第5話
俺はふと、気になっていたことを思い出して、三月に尋ねた。
「ところで三月さん、どうして俺の名前を知ってたんだ? 今まで話したこともないのに」
その瞬間、三月の表情がほんの少しだけ揺れた。口元を少し引き締め、何か言い淀んでいるようだ。
「ああ、それはまあ、なんとなく。なんとなくよ」
「なんとなく、か」
俺が呟いて少し笑うと、三月は少し頬を赤らめて視線を外した。普段クールな三月がそんな表情を見せるのが意外で、そして素直にかわいいなと思ってしまう。多分俺も少し赤面しているから、これじゃただのバカップルにしか見えないだろう……。
こんなかわいいクラスメイトとカップルでいいのだろうか……などと思っていると、三月はカップに口をつけたまま、モゴモゴと小声で話し始めた。
「その、クラスの名簿で見たから、覚えてただけよ」
「本当に?」
「べ、別に不自然じゃないでしょ? それに隣の席の人の名前くらい、覚えておくのは普通のことでしょ」
「それはそうなんだけどさ、ほら、俺って目立つほうでもないし」
「それは分かっているけれど」
いや失礼だな!
とはいえ言い訳がましい彼女の言葉に、俺は少しだけ吹き出してしまった。普段クールで完璧に見える三月が、今はまるで不器用に見えてしまう。
こういう一面があるんだな。今の今まで思ってもみなかった三月の「クールではない」姿が垣間見えたことで、なんだか少し親近感が湧いてくる。
「そうなんだ。じゃあ俺も三月さんの名前くらい覚えておかないとな」
「もう、わざとらしく言わないで」
小さく呟きながらも、三月は頬を赤らめたまま、愛情スコアのチェックをしているようだった。三月はスマホを取り出して何かを操作し、数字を見つめて小さく頷いた。
「カフェで会話したから、愛情スコアが2点上がったわ」
「2点? さっきの手を繋いだ10点に比べたら少ないな」
「当然よ。会話だけじゃそこまでインパクトがないもの。でも積み重ねも大事だから、しっかり加算しておかないとね」
俺は愛情を「スコア」にすること自体にまだ違和感があったが、真剣にその数字を気にしている三月の様子に、つい付き合ってしまう。なんとなく彼女が次に言いそうなことがわかってしまうくらい、少しずつ彼女のペースが伝わってきた気がする。
「じゃあ、次は何をしたらスコアが上がるんだ?」
「それはもう色々あるわ。映画館に行くとか、ショッピング、それに虫取りなんかもあるわ」
「虫取り!?」
「そうよ。意外に思えるかもしれないけど、虫取りみたいな子供っぽい遊びをすることで、絆が深まったりするの。これも恋愛の基本よ」
いや本当かなそれ……。何か怪しい情報商材を売りつけられたりしていないか不安になってきた。俺の名前を実は憶えていたことを隠し通せなかったくらいだし、どことなく見えるポンコツさに付け込まれても不思議ではない。
「一応聞いておくけど、そのスコアって、誰かに言われてやっているとかじゃないよね……?」
「当然。この計算式は全部自分で考えたの。このためにエクセルも猛勉強したんだから、使わないと損なのよ」
そう言って髪を触る仕草はしとやかでかわいいのだが、いかんせん内容が内容だ。まあでも段々、三月のことが見えてきたぞ。いい部分も微妙な部分も含めて……。
とにもかくにも、三月の「恋愛スコア計算式」はどうやら彼女の完全オリジナルらしい。話を聞いているうちに、少しずつ彼女のスコアへの考え方もつかめてきた気がする。恋愛に関して、三月はどこか徹底的に「理論的」に捉えようとしているのだろう。
俺はその場でふと、思いついた疑問を口にした。
「でもさ、虫取りとか恋愛スコアとか、普通のカップルはあんまり考えないんじゃないか?」
三月は少し考え込んで、真剣な顔で答える。
「それはそうかもしれない。でも、普通のカップルがどれだけ効率的に愛情を高めてるか、私にはわからないでしょ?だからこそ、確実にスコアで把握しておきたいの」
「でもさ、俺とこれから付き合うっていうのはいいんだけど、なんか『実験』みたいな気がするんだよね……」
「うーん、そうかしら?」
三月は小首をかしげ、少し寂しそうな表情を浮かべた。俺はそれを見て、少し言い過ぎたかと反省する。というか若干偉そうだったか。
「いや、別に悪いって意味じゃなくて。ただ、そういうところも面白いなって思ってるんだ。だから、あの、よろしくお願いします」
「面白い……か。ふふ、ありがとう」
三月は照れたように微笑むと、また携帯を取り出して何やら操作を始めた。
「カフェで話してた分、愛情スコアが3点上がったわね」
「さっきの2点から、さらに上がったのか?」
「ええ、途中で出てきた虫取りの話が、プラス1点だったから」
「虫取りの話でスコアが上がるのかよ……」
三月が楽しそうに愛情スコアを記録している姿を見て、俺はなんだかんだ、この「恋愛システム」に付き合ってみるのも悪くないかもしれないと思えてきた。普通じゃないけど、だからこそ面白い。
次に何をすればいいのかを考えつつ、俺たちは次のデートの行き先を決める相談を始めたのだった。
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