27.『7つの教会』招集会議②


 聖女帝マリア=テレア14世が玉座に着くと、大聖堂内は一瞬にして静まり返った。

 視線が、慈悲深くも威厳高い聖女帝マリアの姿に注がれる――皆が聖女帝の言葉を待っていた。


「――今まさに、聖ヨハネウス十字教国は、かつてない危機に晒されています

 ――ここに『7つの教会』を招集したのはほかでもない、我らイストランダの中央庁と協力し、この危機に対処するのです。さあ、今こそ我らが神、聖ヨハネウスへの忠誠を示すのです!」


 大聖堂内の一同が、一斉に右手で十字を切って合掌し、聖ヨハネウスへ祈りを捧げた。


 聖女帝マリアはそれだけ述べると、後をグレゴレオ行政長官に代わった。


「この度の一連の事件の詳細は、伝達の使い妖精に持たせた、『着火電報』で伝えたとおりであります」


 『着火電報』は、送り先に指定された者が読んだことを確認すると、跡形もなく燃え尽きる代物である。また、万が一別の者の手に渡れば、開かれる前にやはり燃え尽きてしまうので、この国で最も機密性の高い文書のやりとりに用いられる手段だ。


「これから、この危機に対処すべく、各地区内での史徒ヒストリアによる検閲任務を、強化いたします。我が国の敵、秘密結社『ハコブネ』よりも先に、残りの『大罪の黙示録』を探し出すことが最優先事項です!

 ――ただし、この任務には今まで以上に多くの危険が伴うでしょう…『ハコブネ』がいつ奇襲を仕掛けてくるやもしれない…それに、幸運なことに、あるいは不幸か…『大罪の黙示録』を敵よりも先に引き当てたとして、此度の聖カルメア教会のごとく、史徒ヒストリアは『大罪の黙示録』を保持する教会や修道院の、悪意ある攻撃に晒されることになるでしょう。

 ――そこで、今後の検閲任務は、史徒ヒストリアは2人1組体制で当たることとし、そこに各地区の『7つの教会』から直属の者を派遣すること――つまり、今後は、イストランダ史徒文書館の史徒ヒストリアと『7つの教会』がチームを組んで、『大罪の黙示録』捜索に特化して、検閲任務を行うことといたします!」


 グレゴレオ行政長官の説明に、大聖堂内の一同が騒めきだった。

 そんな中、スッと手を挙げる者がいた。


「わたくしたち――古きより自然との調和と心の共鳴、何よりも平和を愛する、エルフの民『アグノリス』も、この度の争いに巻き込まれざるを得ないのでしょうか?聖女帝マリア様…」


 美しい音色の歌でも唄うかのような声で、聖女帝マリアに異を唱えるのは、エルフの農村『アグノリス』の頭首――ストレートのプラチナブロンドの髪と尖った耳、浮世離れした美しさのエルフの族長アイディールと、その妹のフレイアだった。


「おいおい!そんなこと言ったら、俺ら『マクゴリオ』だって、付き合っちゃられねぇ。

 ドワーフらは鉱石の採掘、錬金術師らは国中からの注文品の納品――みんな、てんてこ舞いで忙しいっちゃあねぇよ」


 威勢よく声を荒げたのは、錬金術師の谷『マクゴリオ』を統治する、特級錬金術師のオーリンに、その従者ドワーフの族長ヴォーグだ。ともに筋骨隆々な体は荒々しくやや無骨に見えるが――職人気質な義理堅い性格をしている。


「だがよぉ、国の一大事だ。普段は自由にやらせてもらっているが、力を合わせなきゃならねぇときってもんがあんだろ。俺ら『マクゴリオ』は協力するぜ!」


 意気込むオーリンの隣では、頭一つ分低い位置で、寡黙なドワーフのヴォーグが強く頷いている。


「わたくしたちエルフの民も、協力しないとは言っていないのですよ!ただ…なんとか争いを避け、平和的な解決を望めないものでしょうか…?」


 アイディールが、そのサファイアのように美しい瞳に涙を浮かべて訴えた。


「我輩ども『シャムノア』の占呪術師は、カバラ数秘術による占術で、聖ヨハネウス十字教国全土を巻き込む、此度の闘い……起こることは100年以上前から、予言しておりました。

 『太陽と月が地に現る時、東の悪魔が強大な力で厄災を起こすであろう』と…ひっひっひっ。我輩の予言するところでは、この闘い…国家の長き暗黒時代の幕開けとなりましょうぞ」


 如何にも怪しげな黒いマントを頭からすっぽりと被り、手元の水晶玉をいじりながら不吉な予言を告げるのは――占呪術師の里『シャムノア』の長老ババとその娘のラバである。


 地区内には、古今東西あらゆる占術的、呪術的な知識に富んだ者たちが集まり、国中の富裕層やら上流階級の者たちからの依頼を受け、占呪術で大儲け――財政的にも潤っている。


 『シャムノア』の長老ババの予言を聞いて、『アグノリス』のエルフ、アイディールとフレイアの姉妹は、より一層瞳に涙を浮かべて、不安に身を寄せ合って嘆いている。


「はっ!お前らの戯言はどんな解釈でもできんだろ。くだらないことを、よくも、いけしゃあしゃあと。お前らが10年前にした、『ナイトメア』の城塞崩落の予言とやらは、当たる兆しもねぇがな」


 長老ババに強気に言い返すのは、聖騎士の街『ナイトメア』の第2騎士ナイトオブツーのギルボルトだ。

 『ナイトメア』は、大聖堂都市『イストランダ』の北隣に位置する城塞都市――この国の軍事を担う、聖女帝マリア直属の騎士団が駐在する地区だ。序列の高い第1騎士ナイトオブワン第2騎士ナイトオブツ―は、直々に聖女帝マリアの護衛任務にもあたる。


「ふん!若造が…聖女帝の犬っころめ。ひっ!?」


 ボソッと、言い放ったシャムノアのババの黒マントのフードをひっぺ剥がし、ギルボルトがババを脅す。


「あんまり無駄口叩いてると、寿命が縮むぜ、婆さん」

「――やめろ、ギル。聖女帝マリア様の御前だぞ。聖騎士としての自覚をもて」


 ギルボルトを制したのは、第1騎士ナイトオブワンのアレクサンダだった。


「我が部下が。お見苦しいところを失礼いたしました、聖女帝マリア=テレア。『ナイトメア』は此度の闘いでも、必ずや聖女帝のお役に立ってお見せいたします」


 アレクサンダはマリア教皇に敬礼する。それを見てギルボルトも倣って敬礼する。


 『7つの教会』各々の反応を黙って眺めていた聖女帝マリアが言葉を放った。


「――皆、各々の内政事情も信念もありましょう。しかし、この事態に対して、我らが神、聖ヨハネウスの名のもと、結束して事に対処するのです!」

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