16.史徒サンマルコとルシフィー


「その者に、手を出すでないぞ!『我が名は、神の第1の史徒ヒストリア、サンマルコ――』」


 ――エルたちが来た道の暗闇から姿を現したのは、エルと同じく黒いマントを被り、白い髭を蓄えた老人と……

 同じく黒いマントを被り星屑を散りばめたようなシルバーの長い髪の女性である。


「『≪エメラルドタブレット≫、我、第1の史徒ヒストリアサンマルコが命じる――敵を捕らえよ≪キャプター≫』」


「あれれ!?サンマルコおじいちゃん!と、――ル…、ルシフィー様!」


 エルは、突如現れた2人のイストランダの史徒ヒストリアに、何が何だか状況が掴めず、ただ驚くしかなかった。


 エルからルシフィーと呼ばれた、年若く美しい女神のような女性が、エルとリアードに駆け寄り、ぎゅっと2人を抱きしめた。


「――エル、リアード……!あぁ、2人とも!本当に無事でよかったです!」

「ル、ルシフィー様…苦しいよぉ」


 ルシフィーの大きな胸へ顔を埋めて、エルもリアードも満更でもないといった様子である。


 そんな微笑ましい様とは対称的に――その傍らでは、第1使徒ヒストリアサンマルコと、『ハコブネ』の白マントの女が、互いの発動した魔力を激しくぶつけ合い、火花と光の破片とを、辺りに散らしている。

 ――サンマルコが優勢で、白マントの女を押している。


「くっ…!よりにもよって、第1史徒ヒストリアのお出ましとはな!こちらに分が悪すぎる…!

 を連れ帰るチャンスだったが……ここは『大罪の黙示録』だけ手に入れば良しとしよう。――ドリドルン、一旦退くぞ!」


 白マントの女は、飛び退くと、現れた空中の亀裂へと身を滑り込ませた。


「――。いずれ、お前も、この世界の真実を知り、我ら反十字教結社『ハコブネ』の主に賛同する時が来るだろう。――必ず再び、迎えにくる」


 そう、エルへ言い残し――白マントの女は、時空の狭間へと消えていった。

 ガレリア司祭を担いだ鉄仮面の男――ドリドルンも、その後に続く。


「――待って!お父さんなんだよね?!お父さん……、みんなと一緒に、ドラコーンの森へ帰ろう?みんな、お父さんを心配――」


「――アイリス。私は森へは帰れない…。真実を知ってしまっては、『ハコブネ』と共にいく。

 ――お前の父は……もういない」


 呼び止めるアイリスの言葉を遮って、そう告げると、鉄仮面の男――ドリドルンも、空間の亀裂へと消えていった。

 アイリスは、変わり果てた父の背中を、成す術なく見送るしかなかった。


「『我、神の史徒ヒストリアルシフィーが命じるのは≪ピカトリクス≫、追跡せよ≪トレース≫!」


 ルシフィーは胸元からロザリオを取り出し、魔法の杖で光の円盤を描いた。

 円盤は時空の狭間へと滑り込み、『ハコブネ』の2人を追った。


「――…恐らくは、撒かれるであろうな。そう簡単に、奴らは捕まらんじゃろう」


 サンマルコは、豊かな白髭を撫でながら、悠然とその場の者たちへ告げた。


「ひとまずは我らの勝利じゃ!――聖カルメア教会の危機は去った!

 『鎖を解き自由を――解放≪リリーズ≫』

 ――ほれほれ、聖カルメア教会の神父殿、修道士殿。捕らわれたアミリア族と魔獣たちの介抱を頼まれてくれんかのう」


 サンマルコに声を掛けられ、フーゴ神父とモリリス修道士は、はっと我に返った。


「モリリス修道士!ノームらとともに、傷ついた彼らの手当てを、任せましたぞ!

 私は、教会の皆を叩き起こして、呼んで参りますぞ!」


 ◆


 ――手当てを受けながら、解き放たれたアミリア族の一同と魔獣らが、アイリスのもとに寄って集まってきた。副部族長のロドゲルがアイリスのもとに、跪いた。


「おぉ、アイリス様!我らを案じて、森の外まで探しに来てくださったのですね!

