34.セント・ローレンス修道院① 行方不明事件と魔女


 周囲を深い森で囲まれ、崖壁に孤城のごとく、セント・ローレンス修道院は存在した。南門からのびた石造りのアーチ橋だけが、唯一外界とつながっている。


 他の修道院と同様、早朝の務め、礼拝に始まるが、異なるのは、その後日中の過ごし方だった。

 

 修道士たちは、各々の知的探求心の望むままに学ぶべく、各司祭が教鞭を打つ教室へと分かれて過ごす。――農学、畜産学、医学、神秘数学、古文学、古近代魔法学……そして、聖女ローレンスが専門としていた魔法薬学の授業は、修道士たちに特に人気が高かった。

 

 教鞭を打つのは、カロリナ女司祭――紫色の髪が腰を超えて長く揺れ、透きとおるような白い肌は、美しいが亡霊のようでもあった。

 教壇の脇にはグツグツと煮えたぎった液体が入ったフラスコと、逆さ吊りにされた黒い毛玉のような物体。


「――ローレンス女史の著書『魔法薬学大全』第5巻の記述によりますと、致死率95%のドラ蝙蝠の牙から分泌される毒も、乾燥させたフェンヌル草30g、カラン鉱石の粉末20gを、聖夜星の樹液50gでのばした軟膏で、中和できると記録されていますわ。ですが実際の配合は、カラン鉱石は2倍の40gが最適でございました。

 皆さまも、独自の薬剤調合を研究なさって、病や苦しみから、多くの迷える子羊を救われることを、期待いたしますわ」


 カロリナ司祭は手際よく薬剤の分量式を黒板に記しながら、魔法薬の調合を実演して見せていた。シスター、修道士たちは、その様子を熱心にノートに記録している。


 その日のすべての授業を終えたカロリナ司祭は、夕方の礼拝までの間、自室へと戻っていた。たくさんの薬剤が並べられた棚から、小瓶に入った何とも言えない毒々しい色の液体薬を取り出し、グビグビと一気に煽り飲んだ。


「――はぁ…はぁ…。薬効の持続時間が、どんどんと短くなっているのを感じますわね…今晩にも材料の調達をするべきですわ」


 ぶつぶつと一人呟くカロリナ司祭の顔色は、白さを通り越して青く血の気がない。


「――やはり色は赤…生命の赤みの色が最適ですわ。……ですがもう全て刈り取ってしまって、手に入りませんの…はぁ…はぁ…ほしい。他の色では持続効果がよくありませんわ……」


 鏡の前でカロリナ司祭は、狂気をまとって自身の姿を絶望的に見つめた。


 ◆


 シスター・シンシアは、浮足立つ気持ちを隠せず、夕礼の間も落ち着かなかった。

 カロリナ司祭の自室にお呼ばれした――シンシアは少し前に、悪夢に魘されることを相談していた自身の悩みを、カロリナ司祭が覚えていてくれたのがうれしかった。

 睡眠に効果のあるスズランタンの茶葉が手に入ったからと、シンシアを内緒の茶会に招待してくださったのだ。


「よく来てくれましたわ、シスター・シンシア。――さぁ、落ち着いた気持ちで。お飲みになってくださいまし」


 ティーカップに注がれたスズランタンの茶を、シンシアは一口飲んだ。


「……なんだか、とても落ち着いた気持ちです。今晩は悪夢に魘されることもなく、安らかに眠れそうです…カロリナ司祭様…」

「――えぇ、今宵は悪夢をみる間もなく、ぐっすりと…目を覚ますこともございませんわ」


 カロリナ司祭はうっとりとして微笑み眺め、机に突っ伏して寝入ったシンシアの髪を撫でた。


「……美しい若草色ですわ。――ですが、やはり色は赤…赤みの色が最適ですわ」


 シンシアを机からズルズルと引きずり下ろし、自室に隣接して設けた調剤室へと運んだ。


 手にした古書のページを捲り捲り、妖しげな笑みを浮かべて――

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