第2章 大聖堂都市『イストランダ』史徒文書館 7つの教会 編

18.大聖堂都市『イストランダ』


「――ちょっと、止まって止まって!

 大聖堂都市には、聖母帝マリア・テレア様の印のある入都許可証が発行されていないと、入ることはできませんよ!今日は一般開放日ではないんだから」


 何構わず、ついっと通り過ぎようとした5人一同を、新米らしき若い門番衛兵の1人が押し留めた。


「なんじゃと!貴様、我輩のことを知らんのか!神の第1史徒ヒストリアのサンマルコじゃぞ。

 それと、第10と第11の史徒ヒストリア2名、その供の者2名じゃ!覚えておくがよい」


 やたらと圧の強い白髭の老人に、若い門番衛兵は、ぽかんとしている――が、先輩らしきもう1人の中年の門番衛兵が、慌てて応対した。


「しっ、失礼いたしました!史徒ヒストリア様方に、お供の方。任務からのご帰還、お疲れ様でございました。さあ、お通りください」

「よかろう」


 サンマルコは、中年の門番衛兵の対応に満足し、一同はイストランダの正門を通過する。

 通過する際に、背後で先輩衛兵が新米衛兵を、小声で諭すのが聞こえた。


「……・お前も知っているだろう?あの黒いマントにロザリオ、星屑シルバーの髪のお方たちは、『聖ヨハネウス史徒文書館しと ぶんしょかん』の、12史徒ヒストリア様方だよ」

「!あのお方たちが12史徒ヒストリア!」

 

 ◆


「――エ、エルたちって、有名人なんだね…?12史徒ヒストリアって、エルたちのことだよね?」


 石門を通過しながら、アイリスがエルに、ひそひそと内緒話をするように訊ねた。


「有名人っていうか、史徒ヒストリアは12人しかいないから……珍しいんだよ」

「へ?12人しか、いないの?」

「へ?言っていなかったっけ?10年に1人、生まれるんだよ」


 ――アイリスは、ここ数日の付き合いだが、どうもエルは時々言葉が足りなくて、すっとぼける傾向にあると感じていた。


 エルに代わって、ルシフィーが説明する。


「――私たち、史徒ヒストリアは、謎に包まれた不思議な存在なのです。

 東の草原を遊牧する羊飼いの民『オルミス族』の聖女から、10年ごとに生まれるのですよ。

 それに、史徒ヒストリアには史徒ヒストリアの目印があって、体の何処かしらに金色の六芒星ヘキサグラムが刻まれているので、それが史徒ヒストリアであることの証となるのです」

「僕のは頬に刻まれているけど、ルシフィー様は胸元に刻まれているよね、へへへ。サンマルコおじいちゃんは…」

「我輩のは、……尻じゃ」


「……えっと、続けますね。第1史徒ヒストリアから第12史徒ヒストリアまでの12人が、誕生から120歳になるまでの間、書物に愛されるその力によって、文書館で神に仕えることになるのです。

 10年毎に位が上がっていき、第1史徒ヒストリアが120歳を迎える日、その日は第1史徒ヒストリアが第12史徒ヒストリアとして生まれ変わる『復活祭』の日として、聖ヨハネウス十字教国では、盛大に祝われるのですよ」


 ルシフィーは笑顔でアイリスに語った。


「ついこの前、ぼくは10歳になって、第11史徒ヒストリアになったんだ。第1史徒ヒストリアだったモリーヌおばあちゃんが天国へ行っちゃったのは寂しいけど、誕生したばかりの第12史徒ヒストリアのリリイは、モリーヌおばあちゃんの生まれ変わりなんだよね、ルシフィー様」


「ふふ、そうですね。エルも、もう10歳の初任務も終えて、立派なお兄ちゃんね」


 にこやかに話しながらも、一同はイストランダ大広場を進んでいく。

 広場は、円形に広がっており、周囲には無数の天使の彫刻がずらりと並び、中心の聖ヨハネウス像に向かって祈りを捧げている。

 上から見ると、石畳がヘキサグラムと円陣を描いている。円陣の内側には、ルーン文字で『我、ここに集いし子羊に加護と祝福を』と記されている。


「――ルシフィーよ。そなたは先に文書館事務局へ戻って、我らの帰還を報告しておれ。

 エルにリアード、それにアイリスとやらは、大事な話がある。――ついて参れ」


「承知しました。――それじゃ、アイリスちゃん、またあとで!イストランダの街と、聖ヨハネウス史徒文書館を案内しますね」


 ◆ 

 

 ――エル、リアード、アイリスは、先を歩くサンマルコについて、イストランダ大聖堂へと続く回廊を進んだ。

 『聖母帝の玉座』のある大聖堂内には入らず、その更に奥にある、聖母帝マリア・テレア14世のいる教皇庁へと足をのばした。


 サンマルコは、教皇庁の受付に置かれた銅製のベルをチリンチリンと鳴らし、声を掛けた。


「教皇庁行政長官のグレゴレオは、おらんかのう?」


 すぐに中から、キャソックをかっちりと着込んだグレゴレオ行政長官が現れた。


「第1史徒ヒストリアサンマルコ殿が、直々に教皇庁にいらっしゃるとは――一体何ごとです?」


 ただならぬ予感に、グレゴレオ行政長官も緊張の面持ちを見せている。


「事は一刻を争う。第11史徒ヒストリアの初任務中に、『大罪の黙示録』が発見された。――文書館事務局長が裏で糸を引いておったのじゃ。

 ――更には、反十字教結社『ハコブネ』と名乗る組織に、『大罪の黙示録』が奪われた。

 ひいては、聖母帝マリア・テレア14世に、お目見え願いたい」


 簡潔な報告であったが、グレゴレオ行政長官は、とんでもない国の一大事と悟り、急いで、一同を教皇庁の奥の教皇室へと通した。


 グレゴレオ行政長官は扉の前で、真鍮のドアノッカーを3回トントントンと叩き、聖母帝マリアの返事を待った。


「――どうなさいました?」


 中から、しなやかでありつつも威厳のある女性の声で、返事があった。


 ――流石のエルも緊張した。これからお目にかかる聖母帝マリア・テレア14世といったら、聖ヨハネウスの聖母であるマリア・テレアの血筋を継ぐ、この聖ヨハネウス十字教国の教皇帝である。

 余程のことがない限りは、史徒ヒストリアといえども直接会うことなどできる存在ではないのだ。


「我輩じゃ、サンマルコじゃ。ちょっとよいかのう?」


 サンマルコの呼びかけに、内側から扉が開いた。中から、金色の華麗な衣装に身を包み、黄金のミトラ冠を被った、慈しみ深い女性、聖母帝マリア・テレア14世が現れた。


「ちょっとよいかの?――なんていう、問題では、ないのでしょう?」

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