第9話 タイムマシン論4 現実は想像よりも奇なり
さて、ここでイスラエル人の科学者ヤキール・アハラノフ博士を紹介しよう。
彼こそは現代最高峰のマッド・サイエンティストである。
素粒子物理学界四天王の一人(それも第一位)である彼は、一切の先入観の無い合理性で、素粒子の世界から驚くべき結果を引きずりだす、まさにマッドサイエンティストの尊称を受けるべき偉人である。
彼は「弱い計測」と呼ばれる手法で対象の量子状態を壊すことなく観測する方法を編み出した。粒子の状態を知るには最低でも光子を一つぶつけて反応を見る必要があるが、この過程で相手の状態は変化してしまう。
これは実にやりにくい。暗闇の中でたった一回だけの手探りで相手を捕まえようとするようなものだ。
だが弱い計測では相手に影響を与えることなく相手を見ることができる。
「君が深淵の中を覗き込んだとしても、深淵は君を見つけることができない」
この装置は単純だが見事なもので、これを使って彼は素粒子のより奥深くの世界に入ることができ、そこで常識をまったく無視した素粒子の振舞いに触れることができた。
そして彼は素粒子の挙動の中に奇妙なものを見つけた。
粒子と電荷が反対の反粒子が衝突したのだが、驚くべきことにこれらは対消滅光を発することなく跡かたなく消滅したのだ。
つまりエネルギー質量保存則が破られてしまったのだ。
エネルギー質量保存則は既存の法則から演繹されたものではなく、今までの観測の結果に認められた帰納的な法則である。だから破れても不思議はないのだが、問題はこれが何を意味しているのかだ。
博士はこれを一言の下に理解した。
「これは未来へ向かう時間に乗った粒子が何かに衝突して跳ね返り、過去に向かう姿を見たものだ」
未来に進む粒子をそのまま過去へと進めると、未来に進む流れに乗っている我々からは電荷は逆になって観測される。
つまりこれは二つの粒子の衝突ではなく一つの粒子が未来から過去へと向きを変えたことを観測したと言っているのだ。
さらりと時間の逆行を認めているのである。この人は。
ではなぜ今まで逆行する粒子が見つからなかったのか?
それは簡単である。時間を逆行する粒子は電荷が反転した時間が逆行していないただの粒子に見えるのである。それが逆行粒子だと判明するのはこのように粒子が時間の中で反射した場合だけなのである。これが実にレアな現象であることは理解して貰えると思う。
アハラノフ博士は他にも面白い現象を見つけている。
光子のランダム偏向を計測すると、確率0%から100%の経路の中を通ることができる。だが少数ながら確率マイナス100%(つまり絶対に通ることができない経路)を通る光子が観測されたのだ。
これは要約すると未来ではなく過去の時間の中を通って移動した光子がいたということを示している。
ああ・・感動である。
彼は何て素敵なマッドサイエンティストなのだろう。
ここまで色々とタイムマシンを論じてきたが、結局はそれがいつの日にか発明されることはすでに決まっているのかもしれない。
ある日、衆人環視の下で未来人がやってきて、こちらの代表者と握手する。そして逆行時間粒子同士の衝突により人間の形をした虚無だけを残して消え去ってしまうのだ。
そしてそれを見た自称合理主義者たちがこう叫ぶのだ。
「これは集団幻覚だ」と。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます