筋の男─Kin no Ono─

憑弥山イタク

キンノオノ

 底の深い池から顔を出した男は、ヘルメスと名乗った。漆黒のブーメランパンツだけを履き、シャツの1枚、否、ソックスさえ履いていない、限り無く全裸に近い男である。

 ヘルメスは絵に描いたような色男だが、その顔つきに似つかわしくないような身体を見せびらかしてくる。骨に纏った強靭な筋肉はさながら鋼鉄のようで、ナイフでも突き立てようものなら即座に折られるように見える。


「やあ、僕はヘルメス。キミだね? 僕の棲むこの神聖な池に、チョコレートバーを落としたのは」


 ヘルメスは眉を傾け、露骨に困ったような笑みを見せる。その顔はさながら、アメリカンホームコメディでフランクな男友達が見せるような顔で、不思議なことに、見ているだけで何故だか笑いが込み上げてきた。


「僕は親切だから、わざわざキミに返しに来てあげだんだ。時に、キミが落としたのは、この"プロテイン25g配合のチョコレートバーイチゴ味"かな? それとも、この"プロテイン25g配合のチョコレートバー抹茶味"かな?」


 ヘルメスが両手に持つプロテイン配合のチョコレートバーを見て、私は勇気を出してこう言った。


「いいえ、私が落としたのは……"プロテイン15g配合のチョコレートバー普通味"です」


 そう。私がうっかり池に落としたのは、プロテイン15g配合のチョコレートバーである。ヘルメスが見せてきた2種のチョコレートバーは、どちらも私の落としたものではない。


「なるほど。キミは正直者だね。では、正直者のキミには、キミが落としたプロテイン15gのチョコレートをお返しして……プロテイン25gのチョコレートバー2種もあげちゃおう。ついでに、僕が普段愛用しているザ〇スのプロテイン(イチゴ味)とシェーカーもセットであげよう。キミも、立派な大人になるのだよ」


 私の前にプロテイン配合のチョコレートバーと、未開封の粉状プロテインとシェーカーを置くと、ヘルメスは満足気な顔を浮かべながら池の中へ沈んでいった。

 ヘルメスの沈んだ池からは、イチゴ味のプロテインが如く甘い香りが漂ってきていた。


「……ならば、ありがたく!」


 ヘルメス同様、ブーメランパンツ一丁で池の前に立っている私は、ヘルメスへの感謝を表すべく、渾身のサイドチェストを披露した。


 時は、筋肉戦国時代。

 ヘルメスから受け取ったプロテインを糧に、私は天下統一を目指すことにした。

 後年、私の事を記した伝記には、第六筋シックスパック魔王キングという渾名が記載されることとなるが、この時の私は、知る由もない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

筋の男─Kin no Ono─ 憑弥山イタク @Itaku_Tsukimiyama

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

同じコレクションの次の小説