15.書の魔物④ 『大罪の黙示録 第7編―強欲の罪―』/反十字教結社『ハコブネ』


「――その人たちに、近づかないで!」


 フーゴ神父とモリリス修道士に迫り、手を伸ばそうとするガレリア司祭の前に、両手を広げたアイリスが立ちはだかった。


「――おや?ドリドルンの娘ではないですか。

 …本当に、あなたたちは、親子そろって、私の邪魔をする…あの男だけは、最後まで私に従わなかった…本当に、憎い男ですよ、ドリドルンという男は…!」

「っ!あなた、お父さんに何をしたの?お父さんはどこにいるの!?」

「さあね。我が神の命に従わぬ者は『強欲グリード焔炎ファイアブレイズ』に焼かれて、神のもとに召されたのでは?…ふははは!」


 ――アイリスは、絶望した。そんな……父ドリドルンは、アミリア族の気高い部族長だった。それなのに、こんなことって…


「さて、ドリドルンの娘。あなたに何ができますか?この者たちを救うことができるとでも?」 


 アイリスは、怯む心をぐっと堪えた。

 首から下げた、父ドリドルンから受け継いだ紅色の『ドラコーンの秘石』をぐっと握った。


「――私にはわかるよ!フーゴ神父もモリリス修道士も、とっても優しい人たちだもん!こんな、酷いことができる人たちじゃない!

 お父さんだって、アミリア族の皆だって、あなたの歪んだ心に、負けたりなんて、絶対にしない!」

「世界は、小さき犠牲のもとに、大いなる救いを得るのですよ!

 残念ですが、あなたも然り…父親に続くがよい!――『汝、我が神の命ずるところに力を示せ、強欲グリード焔炎ファイアブレイズ』!」


 ――業火のごとき炎が、アイリス目掛けて迫りくる。

 アイリスの背後のフーゴ神父とモリリス修道士をも飲み込むであろう勢いに、アイリスは避けることができなかった。


 アイリスが、ぎゅっと目を瞑った

 ――その時、アイリスの首から下げた紅色の『ドラコーンの秘石』から、眩い光が放たれた。

 光は、アイリスと、その背後のフーゴ神父とモリリス修道士を包み込み、ガレリア司祭が放った『強欲グリード焔炎ファイアブレイズ』を弾き飛ばした。


「っな!『大罪の黙示録』の力が及ばないだと!?そんなことが…」


 ――そして、次の瞬間、アイリスの『ドラコーンの秘石』から、『強欲グリード焔炎ファイアブレイズ』に負けない威力の炎――ドラゴン種長老『ドラコーン』の炎が、ガレリア司祭に向かって放たれた。


「――ああああぁぁ…!熱い、熱い…!

 おのれ、アミリア族の娘!下等な獣どもの味方にでもなったつもりか!

 お前たちは、わかっていないんだよ!劣った種族のたった小さな犠牲ひとつで、多くの民が豊かさと幸福を享受する…それが神の教えなのだ!それを、お前たちのせいで!お前たちのせいで…!」


 ガレリア司祭は、『ドラコーン』の炎のなかで焼け爛れ、アイリスを睨み、手を伸ばしてきた。

 ――しかし、『ドラコーンの秘石』に守られたアイリスへは届かない。


「ど、どうしよう…やだよ!ドラコーンも、もう止めて!――こんなの、嫌だよ!」


 アイリスは『ドラコーンの秘石』を、ぎゅっと両手で抑え込んだ。


 ――次の瞬間、どこからともなく、女の声で、呪文が唱えられた。


「――『我らの神の加護のもと、この者に救済を、≪サルベージ≫』」


 唱えられた呪文によって、ガレリア司祭を燃やし尽くそうとする『ドラコーン』の炎は鎮火された。

 ……声の主である女の姿は見えない。

 ガレリア司祭は、焼け爛れ地面に倒れこんではいるが、寸でのところで一命を取り留めた。


「『時空の裂け目、空間の狭間、≪テレポーテーション≫』」


 ――次の瞬間、何もない空中に亀裂が生じ、その亀裂から、声の主であろう女が現れた。

 女は、白色の表紙に銀色のインクで逆五芒星が描かれた書物を手にしている。


 そして、その後に鉄の面を被った、がたいのよい男が現れた――鉄仮面の隙間から見える頭髪は、アイリスのそれと同じ夕日のピンクだ。

 2人とも、逆五芒星の装飾が施された白いマントのフードを頭から被っている。


「……お父さん?」


 アイリスの視線は、鉄仮面の男に注がれている。


「ガレリア――お前の信じる神とやらは、お前を見捨てた。

 だが、お前には生きながらえ、罪を償ってもらおう。お前のその力、これからは我らの主のために使うがよい」


 女が言うと、鉄仮面の男は無言でガレリア司祭を肩に担いだ。


「『大罪の黙示録』は、我ら――反十字教結社『ハコブネ』がいただく」


 女は、炎に包まれようとも魔力を失うことのない書物『大罪の黙示録』を拾い上げた。

 そして、アイリスに視線を向けることもなく言い放った。


「――アミリア族の娘。此奴――お前の父ドリドルンは、この世界の理に反旗を翻す、我らの思想に、付き従うことを決心した。

 もはやアミリア族の頭首ではない――我らの同志だ。父のことは忘れることだな」


 鉄仮面の男――ドリドルンは、自分の娘アイリスが目の前にいるにも関わらず、見向きもしていない。


 ――そして、続けて女はエルへと真っ直ぐに視線を向けた。


史徒ヒストリア、エル――

 お前は、そちら側にいるべき人間ではない。我らとともに来るがよい。

 も、それを望んでおいでだ」


 ――白マントの女は、エルへと近づいてくる…一歩一歩。


「…エル…ノア?それって、それって一体…なんのこと?」


 エルは、リアードの手をぎゅっと握って、後退った。女が、エルに迫り手を伸ばしてきた。

 ――その時、


「その者に、手を出すでないぞ!」

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