13.書物の魔物② 地下牢へ潜入


「はぁ、はぁ…。こ、腰が…」

「…それで、エル様。ガレリア司祭の所持する書物は、見つかったのですか?」


 エルたちが無事、ガレリア司祭の部屋から戻って来たのを確認して、モリリス修道士はフーゴ神父の腰を擦ってあげながら、エルに訊ねた。


「ううん。残念だけど、司祭室では見つけられなかった。」


 エルの言葉に、フーゴ神父とモリリス修道士は落胆の表情を隠せなかった。


「――でも、この聖カルメア教会で起こっている一連の出来事と書物の謎が、つながってきたよ。

 恐らく、あの書物は、聖カルメア教会の暗い闇の歴史と、ガレリア司祭の歪んだ思想と強欲さに、共鳴し、魔力を発しているんだ――」


 昨日ノームらから聞き出した、聖カルメア教会の暗い闇の歴史――

 魔獣らを地下牢に捕えて、強欲にも私利私欲を肥やしてきた歴史は、書物に記され、邪悪で強力な魔力を宿した。

 そしてガレリア司祭の歪んだ思想――生物学者としての魔獣らに対する好奇と偏見の思想、魔獣らを私利私欲の犠牲にすることも厭わない強欲さが、書物に宿った魔力と共鳴し、書物はガレリア司祭を所有者に選んだのだ。

 ――そしてガレリア司祭は、書物の魔力を発動させて、地下階の入口を見つけた。

 そこで、司祭就任後から魔獣らを地下牢へ捕え、聖カルメア教会の闇の歴史を繰り返しているのだろう。


 エルは、書物に秘められた暗い歴史も、書物を悪行に利用するガレリア司祭も、許せなかった。


「僕たちは、史徒ヒストリアの任務として、書物を――ガレリア司祭を放っておけない!」


 アイリスは、ドラコーンの森の一族と、魔獣たちが、今も地下牢で残虐な仕打ちを受けているのかと思うと、居ても立っても居られなかった。


「私は、お父さんたちと、魔獣たちを助け出したいの!」


「今晩、ガレリア司祭の後を追って地下に潜入し、書物を『検閲』ならびに『禁書封印』します!」


 ◆


 夕礼の鐘の前――エルは、今晩の地下への潜入には、フーゴ神父とモリリス修道士の2人は、連れていけないことを告げた。


「今晩の任務は、危険を伴うものだよ。これまでのフーゴ神父とモリリス修道士の協力には、感謝します。あとは僕たちに任せて!」


 ――しかし、勇敢な神父と修道士は聞き入れなかった。


「エル殿、何を言っとるのです!これは、聖カルメア教会の問題…もはや、我らも後には引けんのです!」

「フーゴ神父様と同じくです!僕も、新米とはいえ、神に仕える聖カルメアの修道士!最後まで手伝わせてください!」

「エル!ノームさんたちも、協力したいって言ってくれている。地下牢に捕らわれている魔獣たちを助けたいって!」


 アイリスは、ノームたちの言葉を代弁した。


「――最後まで、見届けさせてはくれませんかの…エル殿?」


 フーゴ神父の言葉に、エルは少しばかり考えた末、意を決した。


「――うんっ!僕はこの任務、リアにアイリス、フーゴ神父にモリリス修道士、ノームさんたち、皆に助けてもらって、ここまでたどり着いたんだ!

 最後まで、みんなの力を貸してほしい!」


 ◆


 時刻は夜の9時を少し過ぎた頃――エルを先頭に5人(とノームたち15人)は、静まり返った教会内を、音を立てないように細心の注意を払って、こっそりと聖堂へと向かった。


 聖堂内は真っ暗で、ガレリア司祭の姿はない。

 全員が、見つかりはしないかとドキドキしながら、柱の影に隠れて息を潜める。エルは、昨晩と同じく、胸元のロザリオに左手で触れ、≪サイレント≫を施した。


「――『我らに静寂と沈黙を、≪サイレント≫』。

 みんな、念のため≪サイレント≫と合わせて、≪シャドウ≫のペンタクルを施すから、少し小さく集まって」


 エルは、右手の魔法の杖で、空中にペンタクルを描いた。


「『我らの姿、影の中に≪シャドウ≫』。これで、ペンタクルの中だけ、姿を隠すことができる。

 ――こら、飛び出ないで!」


 エルは、ちょこまかと飛び出るノームらを摘まんで、ペンタクルの中に引き戻した。


 すると、聖堂に続く回廊に、1つの足音が聞こえた。――ガレリア司祭の足音だ。

 聖堂の扉が開かれる。切り揃えられたブロンドの髪が、月光を浴びて輝いている。

 フーゴ神父とモリリス修道士は、いつも頼りになる優しげな微笑みをたたえたガレリア司祭が、不敵な笑みを浮かべて祭壇へと近づく様を見て、ゴクリと息をのんだ。


 昨晩と同様に、蝋燭を灯し、懐から取り出した書物を祭壇上に広げた。


「エル!どうしよう…このままだと昨晩と同じで、ガレリア司祭は消えちゃうよ…」


 アイリスが、エルに詰め寄るが、エルはどうすればよいか、頭の中で方法を巡らせていた。


 ――今はまだだ…早すぎる。ガレリア司祭にはぶらかされてしまうだけだろう。やはり、地下で現場を押さえて、問い詰める必要がある。しかし、どうやって…?


