第4話
「あの、本当にありがとうございましたっ」
カウンターでの一件の後、貸し出し処理を終えてから階下のロビーに移動すると、彼は私に深々と頭を下げた。
「あの、顔を上げてください・・・」
すると本当に面目なさ気な顔で、そろそろと元の姿勢に戻る。
「いやもう・・・あの、ご迷惑でなければ何か改めてお礼をさせて貰いたいくらいなんですけれど」
整った顔で見つめられると、単なる『ご褒美』でしかない。
「数日置きですけど、今の仕事でこの近くに来るんです。今日はちょっとこれから立込むんですけど・・・」
「いえ、あの・・・お礼とか本当に結構なんですけれど、1つだけお願いをしてもいいでしょうか?」
「はいっ、喜んで!」
「握手して下さい!!」
「へ?」
彼の名前は水瀬ハルカ。
モデルから俳優、執筆業までマルチで活躍していて、ちょっと年上のお姉様から女子高生まで、彼のファンだという人は山ほどいるだろう。
かくいう私も、彼がこんなに有名になる前からのファンで、まさかこんな僻地で出会う事ができて、言葉を交わす事ができるなんて夢にも思っていなかった。
「ファンなんです。だから、握手して下さい」
「えっ、それは構わないですけど・・・本当にそんな事でいいんでしょうか・・・」
「それ以上の事なんか望んだらバチが当たります!お会いできた事だけでご褒・・・いえ、とても光栄な事ですから」
彼は一瞬だけ心底理解できないような、不思議そうな表情を浮かべたが、スッと右手を差し出してくれる。
「本当に、ありがとうございます。必ず期限内に返却して、ご迷惑が掛からないようにします」
私がおずおずと手を差し伸べれば、その大きな掌で包まれる。
「・・・洗いたくないなぁ・・・」
はっ。
思わず心の声が漏れた所で、彼がプッと吹き出し、肩を震わせて笑っている。
「すみません、芸能人と初めて握手したもんですから、こういう事か、って思ってしまいました」
「いえ、笑ってしまってすみませんでした」
彼はとても穏やかに笑った。
ゆっくりと握手を解くと、それから少しだけ何やら考えて、おもむろに手帳を取り出したかと思えば何かを書き込んで、そのページを破ると私に差し出す。
「これ、持ってて下さい。来週、また仕事で来るので、また本を借りてもらえませんか?」
「・・・えーっと・・・」
いや、受け取って良いものかどうか。
「持ってて下さい」
そう言うと彼は私の掌にねじ込んで、速足で歩き出した。
「すみません、呼び出し来ちゃったんでまた!」
手を振ってから走り出す彼の背中に、手を振り返したものの。
働かない頭でぼーっと見送ることしかできなかった。
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