4 天野 宇宙 ④

「どう……してっ……」

「咲ちゃんのことが好きだからです」


 しょくいんさんの目が見開かれる。

「あなたたちは、咲ちゃんを殺そうとしていました」


 先ほど食べたおかゆには、毒が仕込まれていた。少量だからすぐに効果は出ないが、あれを毎食せっしゅしていれば、いずれすいじゃくしていくだろう。それに、先日咲ちゃんが骨折したてんとうさわぎも、きっとしょくいんさんの仕業だ。


「停電も、あなたが……」

「今さら気が付いても、もうおそいよ。咲ちゃんのいさん目当てだったみたいだけど、見え見えだね」


 ぼくはかがみこんで、しょくいんさんの首筋に注射器の針を刺し、注射する。


「咲ちゃんに盛った毒の一〇〇倍くらいののうどだよ。五分でしょうじょうが出て、十分もすれば苦しんで死ねるよ。でもね」ぼくは小さな薬ビンを取り出す。「ここに解毒薬がある」


「し、死にたくない……」

「いいよ、このおかゆを食べたら解毒薬をプレゼントしてあげる」


 咲ちゃんのおかゆをお皿ごと差し出す。しょくいんさんはそれを受け取り、スプーンを掴む。しかし、ぼくはお皿をゆかにおく。


「だれがスプーンを使っていいって言ったかな?」


 しょくいんさんはなみだ目ではいつくばり、犬みたいに毒入りおかゆに直接食らいつく。えずきながらも完食だ。残さないように舌を使ってすみずみまでなめとらせる。


「た、たべました」

「残念、食べたらごちそうさまでしょ」


 ぼくは薬ビンを床に落としてくだく。しょくいんさんの目が絶望に染まる。

 ま、元から解毒剤なんてうそだけど。

 しょくいんさんの体がビクンと跳ねて、小刻みにけいれんし始める。面白い。

 その時、しせつからぜっきょうが聞こえた。一つや二つじゃない。


「ブービートラップにかかり始めたみたいだね」


 ていでんした際のしょくいんの行動マニュアルははあくしている。そこに罠をしかけるのは簡単だ。

 他のトラップはここほど生ぬるくない。少なくとも全員行動不能だろう。


「……こすもくん?」


 その時、後ろから声がする。振り向くと、車いすに乗った咲ちゃんがいた。

 足元には、まな板の上のこいみたいにぴちぴち跳ねるしょくいんさんがいる。


「それ、こすもくんがやったの?」

「ち、ちがう! 君を守るために!」

「いや……いやあっ! こすもくんなんて大っ嫌い!」


 咲ちゃんはそのまま車いすを転がして、必死にぼくから逃げていく。

 全身の血の気が抜けて、立ちつくす。初めての感覚だった。これが失恋なのか。


「ははは……ははははは!」


 あちこちからぜっきょうがこだまするあびきょうかんのしせつで、ぼくはただ一人、笑っていた。


 ぼくに恋は向いてなかった。それが面白くて、しばらく笑い続けた。

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