第4話
三月に半ば強引に引っ張られ、俺は抵抗する間もなく教室の外に連れ出された。廊下を歩きながら、三月は冷静な表情で「プラン通りに進むから、よろしくね」とだけ告げる。
「……プランって、その、何ですか……?」
俺の声は三月には届いていないか、半分無視されている様子だ。
「せっかく三月のことを考えて切り出したのに!」と心の中で叫びつつも、俺はひたすら彼女のペースに巻き込まれていく。
駅前のカフェに向かう道中、ちらほらと同級生が二人の姿を目撃し、驚いた顔をしているのが視界の端に入る。特に女子たちの視線は、どこか敵意すら感じられるような鋭さがあった。これがモテる男子の気持ちなのか……?
駅前のカフェに到着し、店内の落ち着いた雰囲気の席に座ると、三月はすぐにメニューを手に取った。俺はさすがに、この状況について何か言わなければと思い、思い切って口を開いた。
「えっと、三月さん……本当に俺と付き合うつもりなんですか?」
「もちろん。それで蛍と付き合うと決めたからには、ちゃんと愛情スコアを上げないといけないわね」
愛情スコア…またしても理解しがたい言葉が飛び出してきた。俺が若干首をかしげるのを見逃さず、三月は少し意外そうな顔をしたが、すぐに納得したような表情を見せた。
「そっか、蛍にはまだ説明してなかったね。このスコアというのは、お互いの好感度を数値化して客観的に把握するためのものよ。恋愛には感情が伴うものだけど、それだけじゃ曖昧だから、こうやって数値で表せば進捗が見えるでしょ?」
三月がスマホを手に取って、その画面を見せてくる。
エクセルにびっしり数値が並んでいて、って……よくよく見たら俺の個人情報が並んでるじゃないか!
内心とてもおびえながら、何でもないような顔で探りを入れるよう努める。
「進捗……って、恋愛にそんなもの必要なんですか?」
「当然よ。恋愛だってプロジェクト管理と同じように、目標を設定し、進捗を確認しながら改善していくべき。それと、もう蛍は彼氏なんだから、その敬語もやめて。スコアが下がるから」
もう蛍は彼氏なんだから。まるでビジネスの話をしているような口ぶりで、三月は淡々と語る。俺はもはや反論する気力も失いかけていたが、同時に彼女の言葉の裏にある真剣さを感じ、少しだけ興味が湧いてきた。
「じゃあ俺たちは、今からその愛情スコアとやらを上げるためのデートをするってことでs……ことか?」
「ええ。今日はまず、手を繋ぐことで愛情スコアを10点上げるわ」
「10点?手を繋ぐだけで?」
というかそのスコアは何点満点なんだ。もう突っ込みどころが多すぎて、俺は考えるのを放棄しはじめていた。
「そうよ。物理的接触は好感度に直結するから、まずは基礎として必要なの」
言われるがままに手を差し出すと、三月はためらいもなくその手を取り、指を絡めるように握ってきた。その冷たい指先が俺の手のひらに触れると、不思議と心臓が高鳴り、鼓動が速くなるのがわかる。これがあの高嶺の花の美少女・三月葵の手……。
「こうして手を繋ぐことで、互いの信頼度が高まり、愛情スコアも少しずつ上昇していくの。わかりやすいでしょ?」
「いや、全然わからないけど……」
俺は赤面しながらも、何とかその状況を受け入れることにした。しかし、三月の言葉をそのまま信じていいのか、心のどこかではまだ疑っている。
***
その後ドリンクを注文し、三月と少しずつ会話を重ねる。内容は主に三月の独特な恋愛観についてで、例えば「デートは目標設定を明確にしないと意味がない」とか、「感情が揺らいだら、すぐにポイントを調整するべき」といったものだった。彼女の言葉には真剣さが宿っていて、時折見せる微かな笑みが、俺の心に小さな波紋を広げていく。
そして、会話が途切れたタイミングで、三月がふと真剣な顔で俺を見つめてきた。
「蛍、私の恋愛観に驚いているかもしれないけれど、ちゃんと受け入れてくれているのが伝わってくるわ。こうして付き合い始めたのも、私なりに本気の選択だったの」
「本気、なんだ」
三月の目は真剣そのもので、いつもの冷たさというよりも、静かな決意が宿っているように見えた。俺は一瞬、気軽に返事をしていいものか迷ったけれど、彼女の真剣さに応えるべきだと思い直した。
「それってつまり……なんで俺だったのかってことも、本気で考えて決めたってこと?」
「そうね、もしかしたら誤解させちゃったかもしれないけれど、べつにずっと蛍のことを気にしてたわけじゃないの」
三月は、少し肩をすくめるように言った。その言葉に少しがっかりしながらも、俺は続きを促す。
「じゃあ、どうして俺だったんだ?」
「まあ、悪くないなとは思ったわ。あなたは大人しくて、そこそこ気も利くし。それに、付き合い始めてもそこまで派手に目立つわけじゃなさそうだしね」
「それって完全に適当じゃないか」
「あら、適当って言ったら少し違うけれど」
三月は指先をカップの淵でトントンと叩きながら、続ける。
「……ただ、たまたま私の隣に座っていたことと、話しかけてもちゃんと応じてくれそうだなって思ったこと。付き合うって、まずはそのくらいの気軽さで十分じゃない?」
その言葉に、少しホッとしたような、肩透かしを食らったような気持ちが混ざる。三月は、どこかあっけらかんとしていて、それでいて変に納得する部分もある。
「つまり、特別な理由とかはないんだな」
「そうね。でもそのくらいで十分でしょ? 深い理由とか期待しないで。恋愛って、考えすぎると面倒くさくなるだけだもの」
三月はまるで一般論を話すかのように言う。けれど、彼女のそのサバサバとした態度に、俺は少しずつ三月に対する見方が変わっていくのを感じ始めていた。
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