続いたり続かなかったりSS

化野 因果

第1話

初めて自分の店を持てたとき。これでやっと一人前の魔女になれたと思った。魔法使いの最高位である魔女として認められたものは、魔法界でも人間界でもそれなりに幅がきく。ただそれは魔女対魔法使いの間の話で、魔女同士だと自分の店を持つのがスタンダード。


つまり気が逸っていたのだ。


「そうだ、ショタになろう」


こんなアホな欲望を叶えるために本当に変身薬をこしらえてショタになるなんて。

わたしって、ほんとバカ。


「うわ……声、渋ぅ……」


そんなわけで今のアンブロシアは、背の高い魔女としての姿ではなく、サロペットと縦シャツ、ハイソックスと子供用の革靴を身につけたショタである。ありがちなもので揃えたが、彼女はイメージでしかショタを知らなかったので、これがショタなのだと思っている。加えて何をとち狂ったか、「ショタだけだと舐められるから声は渋くしてみよう」と思い立ち、変身薬に変声魔法までブレンドしてしまった。


故にいま。


「ごめんください。…あら? まあまあ、可愛いお弟子さんね。魔女アンブロシアの魔導具店はここかしら」

「ああそうだ。そして俺は弟子ではない。助手だ。以後は…ふむ、ネクターと呼んでくれ。ごきげんよう、レディ」


あまりに客が自分を魔女の弟子と間違えて話しかけるせいで、19人を超える頃には「ネクター」と名乗って助手を詐称することにした。ネクターの少年然とした見た目と、変声期前の子供とは思えない声質は、彼を少しミステリアスに見せるようで、今のところ客がそれを疑うということは起きていなかった。


だが起きていないだけで後々面倒が起きないとも言いきれない。始めたばかりの店で、客とことを荒立てれば、それこそ笑いものだ。


ネクターは店番という体で店に立ちながら、一刻も早く巻き戻し薬を作りたかったが、そういう時に限って客が途切れない。新装開店だからかもしれないが、店の扉は回転式ではないにも関わらず、休むことなく回り続けている。そのうち蝶番に油をささないとまずいんじゃないかと思い始めた。

わりと真剣に悲鳴上げてるぞコレ。どうすんだコレ。始めて半日も経っていないのに。


「ごきげんよう、あら」

「俺はネクター、魔女の助手で、店番を任されている。彼女はしばらく入用で席を外し中だ、ご要件をどうぞ」


新しい客が何かを言う前にネクターは一息に説明をねじこんだ。あまりにも同じ流れで同じ質問をされるので、どうせ説明が必要ならばと朝からこの台詞を繰り返していた。


「そうなの、じゃあね……分解魔法をかけてほしいのよ」


ネクターは自分がバカのように思えてきた。いや、ショタになろうと画策する時点で既に愛すべき間抜けというかアホなのだが。だがそれも、分解という言葉を聞くまでだった。


ネクターはカウンターから僅かに身を乗り出した。品の良さそうなマダムから出る言葉にしては、少々物騒なものだったからだ。


「というと? 呪いか魅了か、事故か事件か。それともマダム自身ではなく家族のためか。誰にどのような〝分解〟を望んでいるのか聞かせてもらいたい」


分解魔法というのは、簡単に言えば、ある対象にかけられている状態異常の効果を強制的に剥がすための魔法だ。駆除と言い換えてもいい。解呪や解毒と違うのは、複雑な手順や道具を必要としないこと。魔女本人からの許可さえあれば、効力の続く限り恩恵を得ることが可能。こう聞くと夢のような魔法だが、しかし便利なものは、得てして習得が難しい。使いこなせる魔女の絶対数が少ないのだ。つまるところ需要しかない。


マダムはおっとり微笑んだまま、


「わたくしにかけてほしいのよ」


と繰り返した。


「失礼、お手に触れても?」とネクター。分解には対象の身体に触れる必要があるので、自分は今子供とは言え、女性へのマナーを事欠くつもりは毛頭ない。信用というのは稼げるところから確実に稼ぐものである。


「ええ、もちろん。少し驚かせてしまうかもしれないけれど」

「ほう?」


意味深な物言いに、期待というには上品すぎる欲望が首をもたげた。好奇心は猫をも殺し、自らを破滅させるものだが、人は人の不幸や秘密に弱い生き物だ。ことアンブロシアはいっそう弱かった。


「これは……また、面妖な」

「そうでしょうね」


アンブロシアは魔術の鍛錬のため、いくつか危ない橋も渡ってきた魔女である。迫力は足りないが、度胸はあると自負していた。多少の「謎」では驚かないと。それが今、視界を濁らせる魔法のベタ塗り痕跡を見て、確かにわなないていた。心が、である。


なにこれ面白い。

このマダムただ者では無い。


心の中でアンブロシアの感想とネクターとしての理性が交錯し、口からは危うく合体した「ただものしろい」という意味不明な言葉がまろびでそうなったが、ネクターが咳払いをしたのでそれはキャンセルになった。


「マダム、失礼を承知で申し上げる」

「なあに?」

「妬み嫉み憎まれおそれられ、呪いあれと祟られている──にも関わらず。なぜ無事に、息をしているマダム……?」


妙齢のマダムは、艶然として微笑んだ。


「聞きたい?」

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