第8話 タイムマシン論3 一方通行、だけど標識は無い

 さて、時間についてもっと深い議論へと進もう。

 まずは物理学における「時間の矢」について述べよう。


 物理現象の中で時間のパラメータを逆転させても、どの物理方程式も正しく成立してしまう。

 ならばどうして時間は正転向きにしか流れないのか?

 これを時間の矢と表現する。

 現代科学ではまだ答えの出ていない疑問である。過去の一時期、コバルト原子核と相互作用をしながら通過する電子の屈折する向きが時間の方向で異なることが判り、これこそ時間の正体ではと騒がれたことがある。

 結局これは未知の素粒子の超対称性が原因であり、時間に正転逆転を区別をつけることは失敗に終わった。


 だが、私自身は単純にこう考えている。

 時間は逆転方向にも流れている。だがそれを人間の感覚は検知できない。なぜなら人間の感覚は正転方向の時間に適応してできているからである。


 さらに説明しよう。

 未来に流れる場合を正転方向、過去に流れる場合を逆転方向と定義する。

 正転時間の世界では、光が圧力を持つ。ビッグバンから宇宙は始まり、遠い未来に熱の散逸で宇宙は終わる。

 一方で逆転時間の世界の物理法則は、法則の基礎自体は正転時間を時間反転させたものだがその表れは異なる。

 逆転時間の世界では、闇が圧力を持つ。闇に押されて光子は追い込まれ、最終的には光は一点に収束して逆転世界は終わる。

 正転宇宙と逆転宇宙は映画を逆回しにしているだけの存在に過ぎない。我々の宇宙の正転時間と逆転時間はどちらの側から観察するかに依存しているだけの同じものである。

 別々の宇宙ではない。一つの宇宙が見方によって全く別物になるだけである。


 逆転時間の世界では、低エントロピー状態から高エントロピー状態へと闇の圧力で組み上がるのが普通である。


 ここで思考実験をしてみよう。

 何もない宇宙空間にいきなり宇宙船がワープしてきて機関故障により爆発するシーンを考えてみる。

 これぞスペオペというもので、わくわくする光景であることは間違いがない。

 これを映像に記録して逆回しで再生する。


 その映像の中では周囲に散らばるパーツが自然に一点に集まり宇宙船が組み上がる。放出された赤外線も宇宙船へと集結し、宇宙船の後尾から噴射されたものも船へと吸い込まれる。そしていきなり開いたワープゲートに吸い込まれて船は消える。

 正転時間の観点から正しい物理現象は逆転時間の観点からも正しくなくてはならない。

 逆転時間の法則では闇が圧力を持ち、あらゆる物を一点に収束させ、低エントロピー状態から高エントロピー状態へ組み上げてしまう。

 この法則の中で知的生命体が存在すると仮定すると、それは人間のような高度で巨大な生命体ではなく、むしろ細菌のような小さく分散した集合意識のようなものになる。

 現に粘菌のような原始的な生命の塊でも迷路探索などの問題を解くことができている。その延長で細菌的知性というものは十分に存在し得ることができる。


 つまり我々は目の前で逆転時間が進行していてもそれを正しく認識することができない。時間の流れが逆ということはそういうことである。

 我々は切り出した石材などを使って建物を作る。我々はそれを自分たちの力でやっていると思っているが、もしかしたら逆転時間で生きる細菌たちが微細な埃などを集めて建物を組み上げているのが本当の姿かも知れない。

 瓦礫から廃墟へ。廃墟から磨かれたビルへ。そして最後に彼らには生物とは認識されない巨大な何かによる分解が行われる。つまり我々の「建築」という行為は彼らには「分解」に見えるし、彼らの「建築」という行為は我々には「風化」に見えるというわけだ。


 よく時間を扱う場合に使う言葉である因果律。

 逆転時間下での因果律も構築できるので何の問題もない。

 面白いことに、正転時間から見た逆転時間の因果律は「予定調和」、つまり運命に見える。

 同様に逆転時間から見た正転時間の「因果律」も「予定調和」に見える。

 そうなると因果律と予定調和は一つの面の裏表ということだ。

 原因を過去におけば因果律。原因を未来におけば予定調和となる仕組みである。


 実話怪談などを読みふけっていると因果の順序が逆になっているケースが散見される。つまり未来で犯す罪に対する罰を先に受けるのである。

 我々は運命の原因が過去にあり、因果の果てにその報いを受ける運命を持っていると考えている。だがそれはそもそも見方が逆であり、原因は我々の未来にあり、その当然の結果として過去に居る我々が罰されているとすればどうだろう。

 運命が我々を導いているのではなく、逆転時間の中での因果が我々を巻き込んでいるとしたら、そちらの方がずっと合理的な考えであると言えないか?

 河はいかにして成長するかという議論がある。最初の水の一滴が流れ下りながら川になるという考え方と、海へ流れ出る河口部から川は上流に向けて成長するという考え方である。

 実際にはどちらも正しくて、源流付近では川そのものが川を作り、河口付近では海が川を作る。それは一つの現象を見る方向を変えて記述したものなのである。


 では正転時間と逆転時間の間で果たして通信は可能なのだろうか?

 これには我々の通信機のようなものは使えない。それは我々の通信機は正転時間の中で動作するように設計されているからである。我々が逆転時間の情報を取り出すには、逆転時間の因果律特性に合わせた装置の設計が必要になる。


1)逆転時間では低エントロピーから高エントロピーへと組み上がる。

 だから逆行間通信機は、カオス状態から秩序ある状態に組み上がる特性を持っている必要がある。

 カオス状態が完全であればあるほど情報の入手は容易になる。

2)組みあがる情報の密度が高ければ高い方がよい。その方が状況を前進させる圧力が大きくなる。

3)そうやって引き出した情報がこちらの未来、つまり彼らの過去に何等かの大きな変化を引き起こすもので無ければならない。でなければ送信側である逆転時間の存在が情報の発信自体を行う動機が薄れてしまう。

 こういった条件を満たすのは恐ろしく難しい。

 だが実は我々の世界にはこれに相当するものがすでにある。


 それこそが運命を見る術である『占い』である。

 カオスの状態のカードや筮竹(竹ひご)から始め、意味を持たせた配置の上にそれらを配置して高エントロピーの状態へと変える。

 占う内容が相談者に重要であればあるほど、その未来の行動は変化するので、当たりやすくなる。


 この驚くべき整合性。

 だが科学は絶対にこれを認めることはないだろう。大部分の科学者には想像力と洞察力が欠けているからである。

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