第6話 俺だけが知らない

 俺達は、二人連れ立って近くの大通りに出る。


 人の喧騒の中立ち止まると、どちらともなく腰掛けた。


 聞きたいことはたくさんあったけど、行き交う人を眺め、彼女が何かを話すのを、ただ待つ。


 サラサラと、顔にかかる髪を耳にかけると、僅かに残った後れ毛が、柔らかそうな頬を、くすぐるように揺れている。


 そんな横顔から、俺は目を離せずにいた。


「航起くんは私のこと、怖くないの?」


 え?


 いきなり聞かれ、戸惑った俺は、返事に躊躇したまま、彼女に視線を合わせた。


 まっすぐに見つめられ、再び戸惑う。


「……やっぱり、あなたには効かないのね」


 彼女は、少し困ったような表情を、一瞬見せた。


 そして僅かに逡巡しゅんじゅんした後、俺にしっかりと視線を合わせ、数歩近づき口を開いた。


渡來航起わたらいこうきさん、どうか私達に協力して下さい。

 いきなりこんなこと不信感しかないと思う。

 だけどこうなった以上、あなたに協力を仰ぐしか無いの、だから……

 以前から私がいたように、周りに話を合わせて欲しいの。お願いします」


 潔く話すと、深々頭を下げた彼女。

 すぐに返事のできない俺に、神妙しんみょうな顔で、見つめてきた。


「あなたは多分、もう気がついていると思うけれど……

 ごめんなさい。

 私、ある事情があって、あなたの周りにいる人の記憶を、書き換えさせてもらっているの。

 用件が終わったら、皆んなの記憶は元通り戻るから、安心してください。

 図々しいお願いだって事は分かってるんです、でも……」

「いいよ」


 俺はかぶせ気味に答えていた。


「えっ……」

「だから、君が言う話を合わせるってやつ?やってもいいよ。皆んなに害はないんだよね?」


 気づけば、快諾の意を口にしていた。


「は、はい。記憶操作自体に、害はありません」


 あっさりと快諾した俺に、もっと手こずるものだと思っていたらしい彼女は、唖然としたまま、慌てて答えてくる。


 なんだかちょっと幼く見える表情が、可愛く思えて、気付けば俺は少し笑っていた。


 それと同時に、ふと考える。

 

 話だけ聞けば、実に胡散臭い話だと思う。


 実際にクラスの反応や、晴馬の件が無ければ、中二病を煩う、残念な人にしか思えなかっただろう。


 記憶に関しては、全員が示し合っての演技であることも、未だ否定はできてはいない。


 でもと考える。


 彼女がいる事で、何か実害があるわけでは無い。今のところ……


 それどころか彼女の存在は、一部男子には癒しになっていそうだ。


 聞きたい事もたくさんある。素直に答えてくれるかどうかは分からないが

……


 結局、断る理由など、はなから無いのだ。


 だから俺は、その提案に乗ることにした。


 たとえばこの話が真実だとして、俺一人がムキになって、植え付けられた記憶だと、正気に戻れと騒ぎ立てたとしても、誰も信じないのは明らかだ。


 なにせ皆、そう思い込んでいるんだから。


 信じて貰えない以上、俺は納得するより他ないではないか。


 わだかまりは残るが……だが今の俺には、興味の方が勝っていたりする。


 だってそうだろう!


 予想していたものとは、少し違っていたが……


 俺にだけ、一人の人物を忘れさせる能力ではなく、俺以外の人物に、ただ一人の存在していた記憶を、植え付けることができるのだ。


 しかもどうやらその逆もまた、できるようだ。


 一体どんなことをすれば、そのような操作ができるのか、ぜひ聞きたいではないか!


 研究者魂が、むくむくと膨れ上がるのを、感じるのである。


 俺は彼女がどういった理由で、このような事をしているのか聞くよりも、記憶の操作についての興味が大きく、彼女に思わず詰め寄り質問したが、困った顔をしただけで、決して教えてはくれなかった。


 ですよね、がっくり。


「ごめんなさい。疑問はきっとたくさんあると思うわ。でも、はっきりしたことは規則上言えないの。

 ただ私が言えることは、あなたを守るために私は来ました。いえ、私達はといった方が正しいわね」


「俺を守る?」


彼女は、黙ってこくりと頷いた。

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