第15話 離別と決断  「残酷な描写あり」

 母の悲鳴で、慌てて下に降りると、例のモノクロな人達が、母を羽交い締めにしていた。


「今すぐ研究の中止を要求する。でなければこの者の命は保証できない」


 ピリピリとした空気の中、なぜかいつもの助けがいないことに気づいた。


「分かった!すぐに中止する。中止するから、何の研究のことなのか教えてくれ!」


「……、こちらから言う事は、許可されていない」


「許可できないって……じゃあどうしたら……分からなかったら、何の研究を止めればいいか、分からないじゃないか!」


 俺の悲痛な叫びの中、彼女と彼らが、助けに駆けつけた。

 

 そんな姿に、一瞬怯んだモノクロな人の隙に気付き、母はその腕に噛みつき、緩んだのを確かめると、そこから自力で這い出た。


 慌てて母に近づいたとき、男の刃物が俺に向かって降りてきたのが見え、思わず固く目を閉じた。


 思っていた痛みはなく、その代わりに“どさり”温かい重みがのしかかる。


 目を開いて俺は、胸が潰れそうなほど驚いた。


「母さん!」


 母の背中に痛々しい傷が見えた。


 とめどなく溢れる赤


 ぬるりとした嫌な感触


 俺はこんな酷い傷、今まで見たことがない。


 俺は狂ったように、何度も母を呼んでいた。


「……ふうっ……航起、こんな、ことで……大好きな研究、捨てちゃダメよ……」


 俺の方を見つめる母は、痛みを堪えるように、息も絶え絶えそれだけ呟くとにっこり微笑み気を失った。


「誰か、誰か母さんを、母さんを助けてくれ!」


 震える手で、救急車を呼びながらも、俺の周りでは、激しい攻防が続いている。


 特殊空間に入った反応が読み取れず、行動が僅かに遅れたらしい。


 そう今回は、いつもの特殊空間じゃ無かった。


 だからもとには戻らない。


 傷ついてしまえば、死んでしまえば、そのままなんだと


 恐怖で思考がままならない、何の対応も思い浮かばない。


 まるでバカになったように叫んで、思考は真っ白なままだった。


 近くにあったテーブルクロスに気付き、急いで身体に巻きつけるも、失うたいおんも血も止まらない。


 騒ぎに驚いて、出てきた人達も、早すぎて見えない彼等に気が付かず、巻き込まれ、さながら爆風に巻き込まれたように、次々と倒れていく。


 訳も分からず悲鳴を上げて、逃げまどう人々。


「もうやめてくれ!お願いだから、やめてくれ!」


 俺は泣きながら叫んでいた。


 しばらくしてようやく攻防が収まり、モノクロな人達は捕まり、収容準備に入った。


 そばにやってきた彼女は、苦虫を噛み潰したかのような表情のまま、冷たくなった母を診て、俺の方を向き、鎮痛な面持ちで首を横にふった。


 ……!


 声に、ならない。


 嗚咽が、止まらない。


 何で、何でこんなことになったんだ!


 決着がついたかに見えた。


 収容される前の、倒れ動かなかったモノクロな人達、その一人が瞬時に立ち上がり、再び俺を襲ってきた。


 だが俺は、哀しみとショックのため、それをただ、漫然とした気持ちで眺めていた。


 俺も、母さんのもとに行くのだろうと、そう考えた瞬間、目の前に小柄な少女の背中が見えた。


 遅れて、その長い髪が、俺の頬を撫でるように、かすめていった。


 肉の切れる嫌な音が、耳に届く。


 パッと生暖かい水滴が、顔に飛び散る。


 目の前のものが、うめいて倒れる。


 その時になって、ハッと我に返った。


 ゆっくりと倒れていく、彼女を見る。


 それはほんの一瞬の、出来事だった。


「おい!園部、しっかりしろ!」


「……航起くんゴメン……私が半人前なばっかりに、こんなことになって、ごめんな……さい……」


 弱々しく笑う、彼女の身体前面からは、泉のように血が滲み出ていた。


 ついさっき、息を引き取った母と重なる。


 死が、彼女をも、引き摺り込もうとしているかに思えた。


 どんどん体温が奪われる、それに比例するかのように、濡れそぼった布が、重く垂れ下がる。


「おい、しっかりしてくれよ、園部、死ぬな!お願いだから!」


 どこか彼女は、彼女達だけは死ぬことなどないと、そう思いこんでいた。


 彼女達も人間なんだと、傷つくことも、死ぬこともある人間なんだと、今更ながら気がついた。


 とてつもない不安が襲ってきた。


 胃が締めつけられ、酸っぱいものが込み上げてきた。


 かがみ込み、震える手で、流れる血を抑え続ける。


 止まらない血をどうにかしたくて、自分の服で抑えたその布も、すぐにぐっしょりと滲み出る。


 どうすれば


 なすすべなく、座り込むように彼女を抱き抱えていた俺の前に、数人の男達が取り囲んでいた。


「彼女は私達が収容します。

 彼女はこの時代で死ぬ事は許されていません。

 収容とともに、彼女の存在記憶は消去されます。

 あなた以外は」


 そう言って、無表情のまま男は、彼女を抱えた。


「死ぬことって、まだ死ぬとは限らないだろ!

 すぐ病院で手当してもららえば!」


 男はチラリと園部を確認し、再び俺を見ると無表情のまま答えた。


「それは無理です。傷が深すぎます。

 あなたは分かっているはずです。

 この時代では、治療は不可能だと。

 もとの時代ならあるいは……

 急ぎますので失礼します」


 そう言ってその男は、彼女とともに消えた。

 

 立ち上がり、呆然と眺める。


「俺だけが覚えてるって何だよ!

 皆んなおぼえてないってなんなんだよ。それ!」

 

 何で俺だけ……

 あいつは……園部は、ここにちゃんといたんだ。

 何で記憶を……人の記憶を何だと思ってーー!

 

 あぁぁ…………


 ……もう、嫌だ。嫌なんだ。

 もう、勘弁してくれよ……


 ……俺が何かを作ることで、こんなことになるのなら、いっその事……


 何も作らなければいい。


 こんな犠牲を、望んでいた訳じゃない!

 

「……もうたくさんだ、もうたくさんなんだよ……」


 怒鳴り、吐き捨てるように叫ぶ俺は、崩れるようにその場にうずくまった。


 今までただ興味本位で、いろんな物を作ってきた。


 でもそのことで、こんなにまで大きな出来事に繋がるなんて、考えもしなかった。


 そのことに、驚き戸惑い、今更ながら、後悔した。


「たとえ貴方が、どの様に捉えようとも、ここまできた以上は、消せない事実です。

 それに、今の貴方には、確かめたいことがある。

 そしてそれを叶える能力もある……

 材料は、すべて貴方のもとに、揃っているはずです。

 まもなく他の人員が増員され、引き続き警護にあたります」

 

 そう言って男は、無表情のまま軽く頭を下げると、その場から消えた。


 流れる涙を拭くこともなく、消えていった男達がいた場所を凝視する。


「ふふふ、ハハハ……」

 

 狂ったように、自然と笑いが口から出た。


 そうか、そうだな、そういうことか、初めからそういうことだったんだ。

 分かったよ、つくってやる。

 お前らのいう通り、もう後には引けないのだから、必ず成功してみせる。

 たとえ何年かかろうともな。


 食いしばった口元から、涙と血が流れる。


 血生臭い中で、座り込む俺の耳に、サイレンの音が、遠くなり響いていた。


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