19.聖ヨハネウス史徒文書館① 聖女帝マリア=テレア14世
聖母帝マリア・テレア14世は、緊張の面持ちで、ちょこんと立ちすくむエルを見て――懐かしの表情を浮かべた。
「――
「はっ、はい!……それは赤ん坊の頃に比べれば、大きくなったでしょう」
聖母帝マリア・テレア14世を前に緊張していても、エルはいつもの調子で答えるものだから、リアードが「空気を読め」と横から肘で小突いた。
「――本題じゃ、聖母帝マリアよ。事は非常に…我らに不利に動いておる。
120年ぶりに、『大罪の黙示録』の1編が見つかった。――場所は商業都市『ベレンツィア』の端に建つ聖カルメア教会じゃ。こやつ、
「『大罪の黙示録』ですって!……というと、120年前――
聖母帝マリアの顔色が変わった――明らかに狼狽えている。
「――さよう。ふたたび、
サンマルコがゆっくりと頷いた。
「――おぉ、神よ、何と罪深いこと!――それで、状況は我らに不利に…とは?」
聖母帝マリアが、先を促す。
「――ふむ。その聖カルメア教会に、反十字教結社『ハコブネ』なる組織が現れ、『大罪の黙示録』を奪っていきおった。
しかも、あやつらは、この
サンマルコの話に、聖母帝マリアは幾重もの意味で、衝撃を受けている。
――イストランダの内部でも限られた人間のみにしか知られていない、最重要機密である『大罪の黙示録』の存在を知る、『ハコブネ』なる組織が存在すること。
――そしてその組織に『大罪の黙示録』を奪われたこと。
――書物だけでなく、組織は
「我輩とルシフィーは、昨晩の出来事を断片しか見ておらぬ。
――エル、リアード、アイリスよ。そなたらが知り得ることのすべてを、聖母帝マリア・テレアと我輩の前で、証言するのじゃ」
◆
――3人は、ベレンツィアでの3人の出会いから、聖カルメア教会での検閲任務、地下への潜入、『大罪の黙示録』を『禁書封印』できなかったこと、ガレリア司祭との闘い、『ハコブネ』が現れるまでの一部始終を事細かに語った。
――それを聞いたサンマルコと聖母帝マリアの表情がさらに曇った。
「……今一度聞こうぞ。――確かに、ガレリア司祭は、所持する書物を指して『大罪の黙示録』
「はい!『大罪の黙示録』
3人とも、ガレリア司祭の口から直接聞いている。間違いなかった。
――サンマルコと聖母帝マリアは、考え込んでいる。
「……サンマルコ。聖カルメア教会で見つかったのが
「――あるいは、
2人は黙り込んで、これからの事に対して、考えを巡らせた。
――先に意を決したのは、聖母帝マリアだった。
「――これより、聖ヨハネウス十字教国は、国家存亡の緊急事態として、厳戒態勢をとります。
グレゴレオ行政長、教国憲法第27条を発令します。聖母帝の命により、
――国を挙げて、残りの『大罪の黙示録』を探し出すのです!――反十字教結社『ハコブネ』よりも先に!」
聖母帝マリアの命による『7つの教会』の緊急招集の対応に追われ、教皇庁内は一気に慌ただしくなった。
「――エル、リアード、アイリス。ぽかんとしているのう。
そなたらには、わかるように説明してやらんといかんじゃろう――ついてくるがよい」
◆
教皇庁から出た4人は、再びイストランダ大広場を抜けて、聖ヨハネウス史徒文書館へと向かった。
聖ヨハネウス史徒文書館――すべての書物の在り処、この世界の叡智と真理の集いし場所だ。
その建物は、重厚な歴史の流れのなかで、風化することなく静寂の中に存在した――正面の装飾屋根には、12人の
エル、リアードにとっては、久しぶりのホームへの帰還だ。
「ほんの数日しか経ってないのに、しばらく帰っていないように感じるよ。
はぁ~、やっぱり、ほっとするなぁ…ねっ、リア!」
リアードは何も言わなかったが、それでも、慣れない旅と、主人であるエルを護らねば、という責任感で、ずっと張りつめていた気が、ホっと解れるのを感じていた。
「ただいま!」
エルが元気よく、両開きの重厚な扉をギィっと開いた――開いた扉から覗いた光景に、アイリスは目をキラキラさせて、ため息を漏らした。
――美しい天井のフレスコ画『叡智の創造』には、人類が知恵の実を得る場面から始まり、四大元素の発見、地動説と異端審問、人体図と黄金比……人類が知識と真理を得ていく様々な場面が描かれている。
左右に並ぶ偉大なる哲学者たちの像、その中心に立つのは聖ヨハネウスとその聖母帝マリア・テレアの像で、天井窓から差し込む光に照らされている。
立像の奥には、高い天井まで届く壁一面の本棚に、ぎっしりと数十万の書物が並べられている。
その下では、数名の文書館職員が、所々に掛けられた梯子に上って書物の整理をしたり、腕いっぱいに書物を抱えて忙しなく歩き回ったりしている。
「――わぁ…!ここが、史徒文書館……本当に世界中の書物がたくさん!」
「このロビーにあるのは、ほんの一部だし、『存在ある書物』だけだよ。この奥には、この何倍もの書物が保管されている。『記憶の書物』もたくさんあるし、閲覧制御されている部屋もたくさんあるんだ。そして禁書だらけの『秘密の書庫』もね!」
案内するね――、と言ってアイリスの手を引こうとするエルに、サンマルコが待ったをかけた。
「――待て待て!……待つのじゃ、エル。案内は後じゃ。
そなた、相も変わらず、おっちょこちょいじゃのう。――まずは我輩の書斎部屋に来るのじゃ」
「えっ!サンマルコおじいちゃんの書斎部屋に…?――入っていいの?」
秘密の話があるのじゃ――、と言うサンマルコの後について、一同はロビーを抜けた先にあるエレベーターへと乗り込んだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます