ではないか。相手が幽霊でないとほぼ確定した以上、彼女を一人にするのは危険だ。どうしたものか。
彼女はというと、相変わらずニマニマしている。加藤さん、本当に悩んでいるのだろうか。
「でも、本当に君に頼んで良かった。こんな馬鹿らしいことに付き合ってくれるのは君くらいだよ」
彼女はそう言い残して先に店を出る。さらっと奢らせようとしているのはひとまず置いておこう。俺は年配の女性客と店主に頭を下げ、二人分の勘定を済ませて店を出る。彼女はというと一言お礼も言わず、さらに突飛なことを言い出すのだった。
「さて、着替えのことなら心配しなくていい。用意してあるから」
それも、さも当然のようにだ。呆気にとられている俺に、彼女は鈴が付いた自宅の鍵を渡してくる。
「じゃ、宜しくね。僕は友達の家でお世話になるから」
落ち着いて状況を整理しよう。つまり、俺は加藤さんという女友達の家に一人で泊まる、と。
しばらくその場から動けないでいた。その理由は、決してやましい考えがあったからではない。
***
彼女の言うとおり、部屋には男物の着替え一式が用意してあった。
「自分の部屋だと思って、好きに使って良いよ」
メールにはそうあったが、些か不用心すぎやしないだろうか。本当に、彼女は素直過ぎる。本当に警察官の娘なのだろうか。
夜になっても、やはり霊的な気配はない。ラップ音の正体はたぶん家鳴りだし、ベランダに出てみても上や隣から伝ってこれるような作りにはなっていない。
念のため一晩起きて気配を探ってみても、霊も不審者も現れることはなかった。不審者に関しては俺が泊まっているからということもあるのだろうが。
「おはよう!」
午前八時、元気に彼女がやって来た。眠い目をこすりながら、彼女に何もなかったと伝える。
「その事なんだけどね、やっぱり不審者の線も疑った方が良いと思うんだ」
今更気づいたのか。お父さん、子育ては得意じゃなかった模様。
「で、色々調べてみたんだけど、盗聴器あるんじゃないかな」
脈絡のないこと言い出したかと思ったが、一応調べておいて損はないだろう。そう思って、妙な機械を持った彼女を追う。すると、リビングに入ってすぐに警告音が鳴り響いた。動揺する彼女を支えつつ、ありかを探る。
部屋の隅にあるコンセントに行き着いた。
「僕、テレビで見たことがある。コンセントの裏に盗聴器が仕掛けてあったって……」
震える彼女に代わってカバーを外すと、そこには、本当に盗聴器のようなものがあった。
***
こんなにうまくいくとは思わなかった。前夜拾った音声に脳を震わせながら、公園中央の噴水で思い人を待つ。
視界に彼が映った。イヤホンを外し、彼に向かって手を振る。
「待った?」
「いや、僕も今来たとこだよ」
僕は変わり者だから、異性へのアプローチも搦(から)め手だ。うまく言いくるめて彼を家に呼び、彼の音声を合法的に入手する。そして最後には、同情と保護欲を誘った。嗚呼、完璧だ。
コンセント おもいこみひと @omoikomihito
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