ゼノンの気づき



師匠との対話を終えたゼノンは、静かな山の一角にある大きな樹の下で瞑想を始めた。風がそよそよと吹き、木の葉がかすかに揺れる音が心地よく響く。その音はまるで、彼の中に渦巻く思いを鎮めてくれるかのようだった。


 これまでの生を通じて、ゼノンは「ただ強くあること」を自身の存在意義としてきた。強くなること、誰よりも優れた存在であること。それこそが彼の生きる理由であり、そのためだけに数多の修行と戦いを重ねてきた。そして、それにより多くのものを失い、孤独の中でただひたすらに力を追い求める日々だった。


 しかし今、師匠の言葉が胸の奥で静かに反響していた。「力を振るう理由は、ただ己を満たすためではなく、大切な者を守るためにある」。その言葉はゼノンの心に深く染み込んで、今まで抱いていた信念を揺らし、違う視点を与えてくれた。


 「己のためだけではない力……それは一体、どんなものなのか」


 ふと、ゼノンの心に浮かぶのは、アレンの無邪気でまっすぐな瞳だった。彼のためならば、自分はどこまでもその力を振るう覚悟があると感じる。そして、それはかつて己の欲望や名誉のために力を振るっていた頃とは全く異なるものであり、確かに心の奥で静かな喜びのようなものが芽生えているのを感じた。


 「……もしかすると、これが生きる意味というものなのだろうか」


 ゼノンは目を閉じ、心の中で自問する。これまで彼は数え切れぬほどの戦いに勝ち、また無数の者を見送ってきた。その果てに残ったものは虚無と孤独だけ。いくら強くなろうと、心のどこかでは常に「何か」を求め続けていた。だが、その「何か」が何であるのか、ずっとわからなかった。いつしかその問いは彼の中で風化し、ただの「習慣」として力を求め続けてきた。


 しかし、アレンや師匠との出会いによって、ゼノンの中に新たな光が差し込み始めていた。力を振るうことで守れるものがあること、その守りたいと思う気持ちが己の力にさらに新たな意味をもたらすことに気づき始めたのだ。


 「誰かを守りたい、か……」


 ゼノンは小さく呟き、心の中でその想いを反芻する。守りたいという想いは、ただ単に己のために力を振るうこととは全く異なる純粋なものだった。かつて、彼が全ての人間関係を断ち切り、力だけを信じるようになったその時に捨ててしまった「信頼」や「絆」といったものが、今再び心の奥底で芽吹いているような気がした。


 「生きる意味……それは、ただの力のためではなく、誰かのために生きることにあるのかもしれない」


 そう呟くと、ゼノンはゆっくりと瞑想を終え、目を開けた。青空が彼を包み込み、静かな森の景色が広がっている。風が再び吹き、彼の頬を撫でる。何かが変わった。心の奥底で孤独に苛まれていたあの冷たい感覚が、少しずつ消え去り、代わりに温かな何かが満ちているのを感じた。


 「これが、我が求めていたものなのだろうか」


 ゼノンは再び立ち上がり、ゆっくりと森を歩き出した。今まで一人で歩んできた孤独な旅路が、少しずつ新たな意味を持ち始めている。そして、彼は心の中で密かに決意を固めた。この力で、アレンや、これから出会うであろう人々を守るために生きていくと。

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