「『我、『大罪の黙示録』の所有者――』」


 ガレリア司祭が唱え始め、エルがどうしようどうしようと考えていると、1人のノームが、ついっとペンタクルの中から抜け出し、そのまま一気にガレリア司祭の足元まで走った。


「あっ、ノームさん!ダメだよ!戻ってきて――」


 アイリスが引き戻そうと呼ぶが、ノームは構わず、ガレリア司祭の右足に飛びついた。ガレリア司祭は、ノームに気づいていない。


「『聖カルメアの強欲の罪を背負う者。汝、我に力を与えたまえ――』」


 唱え終えた瞬間、祭壇は眩い光に包まれる――目がくらんだその一瞬、ガレリア司祭の姿は昨晩同様に、消えてしまった。


 その場の者は、成す術なく呆然と立ちすくんだ。何もできなかった…

 やはり、あの書物をガレリア司祭から押さえないことには、追い詰めることはできないだろうか…

 そんな諦めがよぎったその時、


『――ゴゴォ…』


 祭壇のほうから、石を動かすような音が低く響いた。

 皆が祭壇へと駆け寄った。祭壇の下の重い石床が、少しずつずらされ、地下階へと続く石の階段が現れた。


「!ノームさんっ!」


 ずれた石床の隙間から、ぴょこっと1人のノームが飛び出し、アイリスの肩に乗った。


「ノームさん、あなたが動かしたの?」


 ノームは仲間たちと合流し、ワイワイと無事の帰還を喜び合っている。


「驚きましたな…『ブルワインのノーム村』にも記されていた、『ノームらの力は人間の7倍』とは、このこと!聖カルメアには、心強い聖霊の加護があったものですな」


 フーゴ神父とモリリス修道士も、ノームたちと喜び合っている。


「ひとまず、道が開けたよ!これで先に進めそうだね!さあ、ここから、敵の本拠地に乗り込もう」


 ◆


「『照らす、汝、希望の光≪シャイン≫』」


 魔法の杖先に明かりを灯したエルを先頭に、地下へ続く石階段を進み続ける

 ――地面を掘っただけの空間に石が敷かれた階段だが、かなり地下深くまで続いている。

 70段ほど下ったところで、石階段が途切れ、天井の高い開けた空間が現れた。

 その先は、正面と左右の3本に道が分かれている。


「ここから、道が分かれて続いている――…リア、どの道に進もう?」


 エルはくるっと振り返り、後方のリアードに訊ねた。

 リアードは、狼の嗅覚に神経を集中させる。地下に入った瞬間から、色々なにおいが一気に充満し、一つ一つを探りにくくなった。土埃のにおいが酷い。それに、様々な獣のにおいだ。獣は捕らわれているのだろうか?錆びた金属のにおい、そして――血のにおいだ。


 リアードは、ガレリア司祭の残り香を辿った。


「――正面の道だ。ガレリア司祭は、この道を進んだ」

「うん、やっぱり君って素晴らしい!よし、この道を進もう」


 一同は正面の道を真っ直ぐ進んだ。途中は、道が枝分かれしていて、それらは一つ一つが、鉄格子のついた血生臭い牢獄になっていた。今は空っぽだ。

 進むにつれて、不穏な声や音がはっきりと響き始めた。様々な獣の呻く声――痛みに苦しんでいるものもいるようだ、金属が擦れ合う音も聞こえる。


「よもや、聖カルメアの地下に、このような地獄が広がっていたとは……」


 フーゴ神父は、想像もしなかった光景に驚いている。モリリス修道士はフーゴ神父にピタッとくっつき、恐怖をこらえて、足を進める。


「…ドラコーンのみんな。こんなところで、一体、何をさせられているの?」


 エルのすぐ後ろを進むアイリスが、エルのマントを掴んだ。不安に手が震えている。

 エルは、アイリスの震える手をぎゅっと握ってやり、そのまま前へ前へと進んだ。

 

 ランプで明るく灯された広い空間に辿り着いた。照らされるその光景に、一同は驚きと恐怖のあまり、敵の拠点に潜入していることを一瞬にして忘れた。


 その空間は、採掘場――そこで採掘されているのは、金だった。

 鎖に繋がれた獣たちが、体の痛みと疲労に呻きながら、金採掘のために働かされている。その獣たちのなかに――ドラゴンにグリフィン、ケンタウルスなど、ドラコーンの森の魔獣らもいた。そして、獣たちを鞭打って酷使しているのは、アミリア族の仲間だった。


 アイリスは、あまりに残酷なその光景を直視できず、目を瞑った。


「――…みんな!ひどい、ひどいよ…どうしてこんな!」

「下等な獣たちが、人々のために犠牲となるのは、やむを得ないことなのですよ」


 一同は、不意に背後から声を掛けられ、ばっと振り返る。

 ――皆が、地獄のような光景を目の当たりにし、恐怖と驚きで呆然としているなか、ガレリア司祭だけが、悠然と不敵な笑みをたたえていた。

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