 あぁ…!私が付いていながら、このようなことに……!さらには、族長まで失ってしまった…。

 アイリス様に、どう償ったらよいか…ドラコーンの森の皆にも合わす顔がない……」

「そんなこと言わないで!――みんなが無事で本当によかった。

 ロドゲル、お願い!――お父さんは一体、どうしてしまったの!?」


 ――変わり果てた父の姿…もう、アイリスのことも、ドラコーンの森のことも、頭にないようだった。


「……我らも、記憶に靄がかかったように、よくわからないのです……。

 ただ、我らは、ガレリア司祭の持つ得体の知れない書物の力によって、十字教軍戦争時の聖カルメア要塞での出来事を見せられ――多くの民の幸福のもと、魔獣たちの小さき犠牲が正当化される――という思想を植え付けられたのです……

 それは、アミリア族が大切にしてきた自然崇拝を、根幹から覆すように――勝手に脳裏の奥深くまで入り込んできて、無理矢理我らを支配した……我らに抗う術は、なかったのです!

 ――しかし、ドリドルン部族長だけは、違った。大切な我らの誇りを持ち続け、ガレリア司祭に立ち向かった。――そして、ガレリア司祭の放った炎に焼かれたのです」


 ――誰よりもドラコーンの森を愛していたアミリア族の部族長である父に、『大罪の黙示録』によって見せられた世界の理は、赦せるものではなかったのだろう。ドラコーンの森も、家族すらも、投げ打ってしまうほどに――

 ――アイリスは、去り際の父の姿を思い浮かべながら、父の決断を悟った。


 ◆


「サンマルコおじいちゃん!ルシフィー様も。――どうして、ここへ?」


 エルとリアードは、サンマルコのもとへと駆け寄った。


「――エル、リアードよ。そなたら、よく無事であったのう」


 サンマルコは、エルとリアードに、自分とルシフィーが聖カルメア教会へ駆けつけた経緯を説明した――

 ――史徒ヒストリアエルの初任務が、邪悪な禁書報告による『検閲』任務であることに気が付いたサンマルコは、文書館内部に異変が忍び込んでいることを悟った。


「そなたにこの任務を指示した、文書館事務局長を問い詰めようと局長室を訪ねると、もぬけの殻で、逃げた後じゃった……。

 あやつは、先ほどの反十字教結社『ハコブネ』とやらと繋がっておったのじゃろう」

「――私は、サンマルコ様から、あなたたちに危険が迫っていることをお聞きして、かわいいあなたたちに何かあったら、と思ったら……居ても立っても居られなくて。

 サンマルコ様と共に、急いで聖カルメア教会へやって来たのです。そうしたら、聖堂の床下に階段が続いていて――ここへ辿り着いたのですよ。

 2人とも、本当に無事でよかった……。よく頑張りましたね!」


 ルシフィーは再び、エルとリアードを抱きしめた。


 サンマルコはルシフィーに聞こえないよう、エルの耳元で密やかに続けた


「――それにしても、じゃ。初任務で、『大罪の黙示録』に出くわすこととなろうとは。

 ――エル、そなたよく無事でいられたものじゃ。先ほどの反十字教結社『ハコブネ』と文書館事務局長……。恐らくは、大いなる力が、大聖堂都市『イストランダ』まで……、ひいては聖ヨハネウス十字教国全土にまで、及んでおる…」

「――!サンマルコおじいちゃんは、『大罪の黙示録』を知っているの!?」


 ガレリア司祭が言っていた――この世界の真理、聖ヨハネウスの力を宿した書物『大罪の黙示録』…。

 ――第1史徒ヒストリアのサンマルコは、知っている?

 イストランダの文書館には、エルがまだ知らない何かが隠されているのだろうか?


「――エルよ。この話をするには、ここは人が多すぎる。話は、イストランダに帰ってからじゃ。

 今晩、見聞きしたことを、誰にも言うでないぞ――ルシフィーにもじゃ。よいな?」

「えっ!?ルシフィー様にも?」


 同じ文書館の史徒ヒストリアであるルシフィーにも、秘密の書物――『大罪の黙示録』って、一体……?


「――そこのドラコーンの娘。……そなたじゃ。名は何という?」

「へ!?わ、私は、アイリスです!」


 俯いて考えこんでいたところで、突然サンマルコに声を掛けられ、アイリスは慌てている。


「――アイリスよ。そなたの父は、あの『ハコブネ』の鉄仮面の男だそうじゃのう?そなたには、『大罪の黙示録』について、知る権利があるじゃろう。

 ――そして、そなたの持つ力…『大罪の黙示録』の力をも凌駕しておった。そなたは、この戦いの切り札じゃ――我らとともに、大聖堂都市『イストランダ』まで、来てもらおうぞ」

「わ、私が…切り札!?」


 確かに、アイリスが首から下げた『ドラコーンの秘石』は、ガレリア司祭が放った『大罪の黙示録』の魔力から、アイリスを守ってくれた。

 それに、アイリスとて、父を放っては、森へ帰れない――


「――今日は、夜も遅い。今夜一晩、聖カルメアに滞在し、明日『イストランダ』へ戻ることにしようぞ――」

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