ゼノン、師匠と邂逅する



ゼノンとアレンが長い旅路を経てたどり着いたのは、山の奥深くにひっそりと佇む古びた小屋だった。周囲には鳥や小動物の気配がありながらも、なぜか澄んだ静寂が漂っている。この場所には独特の厳かさがあった。かつて己の道を極めんと邁進していたゼノンが知る「修行場」ともまた異なる、何か柔らかい温かみが感じられたのだ。


 アレンが扉をノックすると、少しの間を置いて扉がゆっくりと開かれ、中から現れたのは落ち着いた雰囲気を漂わせる壮年の男だった。銀髪が肩まで垂れ、静かな瞳がゼノンを見据える。その眼差しはまるで、彼の全てを見通すかのように深く澄んでいた。


 ゼノンは無意識に身構えた。かつて転生する前、数多の修羅場を経験し、何度も死線を越えてきた彼だが、この男にはそれらすら一瞬で見透かされそうな威厳があった。


「師匠、連れてきました!この人がゼノンです!」アレンが明るい声で紹介する。


 その言葉を聞いた師匠は、静かに頷き、ゼノンに一歩近づいてくる。そして、ゼノンの顔をじっと見つめたまま、まるで古い友人に対するように優しい微笑を浮かべた。


「君がゼノンか。なるほど、確かに並外れた力を感じる。しかし…その力の奥には、なにやら深い寂しさが見えるな。」


 その一言に、ゼノンは心の奥底で何かが揺れ動くのを感じた。長きにわたり孤独な闘いに身を置き、力と引き換えに多くを捨ててきた彼にとって、「寂しさ」を指摘されたことなど一度もなかった。ましてや、それを他者が理解するなど考えもしなかったのだ。


「……寂しさ、か。そういう感情が、まだ我の中に残っているとは思っていなかった。」ゼノンは絞り出すように言葉を返す。


 師匠は優しく頷いた。「力を求め、ただ己のためだけに生きることが虚しく感じられる瞬間はないか?君の心には、まだ拭いきれぬ痛みと憂いが見える。転生するほどの時を経てなお、その感情を抱えているならば、それは本当に捨てるべきものなのだろうか?」


 ゼノンは黙り込んだ。自分の内に巣食う「過去」と「寂しさ」。それは転生を重ねた果てにさえ消えることなく、むしろ増しているように思えてきた。いつしか力だけを信じ、守ることも信じることも諦めてきた――その結果が、今の自分であり、この虚無感だったのかもしれない。


 だが、アレンと共に旅をする中で感じた微かな温かさ。誰かを守りたいと願うその思いは、かつての「己のためだけに力を振るう」という価値観とは異なるものだった。そして、その想いを抱くことが、むしろ新たな道を拓く鍵になるのかもしれない。


 師匠は静かに続けた。「ゼノン、君はその力を今一度見直すべき時が来ているのではないか。力を振るう理由は、ただ己を満たすためではなく、大切な者を守るためにあるのだ。アレンが学んできたようにね。」


 その言葉に、ゼノンは少しだけ肩の力を抜き、静かに頷いた。今この瞬間、自分がここにいる意味を少しだけ理解した気がした。そして、師匠に問いかけた。


「……この力で守ることができるのだろうか?我が、失うことへの恐れを超えた時に。」


 師匠はゆっくりと微笑んだ。「それは君が選び取るべき道だ、ゼノン。恐れも悲しみも、すべてを乗り越えて歩む覚悟があるならば、きっと道は開かれる。」


 ゼノンの心の奥にある迷いが少しずつ溶け、安らぎに変わり始める。師匠との対話を通して、自分が求めていたものはただの強さではなく、「誰かのために生きる意味」なのだと気づき始めたのだ。そして、アレンの隣で共に歩むことを選んだ瞬間、自分がようやく過去を乗り越えるための第一歩を踏み出したことを確信した。


 こうして、ゼノンはかつて失ったもの、そしてこれから手にするであろう新たな絆を胸に抱き、師匠の導きと共に新たな力への道を歩み始めた。

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