33.聖騎士の街『ナイトメア』④ リアードと剣の師匠


「皆さん、とっても爽やかな、いい朝ですね!さあ、セント・ローレンス修道院へ向けて、張り切って行きましょう!」


 ルシフィーが聖女の微笑みで、皆を先導する。――が、他5名の表情はどんより、うとうとしていた。


「――おい、クソ女。今何時だと思ってんだ」

「はい、ギルボルトさん。今は朝の4時ですね!」

「そうだ、4時だ。まだ朝日ものぼってねぇだろ――全然、爽やかな朝じゃねぇんだよ」


 ギルボルトが、不機嫌をルシフィーにぶつけた――ギルボルトは、隣のレオダイムをチラッと見た。

 レオダイムは大口を開けてあくびをしている。――結局、リアードと出て行ったきり、一晩中帰ってこなかった。


「むにゃむにゃ……ルシフィー様…僕たちお子様には、まだ睡眠が必要だよ」


 エルが、マントの紐をもじもじと結びながら、ルシフィーに訴えた。マントは後ろと前が逆で、顔が見えない。リアードが、マントを引っぺ剥がして直してやる。 


「もうっ!いいですか、皆さん?セント・ローレンス修道院は、昨日レオダイムさんもおっしゃったとおり…とっても遠いのです!馬車に乗り、大人の足で歩いて丸2日です!それをエルやアイリスちゃんも一緒となれば、早く出発するに越したことはないのです!」


 ルシフィーがぷんぷんしながら、皆に説教する。


「そのお子様2人、がまだお眠の時間だろうが」


 ギルボルトが指差す先には、ルシフィーのローブの裾を掴んだまま、こっくりこっくりうたた寝するアイリスがいた。

 実のところ――アイリスは昨晩、ルシフィーの着せ替え人形に付き合わされて、眠れなかったのだ……夜遅くまで。


「アイリスちゃん!起きてください!皆に、この私の力作『可愛いシスターverアイリスちゃん』を見てもらってください!そして、出発しますよ!」


 ルシフィーがアイリスの肩を掴み揺さぶる――が、アイリスは夢うつつで目を覚まさない。


 だが、ルシフィーの言い分も一理ある。急がねば、セント・ローレンス修道院まで予定通り辿り着かない。


「――たく、仕方がねぇな。おい、ダイム。俺はこっちのクソガキ坊主、ダイムはそっちのピンク髪の女子だ」

「おぉ!アミリア族の嬢ちゃん、しっかり掴まっていろよな」


 結局、ギルボルトがエルを、レオダイムがアイリスを背負い、荷物を狼のリアードが背負って、出発することにした。


 ◆ 


 一同は、途中で捕まえた乗合馬車に乗り、しばらく進んだ。時刻は12時を過ぎ、聖騎士の街『ナイトメア』の中心市街地辺りまでたどり着いた。

 城壁の中心部に近づくにつれて、騎馬に乗った者、甲冑を身につけた者など、騎士の往来が多くなってきた。


「――ところで、聖騎士の街『ナイトメア』は、大聖堂都市『イストランダ』のお隣で、この聖ヨハネウス十字教国の軍事を担っている騎士団が駐在する、城塞都市ですよね?

 ギルボルトさんは第2騎士ナイトオブツ―、レオダイムさんは第3騎士ナイトオブスリー。ナンバーが付く聖騎士は、何人いらっしゃるんですか?」


 ルシフィーが訊ねた。


「7位までだよ。それぞれナンバー付きには、その下に小隊が付くんだ。つまり、ギルは第2騎士団長、俺は第3騎士団長ってわけだ。

 ただ、ナンバーは強さの順番じゃないぜ!それぞれの騎士団には役割があるんだ。第1騎士団と第2騎士団は貴族出身で、教皇庁直属の護衛任務にあたる。ギルも口は悪いが、見目麗しい良家の坊ちゃんなんだぜ!俺んとこの第3騎士団と第4騎士団は、国外戦任務――外敵と戦うんで、荒くれ者が多くてな、手が焼けるぜ!第5騎士団と第6騎士団は、公安警備――謂わば国内の警察だな。第7騎士団は、各騎士団に従属して、医療従事や物資調達なんかの裏方だ」


 レオダイムが説明した。ギルボルトが付け加える。


「今回の任務は、『イストランダ』のお前らの護衛を第2騎士団の俺が、『ハコブネ』とかいう敵や修道院側からの攻撃には第3騎士団のダイムが、対応することになる」

「頼りにしていますね!レオダイムさん、ギルボルトさん」


 微笑むルシフィーに頼られたギルボルトは、ボッと一気に赤面した。


「べっ、別に!俺はアレクサンダ様の命令で仕方なく護衛してやるだけなんだよ!ったく、しょうがねぇな!」


 ◆


 この日は、中心市街を抜け人気も少ない外れの辺りで、宿をとった。

――明日はいよいよ、セント・ローレンス修道院へ潜入する。


 エルが眠ったのを確認し、リアードは昨晩同様、レオダイムとギルボルトの部屋を訪ねた。


『――コン、コン』


 レオダイムによって、中からドアが開かれた。


「――よぅ!また来たな、リア坊主。エル坊主には見つからなかったか?そんじゃあ、今晩も始めるか」


 2人は昨晩同様、外の闇へと消えていく――が、昨晩と違うのは、それを追う人物がもう1人いた。


「……ったく、ダイムのやつ。あの狼小僧と連れ立って、毎晩毎晩…なにしていやがるんだ?」


 2人に気づかれないよう、少し離れた物陰に隠れながら、ギルボルトは追っていく。


 レオダイムとリアードは宿から少し離れた広場につくと、その歩みを止めた。


「――っよし!んじゃあ、今晩はここでいいか?まずは昨日の復習からだな!」

「はい!よろしくお願いします、師匠」


 リアードはレオダイムを師匠と呼び、頭をぺこりと下げた。


「……?師匠?」


 その2人の様子を、ギルボルトが訝しげに覗いていた。


 レオダイムがリアードに向かって、自分の腰に下げている剣を投げ渡した。


「昨日教えたとおり、まずはどっと一気に踏み込んで、相手が避けたら、ぱっと退く!……そうそう、どっと、ぱっとだ!……違う違う、どどっと一気に、そしてぱぱっとだよ!違う違う!」


 レオダイムの感覚的な剣の指導に、リアードは見様見真似で対応しながらも、内心理解不能でいた――これで本当に剣技を習得できるのだろうか?


 リアードがレオダイム師匠の教え方に疑問を抱き始めた頃、物陰から飛び出してきたのは――見るに見かねた、ギルボルトだった。


「――おい、ダイム!お前の教え方は、いつもいつもお前にしかわからねぇんだよ!

 ったく!おい狼小僧、剣技の特訓なら俺様がつけてやる。ったく、しょうがねぇな!師匠と呼べよ!」


 ギルボルトは、リアードとレオダイムの2人で師弟関係を築いているのが、内心少し除け者感があり淋しかった。しかし、眺めているうちに上手くいっていない2人の様子を見て、これチャンス!と、少しばかりの好奇心で、師弟関係に捻じ入った。


 レオダイムの野性的感覚で身に着けた超直感的な指導法に、ギルボルトの努力と涙と根性論で身に着けた超スパルタ指導法が加わった。

 ――リアードが聖騎士直伝の剣技を習得して、エルを護る戦士に育つべく、最強の師匠タッグがここに誕生したのだった。

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