14.書の魔物③ 『大罪の黙示録 第7編―強欲の罪―』
アイリスが振り向いた先には、不敵な笑みを湛えた――ガレリア司祭が、静かに佇んでいた。
「――やぁ、よく、このようなところまで辿り着きましたね。さすがは、小さくても、イストランダの
……おや?フーゴ神父に、モリリス修道士も。これはこれは、とんだ誤算でした」
ガレリア司祭は、歌うかのごとく悦に浸りながら、語りだした。
ガレリア司祭が聖カルメア教会に着任し、書庫で書物に出会った時のこと――
「――書物が私を選んだのです……!
『聖カルメアに仕えし者――大罪を背負うに相応しき者。そなたに、力を授けよう』…と。
一際強大な魔力を発するその古書を手にしたとき、私は書物に認められ、力を手に入れた…そして、書物に記された真実によって、己の正当性を悟ったのですよ」
それから、ガレリア司祭は、生物学者時代の偏った思想と人脈をもとに、聖カルメア教会の地下に――地獄を築いた。
「ドラコーンの森の魔獣どものことは、前々から目を付けていたのです。なんといっても、聖カルメア要塞のブルワイン戦線を戦い抜いた獣どもの末裔ですから。
――しかし、邪魔なアミリア族に守られていて、手が出せなかった。そんなときですよ、あなたの父ドリドルンが、滑稽なことに、私を頼ってきたのは」
ガレリア司祭は、その時のことを思い出しているのか、至極楽しそうだ。
「獲物の方から、私の手の中に飛び込んできた…!そして、いまでは、アミリア族が上手く、魔獣どもを手懐けて働かせてくれていますよ。アミリア族には、ちょっと手荒なことをしましたがね」
「ひどいっ!アミリア族のみんなは、魔獣たちにこんな酷いことしない!…あなた、アミリア族のみんなに何をしたの!?」
アイリスが、ガレリア司祭に迫る。アイリスの怒りに動じることもなく、ガレリア司祭は笑みをたたえている。
「――書物の魔力を使って、アミリア族のみんなを、洗脳したんだね」
アイリスの問に答えないガレリア司祭に代わって――エルが答えた。
ガレリア司祭は、司祭服の懐から書物を取り出し、エルに見せつけるようにした。それは、茶黒い革表紙に金細工が施され、その中心に神の目が描かれている――邪悪な魔力を秘めた古書だった。
「書物とは、そういうものですよ――思想に影響を与える。地下への鍵になるだけである訳がないでしょう。ねぇ、イストランダの
ガレリア司祭の気迫に負けそうになる心を堪えて、エルはガレリア司祭をきつく睨んだ。
「――ガレリア司祭…!このような非人道的な行い…神が赦しはしないでしょう。
あなたの所持する邪悪な書物――神の
――エルは、胸元のロザリオを両手で包み込み、目を閉じた。
「『――我が名は神の
エルが唱えると、ロザリオから星屑のような光が広がり、その光が集まって一冊の書物となった。
エルは右手で魔法の杖を掲げ、続けて唱える。
「『≪第7の聖霊≫に命じる。汝、神の史徒エルの求めるところ、禁書封印せよ』!」
――エルの杖先から、ガレリア司祭の手の中の書物に向かって、閃光とともに結界魔法陣『禁書封印』が放たれた。
切り裂くような激しい光と音に、皆が目と耳を塞いでしゃがみこんだ。
数秒続いたのち、光と音が止む。周囲には白い煙が立ち込め、ガレリア司祭の姿は捉えられない。エルは、煙の先を確認しようと、目を凝らす。
「……そんな、まさか!『禁書封印』が効いていない!?」
エルの視線の先には――微動だにせず、不敵に微笑むガレリア司祭の姿と、未だ魔力を失わない書物があった。
「――ふっ…ふははははは!はぁ…、なんと滑稽な!神は赦さない、神の名のもとに封印する、ですって!?
できるわけがないでしょう?
エルを含めて、その場の皆が、愕然とした。
この邪悪な書物を……他種族を犠牲にして、私利私欲を肥やす、強欲の罪が記され、人々に悪しき影響を与える書物を、封印することができない…?禁書ではないとは、一体…
「イストランダの
――なぜなら、この書物は、偉大なる聖人も聖人……神、聖ヨハネウス本人が記し、その力が宿った書物なのですからね…!」
ガレリア司祭は、書物のページを捲り、唱える。
「『我は汝、≪大罪の黙示録≫第7編の所有者――ガレリア。神の…聖ヨハネウスの大罪を背負う者。汝、我が神の命ずるところに力を示せ、『
ガレリア司祭の手にする書物『大罪の黙示録』から、圧倒的な破壊力をもった炎が、エルを目掛けて放たれた。
「っ!『我に守護を、≪プロテク…』、――っうわ!」
エルが防御魔法を唱えようとしたところ、リアードが体当たって、エルを地面に倒して避けさせた。
「バカか!あれは、そんなもので防御できるような力じゃないだろ…しっかりしろ!」
「っうぅ~、リア……どうしよう…」
『大罪の黙示録』――聖ヨハネウスの力を秘めた書物…ということは、エルの記憶する、如何なる書物を駆使しようとも、勝てるものではなかった。
――でも、なぜ…神、聖ヨハネウスがこんな邪悪な書物を、自ら記した?俄かには、信じられなかった…。
そんな書物の存在は、イストランダ史徒文書館のすべての書物を記憶するエルですら、知るところにはなかった。
「……まさか!我らが仕えし、神、聖ヨハネウスが…このような、惨い行いを赦されるというのか…?」
フーゴ神父を含め皆が、足元から崩れるような衝撃を受けていた…これまで信じ仕えてきた神は、一体…?
「フーゴ神父に、モリリス修道士。恐れることは、ありません。
あなたたちだって、ここで採掘された金の恩恵を受けているでしょう?日々いただく神からの恵み、近隣の病院に孤児院への奉仕…多くの民が、恩恵に感謝しているはずです
――多くの民が、救われています。下等な種族たちの犠牲なぞ、些細なものにすぎないのです!」
ガレリア司祭は、フーゴ神父とモリリス修道士のもとへ、悠然と歩みを進めて、一歩一歩と近づいてきた。
「――さあ、あなたたちも、正しい道へと導いて差し上げますよ」
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